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Google Street Viewで自分の地元へ里帰りした話

※画像は地元とは全く関係がありません。

なんとなく、本当になんとなく、自分が過去住んでいた地元を見てみたいなと思って、GoogleStreetViewで覗いてみたらいろいろあったので、そんな話をします。普段書いているはてなブログでは比較的当たり障りが無いものを書いていますが、noteでは攻めていきたいと思います。不快になったらごめんね。


先に少し話しておくと、自分が住んでいた地元はよくある地方都市で、人工10万人に満たない、中途半端に発展した田舎といったところ。田舎ではよくある、駅前よりも太い国道沿いのほうが発展するパターンの街。コンビニは無いわけではないが自宅から10分程度歩かないと着かないし、遠出する手段だった駅は最寄りまで歩いて30分という、もっと田舎の土地はあるだろうが、それでも自分からしたら相当な田舎。

そんな田舎を離れて2年程度。なんとなく「2年も経ったらなんかあるだろう」とおもって覗いてみたのが今回の流れ。身バレが嫌だったのでスクショはないが、雰囲気だけでも楽しんでいただければさいわい。


まずはよく使っていた駅前を。高校時代は電車通学だったのでたくさん使っていたし、自宅以外で一番出入りした建物だったかも(当たり前といえば当たり前)。見ると駅前の再開発をしている真っ只中で、駅の近くにあったでかいトタン製で放置されていた倉庫のような建物がぶち壊されて更地になっていました。あとやたらたくさん駐車場が出来ていた。あのころから駐車場が無いわけじゃなかったけど、面積で4倍ぐらいになっていた。ただの土地で放置するよりは儲かるんだろうけど、それでもそんなに車止める人いるのかな……と思わないでもない。

そのまま駅前の商店街から小学校までの道のりをのんびりクリックしながら眺めていたんですが、これが驚くほど変化がない。嘘だろうと思うほどに何も変わっていない。シャッター通りだったのは確かにシャッター通りだったのだが、潰れたり新しく出来たりとかそういうのが全然ない。

とここで気づく。そもそも自分が10何年過ごしてきた街でも新しく何かができるとか潰れるとかってのはほとんど起きていなかったんだから、そりゃあ2年経ったぐらいじゃ変化がないのも当たり前ではないか。これに気づいただけで結構げんなりしてしまった。もうちょっと変化があることを望んでいたが、テナント募集中の張り紙はそのままで色褪せすらしていないし、どうやって儲かっているのかわからないようなお花屋さんや八百屋さんはやっぱりどうやって儲かっているのかわからない風貌で「なにか?」とでも言いたげにストリートビューに写っていた。2年という時間が過ぎて、自分は地元を離れて一人暮らしをし始めて、そりゃあそれなりにいろいろあったわけだが、その期間が過ぎても何も変わらない場所もあるというのが、なんだかとても不思議だった。

さすがにこれだけでは何も変わらず面白くないので、もう少し変化がありそうな国道沿いを見に行ってみる。さすがにあそこは発展していたから、何かしら変わっているところがあるだろうと思い見てみると、携帯電話会社が潰れてたのに気づいた。やはり、この街が変化するとしたら発展ではなくて衰退する方向での変化らしい。そりゃあそうなるわ。

ついでに、気になるという意味で、友人の家やお世話になった人の家も見に行ってみたが、まぁ当然ながら何も変わらない。そりゃポンポン一軒家建て替えるわけもないし、当然といえば当然か。


そのまま、父の実家を見に行ってみる。あんまりインターネットに書いたことがなかったかもしれないが、私は母子家庭育ちで父親とその親族に対しては基本的にポジティブな気持ちが一切ない人間である。故にその家を見ようというのは基本的に楽しいことではないはずなのだが、好奇心には勝てなかった。


みると、建て替えしていた。やたら、というか、本当にでかい家になっていた。ついさっきまで見ていた友人などの家の2倍ほどの大きさ、土地に至っては4倍ぐらいじゃなかろうか。やっぱり、あの家は金持ちだったのだなぁとしみじみ感じると同時に、金しかないろくでなしの家だということを知っているからか、無性に腹がたった。家一つ見るだけでこれほどまでに不快な気持ちになるなんて思わなかった。あんまり見るものではないな。


そして、このあたりまで見て、ようやく自分が住んでいた家を見ることにした。旧実家である。旧と言っているのは、今は引き払った家だからである。先述したとおり、父親の実家が地元にあり、そこに母が嫁いでくる形で渡しの家族は地元に住んでいた。そのご両親は離婚したが、住んでいたのは父親が建てた家という、改めて考えるとなかなか複雑な実家だった(詳細を書こうとするとそれだけで1記事終わってしまう気がするので書かないし、書きたくもない。一つ言えるのは、荒れているのを無理やり抑え込んで形を保っている家庭なんてろくでもない、ということだ)。なんとなく、見るのがちょっと怖かったので、見るのは最後にしていた。


実家は簡単に見つかった。住所はネット通販で死ぬほど使っていたし、そもそも10年以上生きていた家なのだから、2年経っても場所をそうそう忘れるものでもない。

見ると、何も変わっていなかった。今は出払ったので空き家にでもなっているんだろうと思っていたが、それすらなかった。

ここでストリートビューをよく見ると、2015年と書いてある。なんと、私が普通に住んでいるころの実家であった。田舎すぎて2年経ったぐらいでは更新されないらしい。というか、もう4年近く更新されていないらしい。


なんだか、急に拍子抜けしてしまった。ここで田舎フラグの回収が行われたことにヽ(・ω・)/ズコーである。そんなことあるのか。そんなことあっていいのか。なんともやりきれない気持ちでブラウザを眺めるが、どれだけ眺めても更新なんてされるはずがないので、そっとタブを閉じた。

この調子だともう何年経ってもストリートビュー経由で今の実家を見ることは叶わなさそうだし、どうやら今の様子をみるには自分であのクソ田舎に見に行くしかないらしい。あんな田舎に戻るなんて面倒極まりないし、良い思い出より辛い思い出の多い街だったのでできることなら行きたくない。だが、やはりあの家が今どうなっているかは気になってしまう。ただ悶々としたものが胸に貯まるだけの行いだった。


別にこの記事にオチはないのだが。なんとなく、なんでこんなことをし始めたんだろう、と思う。やはり自分は心の底では、実家が恋しいのだろうか。10年以上過ごしたので、愛着がないというのは嘘だと思う。でも、もういろいろと終わった話を、楽しいことより辛いことが多かった街のことを自分で掘り返してつらい気持ちになるのも、アホくさい気がしている。

良い機会だし、これが忘れるきっかけなのだろうと思った。もうあんな街のことを思い出す必要もない。もうあの街の人と関わる必要もない。そういえばそうだったのだと思い出すことができた。それだけで、良かったんだと思う。

次に地元に帰るのは、おそらく祖父、あるいは父の葬儀のときだと思う。行くのは当然遺産目当てなのだが(むしろそれ以外にあの人間たちに価値があるとは思えない)、そのときは今より穏やかな気持ちで迎えると信じたい。そんなことを考えた日曜深夜だった。

投げてくれると嬉しい