JKコンプレックス
私はこの3月をもって高校生じゃなくなる。世間で言われる所の、所謂JKから卒業をしなくてはいけない。
「JKブランド」
この言葉の圧は一体何なのだろうか。
私は自ら求めていない筈なのに。欲しいとも思っていない筈なのに。
それはまるで知らない誰かに、最初から期間の定められた意地の悪い旅への切符を渡されるように
一定の年齢に達した瞬間、女であるのなら一人残らず「JKと呼ばれる期間の煌びやかな時間」へ送り出されているようで何だか恐ろしかった。
友達と撮ったプリクラに、「JKブランド」とタグ付けされていた。
自分をそんな、知らない誰かに勝手につけられた失礼極まりない、安っぽい言葉で飾って哀しくならないの?
そんなこと、言えるはずもなく。
テレビも雑誌も、友達のInstagramも全て、
まるで青春という時間の競い合いをしているかのように極彩色に、時折目が痛くなるような輝きを放ち合っているように見えた。
わたしは、振り返ってみればそこに浮ついたキラキラなど微塵もなく、
親が善意で与えてくれる宗教上の信仰と自らの意志のギャップに葛藤していた記憶だけがただ色濃く残っていた。
自分の灰色に見える色と周りの多彩な色を比べては落ち込み、先の見えない未来には幾度となく目が眩んだ。
私は、高校一年生の時からずっと、早く卒業したくて生きてきた。
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