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「妊娠=幸せ」という思考は不幸を招く

結婚する自由もしない自由も許容される時代だが、私は「好きな人と結婚して子どもを生む」という夢がブレたことは一度もない。
が、そんな私ですら、妊娠は単純に喜ばしいだけのものではなかった。我ながらとても意外で「妊婦とはこんな気持ちになるものなのか」と十月十日、目からうろこをこぼし続けた。

SNSに公開されるのは「無事産まれました」という幸福感たっぷりの写真と、品行方正な言葉ばかり。
「妊娠・出産=幸せなこと」という大前提があるがゆえに、その裏側にある情報は自ら取りにいかないとそうそうお目にかかれない。

実際に妊娠して「先に知っておけばよかった」という出来事が山ほどあったので、おなかの子が予定日以降もまったりしてくれている間に、妊娠中のあれこれを備忘録として書く。

【1:結婚】この人と結婚したい

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少女漫画雑誌『りぼん』の愛読者だった幼き私にとって「好きな人と結婚して子どもを生む」ことは確固たる幸せの形であり、憧れだった。どの漫画も「好きな人と結婚して子どもが生まれ、ママになる」シーンであらゆる花々が背景に咲き誇り、あふれんばかりの笑顔で「お♥わ♥り」と幕を閉じる。

そのゴールに向かって価値観が形成され、疑問を感じることは一切なかった。もともと子どもは好きだし、恋愛も好きだし、なにも行く手を阻むものはない。猪突猛進、まっしぐら。

「結婚したい人と両想いになる」のには25年かかったが、二十歳前後から手痛い失敗を繰り返して古傷をこさえながら生きてきた私は、ほろ苦い思い出と引き換えにそれなりの審美眼を養い、代々木公園のお花見で彼と出会ったときに「む、これは」と目を光らせた。

彼の耳たぶあたりにプラプラと幸福の片鱗がぶら下がっており、やり取りするごとにその片鱗は塊のように大きくなった。
「この人を捕まえなければ女が廃る、というか、婚期が遅れる」
と確信した私はすかさず彼の足を巧妙にひっかけ、善人のように手を引き、母のように背中を押し、父のように両肩を支え、武闘家のように背負い投げて無事結婚した。とはいえ一応向こうからプロポーズしてもらった……いや、させた。

なにはともあれ、これで出産に向けての第一ステップ、結婚をクリアした。

【2:妊活】人のために生きられるか

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迷いなく「結婚」のゴールテープを切った私だが、その先には妊娠を目指す第2コースが広がっていた。入籍後は結婚式やら新婚旅行やらのイベントがあったので1年ほど小休止してから、ようやく第2コースを走り出した。

新婚旅行から帰るなり、月一回の排卵日に合わせてメイキングベイビーにいそしんだが、すぐには授からなかった。不妊治療も珍しくない昨今なので「半年間できなければ一度検査しよう」と考えていたところ、ちょうど半年後、6回目のトライで無事妊娠した。

家の近くの産婦人科に行ってエコー写真を撮り
「妊娠してますね」
とあっけらかんと言われ、「そうですか」と答えるとともに静かな感動がじわりとこみ上げてきた。しかし安定期に入るまでは流産のリスクもそれなりにあるので、あまり手放しで喜ばないようにした。

意外な心境というのは、この妊娠発覚前から、なんなら妊活を始める半年前からスタートしていた。自分の生活が一変することへの恐れだ。

よくよく考えてみれば、生まれてから今に至るまでの人生の主軸は常に自分であり、自分のために日々を生きてきた。親の庇護のもとに生きることはあっても、だれかのために生きることはなかった。夫婦になっても「私+彼」であり、彼のために生きているのかというと△。あくまで人生の主軸は私だ。

でも、子どもを生んだら自分の人生が「自分」と「子ども」の二本軸になる。泣くことしかできない、首も座っていない、寝返りすら打てない小さな命を守りながら育まなければならない。自分より子ども優先する人生が始まるのだ。

それってどういう感じ?なにができて、なにができなくなる?自由じゃなくなる?
どれくらい仕事できる?遊びに行ける?美容院や病院に行く時間はとれる?
そもそも私はどれくらい親としての適性がある?
母になる素質が数値化できるなら、通信簿のように教えてほしい。どの能力があと何点足りないのか。なにをどれくらいがんばったら及第点に到達するのか。

しかし、そんなことはいくら考えたってわからない。たぶんそんな数値はない。
「とにかく今のうちにできることをやらなければ」と焦りだし、妊活中に時間とお金と気力を投資して、YouTuberに取材するメディア『スター研究所』を立ち上げた。
よくできた話だが、メディアを立ち上げた直後に妊娠した。とりあえずやり切った、という安心感とともに「もういいよ」という声が子宮に届いたのかもしれない。2018年の夏のことだ。

【3:妊娠初期①】マイルドな自殺願望との対面

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妊娠初期が一番しんどかった。つわりは妊娠5~16週目に起こる不快症状全般を指すが、そのメカニズムはあきらかになっていない。私は
「つわり=ごはんの匂いを嗅ぐとトイレに駆け込んで吐く」
という典型的知識しか持ち合わせていなかったが、つわりは十人十色、そのようなことは一切なかった。

その代わり、真綿で精神を締め上げ、やる気を根こそぎ吸い取られるような無力感に苛まれ、迫りくる原稿の締め切りを横目にしつつ、日がな一日ソファの上に横たわるだけの物体と化した。当然ながら締め切りは目の前を通り過ぎて手の届かないところまで行ってしまった。ああ、私の社会的信頼はいずこへ。

これは妊娠に伴ったホルモンバランスの乱れによるもので、PMS(生理前に起こる心やからだの不調。イライラする、感情の起伏が激しくなる、気分が落ち込む、集中力低下、無気力感など)に近い。こうした不調と無縁の人生を送ってきたため対処法がわからず、心底参った。

PMSと長年付き合っている友人にこの状況を話したら「生理前によくそうなるから、気持ちは痛いほどわかる」と菩薩のような表情で頷かれた。なにやら後光がさしている。私は「毎月この絶望感を味わい乗り越えているとは」と震撼し、心の中で彼女にぴしりと敬礼した。

手前味噌ではあるが、独立してからの私は仕事に対して意欲的でバイタリティも高く、とにかくよく働いていた。しかし、つわりになった月の収入はこれまでの3分の1。落差があまりにも大きく、頭で「しかたない」とはわかっていても自己肯定感が著しく下がった。
「(絶対に死なないけど)死にたい」
と思いながらベランダを眺めたりして、マイルドな自殺願望すら浮き沈みする。

さらに食べづわり(食べないと気持ち悪い)だったので、仕事はしないくせにポテトやらスイーツやら太りそうなものばかり食べては胃もたれしてソファに倒れるという魔のループにはまり、これまた自己嫌悪を増長させた。まな板の鯉ならぬ“ソファのトド”状態である。

「順調です、赤ちゃんは3gくらいですよ」
と産科医に笑顔で言われたとき、私は3キロ太っていた。ありあまる肉。シボウがありあまる。
赤ちゃんが3gしかないのに3キロも太ってどうする、と遠い目をしながら「それはよかった…」とゆるく笑うしかなかった。こうなってくると、自分の内面はもちろん、外見も愛せない。

幸いつわりは1ヶ月ほどで落ち着き、だんだんとペースを取り戻したが、人によっては出産まで続くというのだから恐ろしい。

【3:妊娠初期②】言いたいことも言えないこんな世の中で幸福になるには

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妊娠初期の落とし穴は「一番しんどい時期なのに公言しにくい」ことにある。外見上はなんの変化も生まれていないので、口に出さない限りは伝わらない。言うか言わないかの二択しかないのだが、これがなかなか難しい。

安定期に入るまでは流産のリスクもそれなりにあるので、自分目線でも他人目線でも公言しにくい。もし流れてしまったら周囲も気を遣うだろうし、「赤ちゃんはいつ産まれるの?」と聞かれたら「実はだめだったんだ」と答えなければならず、そのたび自分が傷つくかもしれない。私は後者のダメージが怖くて、安定期に入るまで両親にすら伝えなかった。

もし両親から
「仕事で忙しくしすぎたんじゃないの」
「ちゃんと食事をとらなかったんじゃないの」
といった言葉をぶつけられたら、受け流す自信がなかったからだ。怒りと悲しみで目の前が真っ暗になりそうだ。

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自分の身体に命を抱えるのは、重い。
尊いけど、重い。
十月十日は長い。
「幸せ」と「楽」はイコールではないのだ。

仕事に支障が出ているので、仕事関係者には必要に応じて「妊娠してつわりを発症している」と素直に伝えた。みんな労わってくれると同時に祝福してくれ、とてもありがたかった。手放しに祝福されるのはうれしい。おめでとう、と握手してもらったとき、祝われるっていいもんだなとしみじみ思った。

【4:妊娠初期~後期】世界は意外とやさしかった

自分の体が自分だけのものではなくなる妊娠は大変だったが、人生で一番“社会のやさしさ”を感じた期間でもあった。見知らぬ人が私の体をいたわり、席をゆずってくれたり、「いつ産まれるの」と笑いかけてくれたりした。
「世界がこんなにやさしいとは」と驚き、妊娠してよかったなあと思えた。

妊娠は自殺願望すら芽生えさせるが、人生を希望で満たすこともある。
妊娠による不調によって損なわれた自尊心を、他人のやさしさが補ってくれるのかもしれない。

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単に「妊娠=幸せ」だと決めつけるだけでは思考停止になり、思うようにならない現実に直面したときに乗り越えられず、妊婦自身を苦しめる。

だからマタニティマークをぶらさげた女性を見たらできるだけ労わってほしいし、妊婦は人のやさしさに敏感になってほしい。

そうすれば社会の幸福値が最大化される。

aki kawori | Twitter

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