ドラゴン・マリリコ (3/3)
○高田大学・旧部室棟・外観
美園が部室に向かって歩いている。す
ると、部室に入っていく落合とリーナ
を目撃する。
美園「……おっとお!?」
美園、しめしめといった表情でうなず
きながら引き返そうとすると、今度は
夏実がやってくるのが目に入る。
美園「……なんとお!」
美園、打って変わって緊迫した表情に
なる。
すると後ろから赤羽と王子がやってく
る。
赤羽「冴子ちゃん!」
美園「うわああ!」
美園、驚愕の表情で後ろを振り向く。
赤羽「うええええ!?」
王子「どうしたんだよ?」
美園「いや、その」
夏実いつの間にか美園たちの近くにい
る。
夏実「おはようございまーす!」
美園「ぎゃああああああ!」
美園、再び驚愕の表情。
夏実「え?え?え?」
赤羽「どうしちゃったんだよ……」
美園「いやーいやーいやー」
王子「お前、大丈夫か?」
美園「大丈夫じゃないです!」
夏実、赤羽、王子、驚いて固まる。
美園、困った表情。
美園「うわ!えっと……」
美園、しばしの沈黙の後に何かひらめ
き笑顔になる。
美園「実は昨日の作業終りに、パネルに
一つ穴あけちゃて!」
赤羽「ええ、マジか?」
王子「で、なんでそんなに笑顔なんだ?」
美園「すみません!だからあの……今からタ
タキ場見に行きません?」
王子「え、今から?」
赤羽「ああ、だったら俺部室に工具取り
に……」
美園「あーーーーーーー」
美園、赤羽の股間を蹴る。
赤羽「むご!」
赤羽、悶絶してうずくまる。
美園「あー、罪悪感で蹴りが!罪の意識で余
計に罪を重ねてしまって!あー!」
王子「分かった、分かったから落ち着いて」
夏実「そうですよ、みんなで作業すればパネ
ルなんてあっという間ですから!」
美園「じゃあ、見に行ってくれます?」
王子「行くよ……蹴られたくねーもん」
美園「行きましょう」
美園、夏実の手を引いて道を強引に引
き返して行く。
夏実「うわわ」
王子「待てよー」
王子、美園たちを追いかけようとす
る。
赤羽「王子……手を貸してくれ」
王子、振り返ると、赤羽が辛そうに手
を差し出している。
王子「赤羽……不幸、だったな」
王子、赤羽に肩を貸して立ち上がり、
美園たちを追いかける。
同・正門前
理子が正門から出てくる。
すると前から美園が夏実の手を引っ張
りつつやってくる。
理子「あ、冴子さん……と夏実」
美園「あら、理子ちゃん」
夏実「あ、理子!」
美園たち立ち止まる。
理子「どうしたんですか?」
美園「おとしまえをつけに行くのよ」
理子「え、指でも詰めるんですか?」
美園「いや……色々とね。それじゃ!」
美園、再び夏実を引っ張り歩き出す。
夏実「うわあ、理子、またねー」
美園、夏実去る。
理子「行っちゃった」
後ろから赤羽に肩を貸しながら王子や
ってくる。赤羽は具合悪そうにうつむ
いている。
王子「げ、君は」
理子「あ、王子先輩……と赤羽先輩?」
王子「ああ、これはな……」
赤羽、顔を上げる。
赤羽「王子、それ以上は、俺の名誉のために
言わんといてくれ……」
赤羽、ガクッとうなだれる。
王子「……そういう事だ。じゃあな」
王子、赤羽、去る。
理子「……大変なんだな」
○同・新部室棟・タタキ場
コンクリートの床の上に舞台セットや
材木、塗料の缶などが置いてある。
会田が一人、頭にタオルを巻いて腕を
組み、壁に立てかけてあるパネルをニヤ
ニヤと眺めている。
その足元には金槌が一つ放置してあ
る。
美園、夏実の腕を引っ張りながらやっ
てくる。
美園「げ!会田さん!授業じゃなかったんで
すか?」
会田「ああ!さぼった!」
美園「(小声で)だから留年すんだよ」
会田「どうした?」
美園「なんでもありません」
夏実「お疲れ様です」
会田「おお夏実も!どうした?」
夏実「え、あ、いやー、その……」
夏実、美園を見る。
美園「へ?……あー実は、昨日パネルに穴を
開けてしまいまして……」
会田「穴?おかしいな、そんなものは無かっ
たけどな……」
美園、静かに金槌を拾うと、突然後方
に振り返って遠くを指差す。
美園「あ!あれすごい!あれ!」
夏実、会田、後ろを振り向く。
美園「うわー!!」
美園、その隙にパネルに金槌を投げつ
けて、穴を開ける。
夏実、会田、向き直る。
会田「……て、何がどうしたってんだよ……
美園!?」
美園、非常に落ち着きのない様子。
会田、パネルに近寄り、穴を凝視す
る。
美園「あ、銀行でお金おろさなきゃだー、夏
実もおろす?」
夏実「冴子さん?」
会田「穴ーーーー!」
美園「え?あれー、おかしいなー、なんだ
ろう、私が私でいられないこの感じ?」
夏実「はあ?……もういいです、私工具持っ
てきます」
夏実、出て行く。
美園「あ、ダメ……」
会田「美園、辛いことがあったんなら打ち明
けてくれれば……」
美園「地獄の門が開かれます……」
会田「へ?」
○高田大学・旧部室棟
武雄が壊れたソファーに座り、静かに
涙を流しながら激しくギターを弾いて
いる(プラグは繋がっていない)。
夏実、その前を通りかかると、武雄の
涙に気づき、そーっと行き過ぎようと
する。
武雄、急に演奏を止める。
武雄「……ああ、二劇の新人ちゃん、こんち
は」
夏実、ビクッとする。
夏実「あ、五十嵐さん、こんにちは……」
武雄「今日は溢れるよね」
夏実「え?」
武雄「春の終りってさ……世界から魂への声
が……溢れるよね」
夏実「はあ……そうですね、溢れますね」
武雄「君も耳を澄まして……頑張ってね」
夏実「はーい」
夏実、ホッとして再び歩き出そうとす
ると、くしゃみが出る。
武雄「ブレッシュー」
夏実、武雄にお辞儀して歩き出す。
○同・第二演劇部部室入り口
夏実が歩いてきて、ドアを開けようと
する。すると中から落合とリーナが笑
顔で出てくる。
夏実、動揺する。
落合とリーナ、夏実に気づく。
落合は気まずそうだが、リーナは平然
としている。
落合「お、夏実、どした?」
夏実「え、あ、いや、タタキの道具部室に忘
れちゃったから……」
落合「お、そか」
リーナ「じゃ、私たち先にタタキ場いってる
ね」
夏実「あ、はい」
落合、リーナ、去る。
夏実、二人の後ろ姿を見ている。
○同・第二演劇部部室
夏実、勢いよくドアを閉めて目を瞑
る。
○同・第二演劇部入り口(回想)
リーナと王子の濃厚なキスシーン。
○同・第二演劇部部室
夏実、パッと目を開けると、呼吸が浅
くなっている。
夏実、一つ大きく息を吸うと、頭を横
に激しく振り、棚から工具一式の収ま
った腰袋を手に取る。すると、折りた
たみ式の鋸が床に落ちる。
夏実、鋸を拾って急いで出て行こうと
するが、立ち止まって鋸の刃を出し眺
める。
夏実、再び頭を横に激しく振り、深呼
吸する。
夏実「バカか私」
夏実、鋸をたたむと、腰袋に引っ掛け
て外に出て行く。
○同・小教室(朝)
イタリア語の授業中。
前方の席に麻理と理子が並んでおり、
理子の後ろの席に夏実が座っている。
麻理と理子は真剣に授業を聞いてる。
夏実はウトウトしている。
○同・小教室(朝)
授業終了後。
生徒が教室から出て行っている。
麻理と理子、授業道具の片付けを既に
終えている。
夏実、疲れた表情でまだ片付けてい
る。
理子「夏実……疲れてる?」
夏実「……え?なんで?」
麻理「なんでっていうか、見た目がさ」
理子「うん……沈んでる……」
夏実「そう!?いつも通りよ!?」
夏実、笑うが、やはり少し疲れてい
る。
理子「今日は舞台作業休んだら?」
夏実「平気平気!二人も授業終わったらすぐ
来てね!」
夏実、ガッツポーズしながら教室を出
て行く。
理子「大丈夫……だと思う?」
麻理「いや……怪しい……」
○同・旧部室棟前
夏実、工具の詰まった腰袋を巻いて旧部
室棟を眺めている。折りたたみ式の鋸も
ぶら下がっている。
夏実、やがて歩き出す。
○同・部室棟・タタキ場
王子、美園、会田が舞台作業をしてい
る。
そこへ麻理と理子、やってくる。
理子「おつかれさまです!」
舞台作業止まる。
会田「あ!お疲れさま!……って、あれ!?
今日は二人夕方から合流じゃなかたっ
け?」
理子「あ、あの!夏実来てませんか?」
美園「夏実?まだ来てないよ」
理子「え」
麻理「やっぱり……」
会田「ん?ん?どうしちゃった?」
○同・旧部室棟・第二演劇部室内
落合とリーナ、扇風機にあたりながら
床に寝転び激しくキスをしている。
すると、勢い良く扉が開く。
夏実、無表情で入ってくる。
落合、動揺するが、リーナは澄ました
顔をしている。
落合「ああ夏実……これは……」
リーナ「どうしちゃったの?」
リーナ、悠然と立ち上がり、夏実の目
の前までやってくる。
リーナ「らしくないじゃん、その顔」
そこへ赤羽が入ってくる。
赤羽「おつかれさ……おや」
夏実、腰袋にぶら下がっていた折りた
たみ式の鋸を手に取り、刃を伸ばす。
○同・旧部室棟前
理子、麻里、王子、美園、会田、走っ
てくる。
美園「嫌な予感しかしないわー」
理子「そうなんですか」
美園「まあ、予感、なんだけどね」
赤羽「ぎゃああああああ!」
第二演劇部室の中から赤羽が吹っ飛ん
でくるのが見える。
美園「やばいわ!」
一同駆け出す。
○同・旧部室棟・第二演劇部室前
麻里、理子、美園、会田、王子が駆け
つける。
赤羽が腹を抱えてうずくまっている。
王子「大丈夫か?」
赤羽「……死人が出る……」
理子「え?」
赤羽「早く夏実を止めなきゃ!」
○同・旧部室棟・第二演劇部室内
腕を組んで立っているリーナと対峙す
るように、夏実が鋸を構えている。
夏実、呼吸が浅く、今にも斬りかから
ん様子。
落合、床にへたり込んだまま、リーナ
と夏実をなだめようとしている。
落合「やめよう……やめようよねえ……」
ドアから麻理、理子、美園、会田、王
子、赤羽が入ってくる。
赤羽は王子に抱えられている。
理子「え、夏実?」
夏実「おらあああ!」
夏実いきなりリーナに斬りかかる。
が、リーナかわす。
すかさず夏実、もう一度切り掛かる
が、リーナ再びかわす。
夏実、今度は腰袋から金槌を取り出し
投げつける。
リーナ、それを扇風機を盾にしてかわ
す。
金槌、落合の目の前をかすめる。
落合「ひいい!」
夏実、再び斬りかかろうとしたところ
を会田と美園に止められる。
美園「夏実!」
会田「落ち着け!」
夏実、興奮収まらず抵抗するが、動け
ない。
夏実「うあああああ!」
夏実、号泣しだし、鋸で棚を切り出
す。
美園「きゃあああああ!」
理子、恐る恐るリーナに歩み寄る。
理子「リーナさんも……落ち着いてくださ
い」
リーナ、爆笑。
理子「へ?」
麻理、何かを察知する。
麻理「理子、危ない!」
リーナ「落ち着けるかよ!」
リーナ扇風機を振り上げて理子に投げ
つけようとする。
が、麻理が扇風機をハイキックで蹴り
飛ばす。
扇風機、部屋の隅に吹っ飛んでコード
が切れる。コードの切れ端から火花が
散る。
麻理「あんたふざけんなよ!」
リーナ「……あんたもね!」
二人、カンフー映画のような格闘戦を
繰り広げる。
理子、呆然とする。
夏実、麻理とリーナに目を奪われて棚
の切断をやめる。
美園「二人とも……強い」
会田「ヒダマリは元・天才アクション子役、
そして」
美園「そして?」
会田「リーナはハワイ州で空手のハイスクー
ルチャンピオンだ」
美園「なんですって!」
リーナ、ハイキックを繰り出す。
麻理、それをガードするが、少しきい
てふらつく。
リーナ、勝ち誇った表情で、麻理の顔
面に向かって後ろ回し蹴りを放つ。
麻理、目をカッと見開く。
理子「あ!」
○同・旧部室棟・第二演劇部室内・理子主観
龍門少女が目をカッと見開いて構え
る。
○同・旧部室棟・第二演劇部室内
麻理、わずかに身をそらす。
リーナの蹴り、ものすごい勢いで空振
りする。
麻理、鋭い突きをリーナの顔面スレス
レに放つ。すると、リーナの髪が千切
れてパラパラと床に落ちる。
リーナ、床にへたり込む。
理子「麻理……」
○同・旧部室棟・第二演劇部室内・理子主観
龍門少女と同じチャイナドレスを着た
麻理が、理子の方へと振り向く。
○同・旧部室棟・第二演劇部室内
麻理と理子、目が合う。
麻理「理子……」
麻理、その場にへたり込む。
○同・旧部室棟・稽古場
二劇のサークル員が集まり、舞台上で
車座になっている。
重い空気が漂っている。
落合「……俺は、今日を以ってこのサークル
を辞めたいと思います」
しばしの沈黙。
会田「そうか……残念だ。次回公演の主演は
お前しかいないと思っていた……」
落合「すみません」
リーナ「……別に、謝る必要無くね?」
夏実「あんたね!」
理子「夏実……」
理子、夏実を抑える。
リーナ「つかさ、人の恋愛ごとじゃん、なん
でこんな風にサークル会議みたいにならな
きゃなんないわけ?」
会田「そうなんだけどさ」
リーナ「結果としてここに迷惑かかちゃった
のは確かに申し訳ないけどさ、だからつっ
てなんで進がみんなの前で謝ってサークル
辞めますとか言わなきゃいけないわけ?当
事者同士で話合えば良いじゃんまじキモい
んだけど」
会田「そうかもしれないね」
美園「あの、会田さん、どうしたいんです
か?」
会田「えーっとねー」
赤羽「会田さん」
会田、しばらく苦悶の表情を浮かべて
いたが、急に無表情になって。
会田「……もう、好きにしてくれ……」
会田、放心状態になる。
落合「す、すみませんでした!うあああああ
ああ!」
落合、泣きながら駆け出して、そのま
ま稽古場を後にする。
園田「……ってことで、次回公演どうしまし
ょうか。舞台セット結構作っちゃったけ
ど、役者も足りなくなったし、会田さんこ
んなんなっちゃったし……」
麻理「理子……書いてみてよ」
園田「え?」
理子「……私!?」
園田「え、理子ちゃん、書いたことある
の?」
理子「小説とか脚本モドキみたいのは趣味で
書きためてましたけど……演劇はないで
す」
美園「なるほどね……」
麻理「私、理子の作品なら出たい」
赤羽「うっそマジ?ヒダマリが出るの?そり
ゃすごいぞ」
王子「校内中の話題になるだろうな!」
夏実「……二人とも、理子を無視して話を進
めないでよ」
王子、赤羽、「あ」という表情で黙り
込む。
理子「……いやいや、やっぱり無茶だよ麻理
ちゃん……」
麻理「なんでそう決め付けるの?」
理子「決め付けるっていうか……気が進まな
いの。すごく」
麻理「でも、ほら、書けそうなのは理子くら
いよ」
理子「だったら尚更責任負えないよ……」
王子「……責任とかは大丈夫だよ」
理子「え?」
赤羽「そうそう、こんな事態だし、書いても
らえるだけでもありがたいよ」
麻理「理子、お願い、私、あなたの作品なら出てみたいの」
麻理立ち上がり、頭をさげる。
麻理「おねがい」
園田「え、ちょっと麻理ちゃん!?」
理子「麻理……」
麻理、顔を上げて。
リーナ「……やってみたらいいんじゃん?」
夏実「もー、あなたは……」
美園「はい、ストーップ、ストップ!……理
子ちゃん、どうかな?」
理子「……」
理子、その場で考え込む。
○電車内(夕)
王子と赤羽、席に座って考え込んでい
る。
王子「なんだか、今日は色々あったな」
赤羽「ああ」
王子「落合さん、自業自得とはいえさすがに
可哀想だったな」
赤羽「ああ」
王子「理子ちゃんも、急に辛いだろうな」
赤羽「うん」
王子「……お前、さっきから話聞いてるの
か?」
赤羽「聞いてるともさ」
王子「おお、そっか」
しばし沈黙。
赤羽「王子よ」
王子「おお……どうした急に仰々しい呼び方
で」
赤羽「俺は知ってるぞ。リーナさんと王子の
間にも何やらあったってこと」
王子「……げ!」
しばし沈黙。
王子「誰から聞いたの……?」
赤羽「やっぱりそうか」
王子「カマかけられたー」
赤羽「だけどな、俺は気にしないぞ」
王子「へ?」
赤羽「俺はリーナさんの見た目だけにベタ惚
れして今まで親衛隊を名乗ってきた、し、
これからもやはりそうだ」
王子「ん?あ……おう……」
赤羽「しかしそれと同時に、俺はちゃんとし
た恋を見つける」
王子「……お、おう」
電車、駅に着く。
赤羽、立ち上がる。
赤羽「じゃ、そういうことだから、これから
も宜しく」
赤羽電車を降りる。
王子「ああ、宜しく……」
電車動きだす。
ホームで赤羽が手を振っている。
王子、手を振り返す。
王子「……ガチのいいやつ」
○佐久間家・リビング(夜)
晴子と理子、テーブルを挟んで向かい
合わせに座っている。
晴子「で、結局書くの?」
理子「うん」
晴子「麻理ちゃんも強引ねえ」
理子「……」
晴子「……なんか、他に思うことがありそう
ね」
理子「うん……」
しばし沈黙。
理子「……私さ、結局、お父さんの子供だか
ら、これから戯曲を書くのかな?」
晴子「え?」
理子「私お父さんの記憶なんて全然ないし、
作品だって観たことないし、家に残ってた
本は読んだりしたけど、別に趣味が合わな
いなって思ったし……なのに、気付いたら
お芝居書くことになってて……なんだか
さ、癪なのよ。私のこといちいち先回りさ
れてるみたいで」
晴子「癪ねえ……きっと生きてたとしても、
あなたに同じこと言われたんだろうな、あ
の人。人が良かったから」
理子「ねえ、やっぱり私、お母さんにお父さ
んの話聞いて育ったから、今こうなってる
のかな?それとも遺伝子的な何かかな?」
晴子「んー、どっちもじゃない?」
理子「じゃあ、私って、私の人生なのに、私
で何にも決められずになんとなく生きてる
の?」
晴子「それは、嫌なの?」
理子「普段は感じないけど、そう思うと、
嫌。私……自分で決めたい」
晴子「……だったら、大丈夫よ」
理子「……」
晴子「あなたが今まで、ここで育ってきて、
もちろんお父さんの影響も受けたと思う。
私の影響も受けただろうし、他にも色々、
沢山のものを見てあなたはここまで変化し
続けてきたと思う。それが、成長っていう
ことの意味だと思うの」
理子「……そうかな」
晴子「私も、聖人君子って訳じゃないからそ
こらへん確信はないんだけどね。でも、あ
なたが成長する姿を見ていたら、少しは自
信を持てるわ」
理子「……」
晴子「私も、お父さんの話をし過ぎて、あな
たを不安にしちゃったのかもしれない。だ
けど、あなたの魂は、あなたの体の中にし
かないのよ。あなたはあなた。遺伝子だっ
て記憶だって、あなたを多少誰かに似せる
ことがあっても、あなたを完全に操れたり
しないわ」
理子「……なるほど」
晴子「ご納得頂けたかしら?」
理子「なんとなく……でも、とっても納得し
た気もする」
晴子「どもども」
理子「良い事言うなあ」
晴子「ま、あくまで参考程度にしといてね」
理子「……うん!」
○佐久間家・理子の部屋(夜)
理子、机に座って何やら考え込んでい
る。
机の上にはノートが開かれている。
「テーマ」とかかれており、その下の
カッコ内が空白になっている。
理子「うーん」
○佐久間家・理子の部屋(朝)
理子、机で寝ている。
ノートにはテーマの下に「五感より早
く拳を打つ(仮)」と書かれている。
○高田大学・旧部室棟・稽古場内
基礎舞台の前にある演出席で、会田が
ボーっと座っている。
すると、会田が突如人影に覆われる。
会田ボーっとした表情で影に主を見る
が、その姿を認めるや否や、みるみる
興奮した面持ちになっていく。
会田「き……君は……!」
○同・旧部室棟・稽古場入り口前
麻理がスマートフォン片手にやってく
る。
画面には理子からの「稽古場で待って
る」というメッセージ。
麻理、一度メッセージを確認すると、
稽古場のドアを開けて中に入る
○同・旧部室棟・稽古場内
麻理、入ってくる。
演出席には会田が座っている。
麻理、基礎舞台の上に何か見つける。
麻理「あ!」
麻理の目線の先には、黒いチャイナド
レスを着て腕を組む理子の後ろ姿。足
元にはデパートの袋が置いてある。
理子「待っていたわ……」
麻理「理子?」
理子、ゆっくり振り向く。
麻理「理子、あなた何やって……」
理子「待っていたわ、龍門少女!」
麻理「……は!?」
理子。足元にあった袋を麻理に放り投
げる。
麻理それを受け止める。
麻理「うわ!何よこれ……?」
麻理、袋の中を見る。すると、龍門少
女のチャイナドレスが入っている。
麻理「え、これ……」
理子「それ、私がコスプレ用に作った大人用
の龍門ドレス」
麻理「これを……わたしが着るの?」
理子「そう」
麻理「……で、どうするの?」
理子、いきなりバク転して拳法の構
え。
麻理「え!?」
理子「決着をつけるの」
○同・大教室
美園がスマートフォンを見る。する
と、会田からの「二劇サークル員、稽
古場集合!」のメッセージ。
美園「……ニュースな予感!」
美園、カバンを持って教室から駆け出
す。
○同・旧部室棟・稽古場内。
美園、王子、赤羽、リーナ、夏実、
次々と稽古場に入ってくる。
リーナと夏実、一瞬目があって険悪な
ムードになるが基礎舞台の上を見てす
ぐに呆然とする。
基礎舞台の上には龍門少女の格好をし
た麻理と、黒いチャイナドレスを着た
理子が対角線で対峙している。
演出席には会田が目を潤ませながら立
ち尽くしており、その横では武雄がギ
ターのチューニングをしている。
王子「おいおい……なにが始まるってんだ
よ」
会田、振り向く。もう既に泣いてい
る。
会田「……龍門少女の、最終章だよ」
赤羽「へ?」
会田「これが幻の、最終対決なんだよ!」
武雄、いきなり激しくギターを奏で
る。
すると、舞台上の二人、一気に近づ
き、カンフー映画のようなものすごい
攻防を繰り広げる。
リーナ「何これ……」
夏実「まるで……映画みたい」
美園「……ブラボー!ブラボー!」
美園、拍手しだす。
すると、理子の技が麻理の方をかす
め、チャイナドレスが破ける。かすか
に血も滲む。
夏実「え、ガチ!?」
美園「何これ、次の公演のネタ見せとかじゃ
ないの?」
麻理と理子、じりじりとお互いの間を
読み合う。
理子「私、ずっと龍門少女の続きが見たかっ
たの。なんでか分かる?」
麻理「……ファンだから、じゃないの?」
理子「半分正しいわ……でも、それだけじゃ
ない」
麻理「え?」
理子、麻理に強烈な蹴りを繰り出す。
麻理かわすものの、体勢を崩す。
理子、すかさず手刀を打ち込むが、麻
理、それを掴む。
そのまま二人、組合う形になる。
理子「私、黒星少女に、龍門少女を倒して欲
しかったのよ」
麻里「……え!?」
麻理、理子に壁際へ押し込まれてい
く。
麻理「どういうことよ!」
麻理、踏み止まる。
理子「龍門少女には……私はなれないと思っ
た。それはなんとなく、生まれ持っての資
質の違いでね。自分の運命を切り開いてい
くセンスが……そんな自信が、私には無か
った!」
理子、麻理を思いっきり押し込む。
が、麻理、うまく脱出する。
理子、すぐに追いかけて麻理を再び追
い詰める。
理子「私はせいぜい、人に与えられた運命の
中でうまく生きていく位のセンスしかない
って思ってた。でも……、本当はそうじゃ
ないって……黒星少女が証明してくれるっ
て、願ってた!」
理子の猛攻。
麻理、チャイナドレスの腹の部分が裂
ける。薄く血が滲む。
理子「でもね、主人公は絶対負けないの!黒
星少女は、登場しないで正解なの!だか
ら、戦っちゃダメなのよ、龍門少女と黒星
少女は!永遠に結果が出ないまま、私の空
想の中だけに二人の戦いがあれば良い!そ
う……思いたかった!」
麻理と理子、再び激しい攻防。
やがて、理子が麻理の首を絞める。
美園「ああ……ちょっとそれは」
美園、夏実、王子、赤羽、理子を止め
ようと駆け出そうとする。
そこに会田、立ち塞がる。
会田「ダメだ!」
夏実「何言ってるんですかか!こんなのもう
シャレになんないですよ!」
会田「止めたら!失礼だろーが!」
会田、興奮して下を噛んでいたらし
く、口から血が出ている。
理子「でも、ダメなんだよ。戦わなきゃ。戦
えるなら……戦わなきゃ!」
理子、一層強く麻理の首を絞める。
麻理、苦悶の表情を浮かべていたが
一変、微笑む。
理子、しばらく麻理を見つめていた
が、やがて微笑む。
すると突然、麻理が自分の首を絞めて
いる理子の腕を掴み、理子を放り投げ
る。
理子、舞台上に叩きつけられる。
理子、すかさず立ち上がろうとする
が、今度は麻理の蹴りが顔面に直撃
し、舞台上から武雄に向かって吹っ飛
び、共に倒れこむ。
武雄のギター折れる。
稽古場内、沈黙。
理子、武雄の上でうつ伏せに倒れてい
たが、ややあって麻理の方を向いて立
ち上がる。顔面が血まみれである。
理子そのままニコッと微笑み、プッと
何かを吐き出す。
武雄がそれを見ると、奥歯である。
武雄、理子を見上げて微笑む。
武雄「……すげー、良い音楽だった」
理子、武雄に振り向き、笑顔になる。
理子「ありがとう」
理子、意識を失って倒れる。
○高田大学・正門前(外観)
生徒たちが出入りしている。
○新部室棟・地下学生劇場入口
第二演劇部六月公演「黒い星」の張り
紙。
○新部室棟・地下学生劇場内
開場中。客入れ曲が流れている。
客席はほぼ満席状態。
沖田や晴子、サクライタダヒコ(58)が
席に座っている。
続けて会田が入ってきて、サクライの
隣に座る。
会田「サクライ先生!お久しぶりです!」
サクライ「あー、君か。まだ学生だったんだ
ねえ」
会田「はあ、おかげさまで……」
サクライ「まあ、僕も卒業に六年かかったか
ら人のことは言えないんだがね。お互い親
泣かせだなあ」
会田「そんな、サクライ先生と比べたら僕な
んて……それよりも、いやー良かった、今
回この作品を見て頂く事が出来て!」
サクライ「びっくりしたよー、まさか麻理ち
ゃんが二劇に入ってるなんて」
会田「しかも今回、脚本と演出やった女の
子、サクライ先生の影響をかなり強く受け
てまして」
サクライ「申し訳ないな、こんな荒削りな脚
本家の影響なんて受けさせちゃって」
会田「何をおっしゃってるんですか……おか
げさまで……っていうとなんか変ですが、
今回の芝居、二劇の歴史に残る大評判です
よ」
サクライ「おお、それはますます楽しみだね
え」
会田「はい」
沖田、スマートフォンで麻里からの
「超、自信作です!」のメッセージを確
認し微笑むと、電源を切る。
晴子、劇場を見回して感慨深げな表
情。
ふと客入れ曲が落ちて、M0が流れ
る。
やがてM0が煽って、劇場内が暗転す
る。
完