時効だと勝手に思っている話
あまり昔話をすると嫌がられますが、今回は仕事をし始めた頃の思い出話を。
今から28年前に、この業界に入職したわけですが、当時は「介護」という言葉よりも「福祉」という表現をどこも使っていました。
本当に日本らしいなと思うのですが、介護保険前にあった各行政の措置事業としての福祉サービスは「訪問入浴」がメインでした。
欧米など、健常者でも日頃からそれほど湯船に浸かる習慣のない国からすると、国費を使って高齢者や障がい者が無料でお風呂に入れるサービスなんていうのはとても信じられないことだと思います。
我々委託事業者は、入札を経て各自治体と契約をすることでその地域一帯への入浴サービス供給事業者となります。
地域にお住いの方からすると、役所の窓口に行って必要な手続きをしたら、当社のような事業者が調査入浴と称して訪問開始するわけですから、いわば半民半官のような立ち位置でした。
そして、まだ実績の少ない自治体によっては初期の頃の契約内容は、お客様の人数別の単価によっての請求ではなくて一定期間に対してトータルいくらという包括単位のものでした。
ようは何人にサービスを提供しようとも、その期間にいただく報酬額は保証されているということですよね。
そして、今と大きく違うのはスマホなどもない時代ですから、事務所との連絡手段はというとお客様のご自宅の電話か公衆電話しかありません。
事務所側から連絡を入れる場合は、こちら側のスタッフの腰に付けたポケベルがピーピー鳴りますので、外であれば公衆電話を、お客様宅であれば小銭をお支払いしてご自宅の電話から折り返して対応していました。
そして、スマホがないということは地図アプリもありませんから、前日の夜には翌日の訪問ルートを調べる必要があります。
新たなサービスですから毎日のように新たなお客様からのご依頼はありますし、日々訪問先は変わります。
大まかな道順は、市や区全体の大きな地図を広げて確認し、お家の近くになったらゼンリン地図をコピーしたものを見ながら訪問先の目星をつけます。
「お風呂に来ましたー」と訪問すると、おばあちゃんが玄関まで出てこられて、「あらぁ、お風呂」。それから家の中で寝ていらっしゃるおじいちゃんに向かって「お父さん、お風呂が来ましたけど入られますか?」と声をかけると廊下の奥の方から「おおぉ」と返事があって、入室させていただいた私たちは着々と簡易浴槽の設置をして久しぶりのお風呂に入っていただく準備をするわけです。
今からだと考えられないかもしれませんが、まだサービスが始まったばかりの当時は、十年以上お風呂に浸かれない状態のまま寝たきり状態になられているお客様が沢山いらっしゃいました。
本当に久しぶりのお風呂に入られたおじいちゃんはとても満足そうな表情をされて、そんなすっきりされた旦那さんを見て奥様も「良かったですねぇ」と涙を流されて喜んでくれます。
そんなご夫婦を見て、調査に入った我々も「良かった良かった」と満足してお家を後にしますと、腰のポケベルがピーピー鳴るので事務所に折り返しの連絡を入れます。
そうしますと、事務所の担当者からは開口一番、「お前は一体どこの誰をお風呂に入れてきたんだ」と詰問されます。
「えーと、どこどこの○○さんですけど」と返すと、「その○○さんからまだお風呂が来ないって連絡が入っているんだよ」と。
「いえ、だってたった今お風呂に入っていただいていますし」と恐る恐るゼンリン地図を見てみますと、先ほど入室した家の反対側にも同じ苗字のお宅があるのが確認できます。
はい、知らない人の家に訪問してお風呂に入っていただいちゃっていたのですよね。
ところが、当時は包括単位のサービス提供ですから、誰かが大きな被害を受けたということもなく(未訪問のお宅には別のチームが対応しました)、うっかりお風呂に入っていただいた方もこちらから行政に連絡を入れて正式に新たなお客様として登録し、無事にサービス開始と相成りました。
ひょっとしたら、今現在でもこのようなことはどこかで起こっているかもしれません。
平和な時代の時効の話でした。
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