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均整の取れた、穏やかな対話

対話とはなんだろうか?と常に考えている。1対1で向き合い、耳を傾けて両者ともに否定をせず、双方向にやり取りをする。

この居心地のよさを探していた気がする。それはもう、ずっと前から。1対1ならば相手だけに気を配っていればよい。シンプルな構造は、丁寧で穏やかな関係性を築かせてくれる。

反対に、様々な人の思念と、凝り固まって一つの生き物のようにうごめいている“組織”が苦手だ。

小中高の“クラス”という枠組も本当に苦手だった。だからこそ孤立する寂しさを抱いたまま、同じように孤立している人と築く、1対1の関係性に心地よさを見出していた気がする。

いまの自分は、あのときの続編だ。


※※※


所属しているオンラインサロン『Wasei Salon』で、ディベートイベント「褒めて伸ばすか?叱って伸ばすか?」に参加させていただいた。

ディベートと聞くと、赤か?白か?みたいなある種の戦いを思い浮かべる方もいるかもしれない。けれど、そんな心配は全くなく、そこには穏やかな対話の時間が流れていた。

この多幸感の正体を突き止めたくて、いまこのnoteを書いている。

そもそも「勝敗を決めること」においては、どうしても力関係を無視できない。発言力、プレゼン力、相手を打ち負かす武器を並べて質と量をもって戦いを挑んでいく。

残念ながら、どちらかの力が優れている時点で、必然的にマウンティングが存在してしまうのだ。平和的解決とは程遠い、ただひたすらに「強いものが正義」という価値観が構築されていく。

ディベートという些細な入口からはじまる戦争だって、世の中にはあるのかもしれない。


※※※


イベントなので、どちら側につくかも自由。となると「反対側の意見で戦ってみたい」という好奇心で向き合えるし、そこには「両者の意見を理解したい」という心の余裕が存在しているのだと思う。

現に、自分は褒める側を選んだけれど、叱る側の意見だって持ってはいたように。

この「相手の意見にも耳を貸す前提で、自分のスタンスを持つ」姿勢こそ、対話なのではないかと思った。

丁寧に振り返ってみると。

段取りよくタイムスケジュールが組まれた中、交代で発表/反論を繰り返したことで、発言の内容も総量も同じくらいでバランスがとれている。

オンラインだからこそなおさら。そこには声の大きい人は存在しない。一人だけ猛烈に話す人だって存在しない。公平に話し、平等に耳を傾ける。

結果的に「言いたかったことを言えなかった」という後悔は誰の胸の内にも存在しない。自分の意見を話し、気になっていたことを聞く。

あぁ、これこそ対話なのかなと。


※※※


もちろん人は選ぶだろう。誰でも言いわけではない。でもそれは、年齢や性別、キャリアなどで隔たれる壁ではない。

誰もが真摯な姿勢をもって向き合うことで得られる権利なのだ。

そう、中身はなんだっていい。

「向き合おうとすること」そのプロセス自体を大切に想えれば。



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WEB Directer/Planner。WEBサイトは「夢を描けるマイホーム」。今を再構成して未来へと思考を巡らす。初めての視点を記す「First Impact - Life」本との出会いを語る「Senjin no Chie - Books」#聞いてよ20歳 アルマジロ賞受賞

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5年、10年と時を経て、いままで向き合っていたテーマにもう一度向き合ってみると、きっとクリアな視点で「初めて」の体験ができるのだと思う。これをファーストインパクトと呼びたい。

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