彼の育った地
一度、好きだった人の地元に行ったことがある。
遊びに誘ったら、ちょうど地元に帰る予定があったみたいで、一緒に行くかと連れていってくれた。
きっと、お互いが住んでいる近くで会うのは知り合いに遭遇する可能性を考えて気が引けるけど、地元ならいいかと、彼のずるさと優しさだったんだと思う。
電車で待ち合わせて、特急に乗り、彼のイヤホンを片方ずつ付けて、お話ししたり、寝たり、彼の地元に着いた。
彼は実家に車を取りに行って、生まれ育った地を車で巡ってくれた。
「ここが通ってた高校で…」
「この坂を毎日…」
「あの通りは…」
途中、誕生日プレゼントに、と、スニーカーも買ってくれた。
少し前に、なんにでも合うスニーカーが欲しい、と話していたから、スニーカーを買ってくれたのだと思うけれど、色は真緑で、なんにでも合うとは…?というところも含めて、面白くてうれしかった。
その後、彼が好きだというメンチカツ屋さんに寄ってくれた。
小さな小屋というか、プレハブのような、小さなスペースで売られているメンチカツは、とってもおいしくて、お世辞なしに、今まで食べたメンチカツの中で一番おいしかった。
今でもふとあのメンチカツの味を思い出しては、また食べたいなあと思う。
すごく素敵な時間だったから、わたしの中であの日の思い出はとても大切にしていた。
少し前に、彼が、また行きたいね、と言ってくれたので、もしかしたらと、少し期待もしていた。
結局、もう叶わずに終わった訳だけれど、大切な思い出であることは変わらない。
数日前、友だちに旅行に行かないかと誘われた。
欠員補充な形だったので、なにも知らず、行くと答えたのだが、行き先は、彼の地元と同じ県だった。
彼との思い出が薄まってしまうのではないかと、少し悲しい気持ちにもなった。
行き先を先に聞いていたら、わたしは断っていただろうか。
それとも、彼との思い出の上書きをするため、行っていただろうか。
考えても分からないが、そんな気持ちを抱きながら、行ってきます。
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