見出し画像

hibi/ 2018/9/17〜9/23

2018年9月17日(月)
日常に帰ってきた、と言えるのだろうか。日常とは何か。HABで本を売ることのできる土日だろうか。そういう日に心が落ち着くのは確かで、だから今日は落ち着かない、とも言えた。落ち着かない自宅。祝日の月曜日だったが、店のビルが今日から工事で、大きな音が出たり業者の人の出入りが激しいということで、おやすみにした祝日。日頃から自宅に長時間いること自体が少ない。ではどこか、遊びにでも行けば、という気にもなるのだが、盛岡で土日に店にいなかったということはすなわち仕事が溜まっているということで、そうやって溜まった仕事を家で片付けていた。

こうして、気がついたら夜になっていて、いまは夜である、というか、さっきまで朝だと思っていたのに夜であった。対談原稿を作っていて、作り続けて、先程終わった感、がある。一日も終わった。

2018年9月18日(火)
朝、B&Bで展示の設営の立ち会いに向かい、かと言って特に手伝うものもなく、そのまま開店まで仕事をして、展示の様子などを写真におさめSNSなどにUPしたあと、事務所に戻って粛々と働いた。月曜休みが多い、ということはどういうことなんだろうか。休日でも平日でもずっとはたらいているにもかかわらず、三連休後は仕事が溜まっている、という気持ちになるのには笑うしかない。大丈夫ですよ、三連休があろうがなかろうが仕事は溜まっていますよ。

2018年9月19日(水)
「おばちゃん」と【おじちゃん】がいて、「おばちゃん」が

「これ、マヨネーズ付けたら美味しそうねぇ。ちょっと持ってくるわ」
「はい、マヨネーズ。ほんとにおいしそう。わたしたべちゃおうかしら」
【おいおい、店のひとがたべちゃだめだろぅ】
「わたし、危ない女、だから」

「【あはははははははははははははははは」】

という愉快な会話を聞きながら昼食を終えた。いい店に入った、と思った。

盛岡に行く日に盛大にパンクをした原付を取りにバイク屋さんへ赴き、とりあえず店の近くに置いて、細かい出荷を行ったのち、大江戸線にのり、いつもの新宿西口で降りずに春日で降りた…かったのだけれど気づかず行き過ぎてしまい、一駅もどって、春日で降りた。
春日と茗荷谷のあいだに、「マンガナイトBOOKS」という本屋ができるので、その取材に赴いていた。それで、ちょうどここまで出たので、と思ってペブルスブックスとてんしん書房に行こうと思ったらペブルスのほうがお休みで、てんしん書房に向かうために茗荷谷に訪れて、訪れる前に芳文堂書店とツタヤがあって(ここはレンタルしかやっていなかった)、あったのでそこにも入り、そのあと駅前のBOOKSアイに入り、その近くにあった妙にメニューの多い定食屋での出来事が先程のもので、つまり今日は気持ちのいい日だった。

てんしん書房に向かうと、13時すぎという時間だからだろうか、ものすごく子ども連れの家族とよくすれ違い、てんしん書房さんの中にも子どもがあふれていた。そこでの、てんしん書房さんと子どもとのやり取り、会話がとてもいいものとして感じて、この店が、どこを向いて、だれのために営まれているのかということがじわじわと店作りから伝わってきて、とてもいい気持ちになった。「本屋ってどうやったら残るだろう」「出版業界って」みたいな、主語の大きなもの、まぁ主語は大きくてもいいんだけれどもそこに対して自分の行動、主体の含まれない問い、から、いろんな個人的な反省もあってなるべく距離を置くようにしてきているのだけれども、そういう大きなものがやっぱりくだらないというか、しょうもないというか、クソくらえみたいな、ある人が何を思ってどこでどうしているか、そういう実体だけが大切だった。もうそれでよかった、それがよかった、という気持ちで心底楽しくすごした。レオ・レオニを買った。

そう思ったのは、たぶんというか、間違いなく「新潮45」のことが騒がれていたからで、1回目はまだその雑誌や編集長の裁量で世に出ていくものだけれど、あれだけ騒がれたのに二回目がするっと世に出るということは、会社として何も響かなかったか、知っていてもスルーしたかのどちらかで、どちらでも悲しいことだった。会社の危機管理として、経営判断が死んでいるということだった。
まぁ、じゃあもう、どうでもいいかというか、すっきりした気分で、HABの品揃えのやり方を考えていた。午後からは少し、デリケートでハードな打合せをこなしたのち、家に帰り着いて、すやすやと寝た。

2018年9月20日(木)
「新潮45」を売る売らない、新潮社の本を売る売らないというところで、本屋が売る本を制限したら言論統制、みたいな話があり、本屋をなんだと思っているんだろうか、と思った。君たちの公共財じゃあ、最初から何一つないのだよ本屋は、というところで。そして、回収、というのもあまり好きではなかった。だから取次は公共財じゃあないんだよ、というところで。
発表の自由は保証されてほしい。発表されたものの良し悪しが議論されればよくて、その結果の社会、影響は本人が負えばいいのであって、発表は制限されたらいけない。ただそれを売るかどうかの権限というか、自由は、主体性は常に本屋にあるはずだった。置きたい本を置く、置きたくない本は置かない。当たり前のことで、そこに店としての存在があったし、これまでもこれからもそうだった。そうやってシンプルに物事が片付くはずだった。
公共やら会社の制約から離れて、全部自分で、自分の意思と基準で判断するために小さな本屋や取次をやっていた。やっていて良かった。

そういうことを、考えていたはずなのだけれど、はずというのはつまり、そういう気持ちになっていたのであるということが出来事やメモから推察されているという、現在から見た過去を現在として過去の日付を付けてを記述する作業、をしているのだけれど、次に来るメモが

わきくん。ぎおん。ぎおん。。。

ということで笑った。もともと、なにも深刻に考えていなかったのかもしれないし、「新潮45」のことを考えながらgionのことを考えていたのかもしれない。gionは阿佐ヶ谷にある喫茶店で、阿佐ヶ谷に住んでいたときによく行っていて、なにより深夜2時までやっているのがよくて、24時くらいに帰ってきてごはんを食べてコーヒーを飲みながら小一時間本を読む、という行為を好ましく実行できる場所として愛されていた。で、そもそもその日は、いや今日は、西荻窪の本屋「のまど」で和気くんとトークイベントをすることになっていたので、久しぶりに中央線まで出かけていくことが確定的で、で、あるならば、gionに行きたいのではないか、僕は、という思いを抱くと、それはもう確信的にgionである、という心持ちになり、イベント終わりにgionという気持ちをずっと抱いていて、西荻窪でどこかごはん食べようか? という会話の流れをそのまま断ち切り、僕は阿佐ヶ谷に降り立ったのだった。のだけれど、イベント中から大雨といった様相になり、その時間もたいそう雨が振っており、そのせいなのかどうかのか、gionは一杯で座れる席はなかった。時間も時間ですでに23時ごろとなっていたため食事と早期の帰宅が必要で、仕方なくというには失礼なのだけれど、近くで焼鳥を食べて、阿佐ヶ谷をあとにした。悲しみにくれた。阿佐ヶ谷に行きたい。

9月21日(金)
やばいぞこいつ、おもったよりやばい、という依頼というか、電話を受けて、やばかった。(原文ママ)

9月22日(土)
二週間ぶりの、ある意味での安心感とも言うべき、開店日を迎え、本屋が開かれた。
すっと人が来て、すっと引いていく、というのを繰り返しているような日で、と思っていたら一瞬だけ人が多い、そもそも混まない店であるんだけれど、瞬間的に混み合う時があり、そうしてそういう時に声をかけられた。なんだか本を作っているんですけれど、ということでご紹介頂いて、それはそれでよくある展開なのだけれど、マンガを描いていて店に置いてあるマンガがすごく好みだったのでこれはって思って、ということらしく、これは初めてのケースだったためとても喜ばしかった。マンガの趣味が合うというのはなんとハッピーなのだろうか。マンガ置いていてよかったというか、マンガ置きたいから置いているだけなのだけれども、とにかくハッピーな出来事だった。

福浦が2000本安打を達成した。もうここ数年は無理だと思っていたので、本当にコツコツと頑張ってくださったと、心からの賛辞を送った。伊東監督が辞めてからはコツコツと使ってもらっている、使ってもらっている、という雰囲気が漂っているが、だがしかし好きなものは好きなんだからしょうがない。辞めてしまうのだろうか。辞めないでほしい。悲しくなるから。僕が。

店を閉めたあと髪を切りに行くことになっていて、順番が呼ばれるまでの待合室で『本を贈る』が開かれた。いろいろと本屋本は出ている、出つづけているのだけれど、これは出たらすぐ読もうと思っていて、それはツバメ出版流通の川人さんが書いているからで、まずは川人さんのところからと思って、読み始めたところ、これは失敗であった。すぐに、本当に予期せぬタイミングで、読み始めてすぐに、泣きそうになってきた。

仕入の事務所兼荷捌き所は、百貨店の搬入口に続くスロープと薄い壁一枚隔てた駐車場の一角に位置していて、坂道を登る納品車のエンジン音が絶えなかった。最初の仕事についたリブロ池袋本店では、雑誌・生活書のレジ係のアルバイトを二ヶ月ほど務めた後、仕入で契約社員の空きが出たということで、そちらに移る事ことができた。仕入で働いて何日かすると、誰もが自然に日販のトラックのエンジン音を聞き分けられるようになる。ISUZUのビヤーッという割れたエンジン音が、いかにも重そうに回転数を上げて登ってくるのだ。本は百貨店で扱うものの中で最も重量があるのではないかと思う。
なぜ日販のトラックのエンジン音に意識が向かうかとうと、やはり日販の荷捌きこそが書店仕入にとっての一日の仕事の中心であり、それが始まればしばらく他の作業はできないし、人員は全員揃っていなければならない。そのような緊張感があったからだろう。一日二便、特に新刊が届く午後便の時間が近づくと、それまでやっていた作業を何とか一区切りさせようと躍起になっていたり、売場から空いた台車をかき集めに(何しろ台車がなければ仕事にならない)行っていた者も戻り、全員が揃っていて、荷捌き所を片づけたりしながら落ち着かない気分で待つ。あれからもう二〇年も経つが、今でもあの時の気持ちを懐かしく思い出すことができる。そこにあの音だ。「来た!」と誰かが言い、ビシャモン(職場ではハンドリフトのことを商品名からそう呼んでいた)を引っ張って搬入口に向かう。何ヶ月か働けば文庫新書の発売日や月末に向かう物量のリズムを体で覚えていくことになるが、だいたい新刊は三〜四パレット。多いときで六パレット以上。何しろ誰もがネットでは本を買わない時代だった。一パレットにダンボール箱が七面五段積みで三五箱だから相当な数になる。雑誌はタイヤの行かれた籠台車に載っていて、これもビシャモンで引っ張る。洋服や鮮魚でごった返す搬入口をかき分けて、本の一団はピラミッド建設の奴隷たちのように前のめりになって引っぱったり押したりの行列をつくる。
『本を贈る』(三輪舎)

川人さんにインタビューしたことがあって、そのときも同じ、きっかけ、の話をしてくれた。それでリブロの、地下の、というので、池袋と聞いていたのに、リブロで地下というと吉祥寺店が思い出されてしまい、僕はずっと、いまはもうない吉祥寺店の、あの地下の、カウンターの裏のエレベーターの脇とか、奥の美術書の裏にきっと扉があって、そこから荷捌き所に続く小部屋で、たのしそうに開梱する人たちのことをずっと想像していた。ので、池袋店、ということを改めて認識して、それで、あぁあの地下の、どこかの、扉から、ということに思い直していて、そうやって新しい思い出ともいえるような創造の中で、車が独特の、ビヤーッというエンジン音を響かせながら入ってきた。僕はハンドリフト、ハンドリフトといえば僕が見たことがあるやつは太洋社の倉庫にあった赤いやつなのだけれど、それで調べてみたらどうもその赤いやつがビシャモンであったようで、つまりそのビシャモンをパレットの下にうまく差し込んで、最初のうちはうまく操れずになんども差し込み直したりして、そうやって差し込んで、持ち上げて、運んでいった先に小部屋があって、その小部屋でどんどん箱を開いていった。その小部屋は、新卒で入社した時に研修で二週間だけお世話になった、芳林堂書店津田沼店(そこももうない)の荷捌き、返品小屋のような細長い形をしていて、そこで担当者、ジャンル別に仕分けた本を運び出していった。早く作業しないと、夕方からはこの場所で返品が始まってしまう。だから急いで、運んで。でも今日は人文書の担当者がいないものだから、本が品出しされない。品出しされないカートを眺めて、でも研修中の僕はレジと荷捌きしかできることがないものだから、それで少し残念な気持ちになって、また本を運び出すために小部屋に戻っていった。

それで泣いた。

9月23日(日)
手ぶらの人がたくさん入ってきて、よく本をみてくれて、そして何も買わずにでていくこの一連の流れが4グループくらい連続していて、なんなんだろう、こういう展開が一番凹む。わりと、なんだか雰囲気で入ってみましたみたいな人は、階段で4階まで上がるという高いハードルを乗り越えているにも関わらず結構いて、それはそれで勇者! という気もするのだけれど、とにかくそういう人はみてわかるので、なんだか合わない感じの店ですまんな、という気持ちになるのだけれど、けっこうがっつりみてもらって何も買われないと、何度目かの人とかならまぁわかるのだけれど、初めての人で何も買われないとかなり凹むものがある。
ということで、人の入りと売上は必ずしも一致しないのだけれど、とにかく売れていない。

なのだけれど、本当なんだろうか。本当だったんだろうか、と思ってその日の売り上げを見てみたところ、そこそこ、というか十分合格点なのでは? というくらいに売れていて、つまるところこれを書いたあとにそこそこ混んだということなのだろうか? あるいは誰かがまとめ買いしてくれたのだろうか?

A)
売れていないならば、と事務作業に、というか原稿作成の作業に精を出していた。本当は文字起こしがしたいのだが、さすがに店番中に文字起こしはどうなんだ、と思っていたところ、ぽつぽつと、お客さんが来られ、ぽつぽつと、本が売れていった。実際のところ、そもそもの売り上げ金額が少ないので、この1冊を買ってくれるか、というところがその日の売り上げの良し悪しには大きく響くので、来る人に本が買われない前半を踏まえ来る人に本が買われる後半を経たところ、結果的にはそれなりによい、という地点に着地した。ありがたい。おきゃくさまはかみさまです。

B)
売れていないならば、と事務作業に、というか原稿作成の作業に精を出していた。本当は文字起こしがしたいのだが、さすがに店番中に文字起こしはどうなんだ、と思っていたし、結局やらず、Yahoo!の野球速報などでサボりつつ店番を終えようとしていた矢先、そこそこよく来てくださるお客さんが来店し、わりと、わりと本当に嬉しいという程度のまとめ買いをしてくださり、たいへん上々な売り上げでまとまった。実際のところ、そもそもの売り上げ金額が少ないので、一人が多めに買ってくれるだけで、その日の売り上げの良し悪しには大きく響くのであった。ありがたい。おきゃくさまはかみさまです。

そうして、家に帰って、ごはんとつくって、ねた? はずだかさて。寝ていないということはないだろう、おそらく。
明日も先週に続き月曜日が休みとのことで、みんな休みすぎなのでは? ということはずっと思っていた? ような? 気がします……か?

#READING  『本を贈る』(三輪舎)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?