努力が普通の場所に自分を置いてみる

今朝のnote記事

コツコツをガツガツにするタイミング
https://note.mu/ha_chu/n/n52d0d8ea85c6

で、実はインスタの1投稿に
1時間弱、1日3投稿で、
3時間はかかっているという
話をしたら、そこにすごく反響があって、
「圧倒的努力」なんて言ってもらえたんだけど、
(嬉しい!)

ただ、私はそれを自分自身では
「努力」という
言葉では呼びたくない
気もする。

人から見えた時に努力と呼ばれるものが、
自分にとっての夢中である時ほど、
気持ちの良い状態は無い。

私は今、ただ夢中なんだと自分では思ってる。

そして努力の自覚が無い夢中が一番強いと、
これまでに一流の人達と接してきた中で、
実感している。

(こういうこと書くと途端に自己啓発みが強い、胡散臭いやつになるよね。
ほどほどにする!)

これは前にも月刊はあちゅうに書いた話だけど、
インスタグラマーの友人たちと、
とある場所で撮影をしたある日、
天気が悪く、良い写真が撮れなかった。

そして他の人が「それなり」の写真を
アップしている中、一番フォロワー数の
多い子だけが、自腹で翌日その場所に出向いて、
納得のいく写真が取れるまで撮影したってことがあった。

そして、後日、彼女のインスタには
しれっと、百枚以上撮影した中のベストの
一枚が上がっていた。

周りで一緒に撮影した人は
きっと「彼女だけいいカメラを使ったんだ」
とか「加工がうまいんだ」とか思ったと思う。

でも違う。

何気なく見える写真一枚に、
誰よりもこだわりがあるから、
彼女はフォロワーを楽しませて、
結果として、圧倒的なフォロワー数を
保っていられるんだよね。

周りの人は裏の努力を見ないで、
(知ろうともしないで)

「彼女は元から有名だから」
「天性の才能があるんだよ」
なんて片付けてしまう。

だけど、目の前の1投稿1投稿を
投げやりにせずに…

「これは何枚もあるうちの一枚だし」とか
「PR用の投稿だし」
なんて思わずに、

「一番いい」と思うものを
愚直に追求して、積み重ねることが
彼女の地位を保っている。

そして、彼女は、
「翌日もその場所に出向いて
写真を撮る」ことを努力だとも
思っていない
んだよね。

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