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思い出のあなご

家族で訪れた金沢は歴史を感じる素敵な街だったが、娘にとってはなによりも食が素晴らしい街だったようだ。

4月に高2になった娘のたっての願いで入った寿司屋は抜群に美味しく、家族全員が存分に海の幸を堪能した。カウンターに座り板前さんの包丁さばきに見惚れ、天ぷらがジュッと揚がる心地よい音に心躍らせ、魚を炙る香ばしい香りに喉を鳴らせた。

カウンター越しに娘がオドオドしながら「あなごお願いします!」と注文している姿を見ていると、幼い娘と二人で「あなご」を食べたことを思い出した。

娘が保育園だった頃、妻が出張で私と娘のふたりで過ごした日があった。共働きで、娘を世話する機会が多かったこともあり、母親不在でもぐずることはなかったが、離乳食から普通食にシフトして間がないこともあり、何を食べさせて良いのかわからず頭を悩ませた。

実は前日の夜、近所の漁港で夜釣りをして「あなご」を2匹だけ釣り上げていた。娘にあなごを食べさせたことはなかったが、他の焼き魚や煮魚は食べさせていたので大丈夫だろうと慣れない手つきで背開きにし、鍋に醤油、みりん、砂糖を入れて子供でも食べやすいように軟らかく調理した。香ばしい煮汁の香りに娘が待ちきれないように声をあげながら机をバンバン叩いている。

小ぶりのあなごで少し皿がさみしかったので「あなごの頭」も一緒に盛り付けてみると、なんだか活き造りのようで格好良い気がする。

娘は文字通り目を丸くして皿の上に乗るあなごをしばらく眺めたあと、フォークを使って美味しそうに口に運ぶ。満足そうに食べる娘をみながら、自分が食べるはずだったあなごも娘の皿に移し、代わりに自分は冷蔵庫からビールを取り出して飲んでいると不意に違和感を覚えた。

おかしい、なにかが足りない。

あなごの頭がない!

あわててダイニングテーブルの上をくまなく探し、続けて下をのぞき込む。

ない。

椅子の下やら目につくところを探してみたがどこにもない。

「あたまを盛り付けたつもりで盛り付けなかったのか?」
などと思いながら娘の顔を見る。
特に異変は無さそうだが何故か大人しく固く口を閉ざしている。

なにかおかしい。

あわてて娘の胸の前に皿を持って行くと、娘の口からポロリとあなごの頭が出てきた。頭を口に入れてしまうほど美味しかったようだが、無理に飲み込んで大事に至らなかったことに安堵し、娘と二人で大笑いした。

自分が料理して娘とふたりで食事をしたのはこれが初めてだったが思い出に残る楽しい食事の記憶だ。実は詳しい話は妻にも話していない。

金沢の寿司屋のカウンターで遠慮なく「あなご」を注文する娘を見ながらあの時の食事を思い出した。今では娘の前からあなごの頭が消えることは無くなったが、代わりに私の財布の中身がどんどん消えていく現象に娘の成長を感じつつ、明日からもしっかり働こうと誓った。

これからも家族で思い出に残るとびきりの食事をするために。


【コメント】
大学で初めてTR科目で提出したレポートです。講師の方から添削していただいた箇所については少しだけ修正しています。(ほんのちょっとです)
丁寧な添削でとても勉強になりました。これはホントに感謝です。

題材や視点、基本的な書き方は問題ないようでしたが、表現方法などのアドバイスをしていただき「なるほどね…」と感心してとても身になりました。

提出した時はテキストを読んだだけで、何を書いたらよいのかわからない状態でしたが、読み返してみると「ただの大人の作文」ですね…

採点された点数は普通程度でしたが、右も左もかわらずに初めて出したレポートが及第点を十分にクリアしているようなので、「頑張れば大丈夫かも」と思いました。

まだ、何科目か講義を受けただけですが、今ならもう少し違った文章が書けるような気がします。


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