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僕はレース業界裏側の日陰にいる

こんにちは、ドイツレースチームでエンジニアとして働く山下です。
F1開幕戦のオーストリアGPではレッドブルホンダの2台がリタイヤとなり、Hondaファンには残念な結果となりました。

レース後の報道ではリタイヤの原因は、電装系トラブルとされていました。しかし、その後、Hondaの解析で原因が特定され、フェルスタッペンのパワーユニットは問題ない事が判明しています。本日開催される、第2戦での巻き返しに期待です!

実は、僕が国内レース業界で働いていた際は、レース車両の電装システムが専門でした。この記事では、レースの電気屋さんについて紹介します。

(1) レース車両の電気系、電装系システムとは?

レースの電気屋さんについて説明する前に、技術用語が分かりづらいと思うので、簡単に説明します。イメージだけ掴んでもらえればOKです。

この記事での電気系、電装系の仕事とは、レース車両に搭載されるセンサやコンピュータ (ECU) のお話です。

例として、アクセルとエンジンを繋ぐ電装システムを考えます。

量産車でも同じですが、アクセルを奥まで踏み込む場合と半分踏む場合は、エンジンの回り方は全く違います。これはアクセル開度(踏込み量)をセンサが検知して、そのセンサデータを基にエンジンECU(コンピュータ)が、エンジン回転数と必要な燃料噴射量を計算して制御しているのです。極論な話、このECUの調整によって、アクセルを半分も踏んでないのにエンジン全開の設定も可能です。恐ろしや!w

時々、レースチームとドライバの無線で聞こえてくる、「エンジンマップスイッチを3に変更!」などは、上述の調整で作った設定の切り替えスイッチのことです。
例えば、レース用、予選用 (出力重視)、燃費用、ウェット用などの設定を作り、番号を割り当てておきます。

このように、電装システムとは、車両のコンピュータ(頭脳) とセンサ (感覚) を繋いでいるシステムのことです。

(2) 日陰で頑張るレースの電気屋さん

レース業界における電気屋さんは、レース業界の裏側の日陰で働いています。
モータースポーツの主役はドライバーとレーシングカーです。エンジニアやメカニックは業界の裏側で働きます。

その裏側世界の中では「ラップタイムを短縮すること」が大目標です。彼らにとってはラップタイムに直結するサスペンション、タイヤ、エアロダイナミクスなど車両セットアップが一番大事です。そして多くのファンにとっても、これらハードウェアの変化は目に見えるため、比較的理解しやすく、注目が集まりやすいです。
逆に、目に見えない電装システムは日陰に追いやられます。

電気屋さんの仕事は周囲の人には分かりにくいです。
例えば、ピットストップでの燃料給油時には、火災の危険性から多くのレースカテゴリでエンジンを止めないといけません。ある日、僕は「給油完了後のエンジンリスタートが少し鈍いから改善してほしい」と言われました。詳細は割愛しますが、僕は燃料を送るタイミングをECU内で、エンジン回転数を50rpm分だけ調整しました。この調整によりリスタートは格段に良くなりました。

これはチームから要望された例で、コンマ数秒ほどタイムも短縮するケースです。しかし、要望がなくても、ラップタイムに直接影響がなくても、信頼性向上など改善点があればレギュレーションの範囲で調整します。このような仕事はファンの目には触れることは稀です。そもそもレースチームの人でも、僕が行った調整内容を理解している人は、ほんの一握りです 笑

僕らはレース業界の裏側の、さらに日陰で働いているのです。

(3) 原因不明は電装系トラブルになってしまう!?

時には、レース車両が走行中に止まってしまうこともあります。

サスペンションなどハードウェアトラブルは破損、傷など目に見えるので故障原因が特定しやすいです。

一方で、電装系が疑われた場合、異常発生の状況が不明瞭なことが多いです。この場合、まずはドライバーと関係者に状況のヒアリングを行い、並行してデータ解析を行います。データに異常が無くとも、走行データに現れない原因がECUやセンサに潜んでいる可能性もあります。原因解析は慎重に行う必要があり、時間が必要なことが多いです。
故に、電気屋さんはすぐに「電装系は問題ありません!」とは主張しづらいです。

原因が特定出来ていない、疑いのレベルでも情報が先行して、”電装系トラブル”と記事に書かれてしまうこともあります。また、僕が関わったチームではありませんが、実際のトラブルを隠すために"電装系トラブル"とチーム監督が発表したケースもありました。

"電装系トラブル"は便利な言葉です。
電気屋さんとしてはツッコミたくなりますが・・ 泣笑 

ちなみに、本当に電装系トラブルで車両が止まることもありますので、原因不明で車両がコース上で止まると電気屋さんは内心で結構ビビります 笑

(4) まとめ

レースにおける電気屋さんの仕事はマイナです。限られた時間の中での電装系トラブルシューティングはエンジニアとしての技量も問われ、大変な仕事です。しかし、自分が中心となり電装設計した車両が初めて走った時、安堵感と言葉では言い表せない達成感を得ることが出来ました。

僕は「速い車を作る」のも好きですが、「車がなぜ走るのか?」を知るのも好きです。車両の電装システムが複雑化する中で、その両方を理解して、体感できる仕事です。

そしてレース業界では、電気屋さんは少ないために割と重宝されます。僕が現職に就けた理由の一つは、チームに電装システムが分かる担当者が居なかったためです。役職はデータエンジニアなので、両方やらされています 笑

以上、日陰で頑張るレースの電気屋からの報告でした。

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