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義手をつけたら、思ってもみなかった感情が芽生えてきた。

先週、Instagramで義手をつけた姿を公開した。

この写真は大きな反響を呼んで、ネットニュースにもなった。

義手といっても、何かをつかんだりする機能があるわけではない。しかし、一年近く義足プロジェクトに取り組むうち、安定した歩行のためには、腕を振ってバランスを取ることがかなり重要であることがわかってきた。そこで錘(おもり)のような機能を果たす棒状の義手を装着することにしたのだ。

この義手はまだ試作品の段階。これからさらに進化を遂げる予定だ。だが、現段階でかなりフィットしている感覚があり、肩関節を動かすことで、この棒状の義手を自由自在に動かすことができている。

グルグル、グルグル、トントン、トントン。

肩を動かして、目の前にあるものを触る。なでる。叩く——。そんなことを繰り返すうち、私のなかで思ってもみなかった“ある感情”が芽生えてきた。

「ドラムやれるな」

ふと、そう思ったのだ。

ツツ、タン。ツツ、タン。ツツ、ツツ、タンッ。

まるでドラムを叩いているかのような気分で、両肩を動かしてみた。それに合わせて、棒状の義手が軽妙なリズムを刻む。頭の中で。

何だろう、この楽しさ。味わったことのない、心が弾むこの感覚。

ただ棒状の義手がついただけで、こんなにもすぐに「やってみたいこと」が心に浮かんだことが、まず驚きだった。

ならば。

この先、義手に関節がついて、もし肘を曲げることができるようになったら何を思うのだろう。指の曲げ伸ばしができるようになったら、どんなことがやりたくなるのだろう。空想は膨らんだ。

そして、そんな未来への「if」は、私がこれまで生きてきた過去への「if」に直結した。私はすぐに思いを巡らせた。

「もし、私に手があったら、どんなことをしていただろう」

真っ先に頭に浮かんだのは、ギターだった。カッコつけたがりで、女の子にモテたい私は、きっとそんな不純な動機からギターを始めていたはずだ。

あとは何だろう。JAZZを聴くのが好きなので、サックスに憧れていたかもしれない。音楽以外はどうだろう。美味しいものを食べることが大好きな私のこと。きっと料理にはハマっていたはずだ。それに若い頃に前田知洋さんのような知的でクールなマジシャンに出会っていたら、きっと自分でもマジックを——。

あれ、ちょっと待って……。

「手がある」って、こんなにも無限の可能性を秘めているんだね……。

みんな、こんなにも“選べる”人生を送ってきたんだね……。

それに引き換え、自分は……。


こんな感情、出会ったことがなかった。

そもそも「誰かの人生と比べる」ことなど興味がなかった。しかし、義手を装着したことで、「手がある人生」を疑似体験してしまったのだ。「誰かと比べた」わけではなく、「手がある人生」に触れてしまったのだ。

生まれつき四肢欠損だった私は、手足を「失った」という感覚を抱いたことはなかった。ところが、今回、義手をつけてみて、「手足があれば、あれもできた、これもできた」という“機会損失”に目が向いてしまった。初めて、自分の手足を「失われたもの」と感じてしまったのだ。

開きけかけたパンドラの匣を、あわてて閉じた。

このまま開きっ放しにしておいても、いいことなんて何ひとつなさそうだったから。「失われたもの」にいつまでも心を奪われているのは、あまり生産的ではないし、何より自分らしくない。

そう、やっぱり私は「これから得られるもの」に目を向けていきたい。

ただひとつ、誤解のないように伝えておくと、こういう感情に触れることができて、じつは良かったと思っている。それが悲しみだったり、嘆きだったり、いわゆる負の感情だったとしても、あらゆる感情を経験しておくことは自分という人間の幅を広げることになる。

だから、今回、こうした感情と出会うことができただけでもこのプロジェクトに参加して良かった、義手をつけてみて良かったと、これは強がりなどではなく、本当にそう思っている。

さて、今日も練習日。義手をつけて、義足を履いて、「これから得られるもの」に目を向けて、必死に歩いていきますね。引き続き、義足プロジェクトへの応援、よろしくお願いします!

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「乙武洋匡の七転び八起き」
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