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じっくり、コトコト、煮込んでいく。

私の大切な友人のひとりに松嶋啓介シェフがいる。

20歳のときにフランスへ渡り、25歳で南仏ニースにて独立。その4年後には外国人として最年少でミシュランの星を獲得している。2009年には原宿にも店をオープンし、いまは日本とフランスの二拠点生活を送っている。私とは同年代ということもあり、日頃は親しみを込めて“啓ちゃん”と呼ばせてもらっている。


先日、急な休みが取れたので、ひさしぶりに啓ちゃんの店を訪れた。原宿とは思えないほど豊かな緑に囲まれた「KEISUKE MATSUSHIMA」では、大きなガラス窓から見える木々に癒されながら、ゆっくり食事をすることができる。

前菜が終わり、そろそろメインに入ろうかという頃、一時帰国中だった彼が会議を終えて顔を出してくれた。同じテーブルを囲み、たがいの近況報告に花を咲かせる。知的でエネルギッシュな友人との会話は、いつも私に大きな気づきを与えてくれるのだが、この日もまさしくそうだった。

彼がいま最もこだわっているのは、「うま味」の普及活動だという。味覚の根本となる5つの要素を「五味」というが、もともとは甘味・酸味・塩味・苦味の4つだった。しかし戦前の化学者である池田菊苗によって「うま味」が発見され、いまでは「UMAMI」として世界でも認知される言葉となったという。

「うま味」とは、昆布だしに含まれるグルタミン酸や、かつおだしに含まれるイノシン酸のこと。胃にうま味が入ると、消化を促進する効果があるとも言われているが、啓ちゃんはこの消化促進という効果以上に、「うま味」の重要性を痛切に感じているという。

「現代の料理は、ほとんどが精製された塩や砂糖にまみれたもの。そうした刺激が強いものに脳は快楽を感じ、人々は『おいしい』と感じている。『忙しい』という字は、文字通り『心』を『亡くす』と書くけど、現代人はどうしても忙しいから、塩分や糖分、化学調味料に頼った料理でお腹を満たしてしまうことが多いんだよね」
「だけど、天然のうま味を生かした料理では、塩分や糖分、化学調味料などを抑えることができる。そして、これはフランスや日本、世界中の人たちを見てきて思うことなんだけど、そうしたうま味を生かした食事をしている人たちは、自律神経が抑制されて、穏やかな気持ちでいられるんだよね」

啓ちゃんは、「食」という漢字を上下に分け「人を良くする」と解説する。食事は「おいしい」を提供するだけでなく、人を良くするものであるべきだと考えている。だからこそ、最近はこの「うま味」の普及で人々の心と体を健康にすることに力を入れているのだという。

しかし、そのことによる悩みもあるようだ。

彼が手がける「KEISUKE MATSUSHIMA」でも、フレンチでありながら塩や砂糖、化学調味料をできるかぎり抑えながら、素材本来の味を楽しんでもらえるよう工夫している。だが、それによってお客様から「味が薄い」というクレームを受けてしまうこともあるのだという。

もちろん、本来は「KEISUKE MATSUSHIMA」が提供している素材を生かした味わいが“基準値”で、私たちが日頃から口にしている調味料をふんだんに使った料理が「味が濃い」のだが、後者を食べ慣れてしまっている私たちは、前者を食べて「味が薄い」と感じてしまうのだ。

こうして客足が遠のいていってしまうことも、もちろん彼は視野に入れている。料理人であり、経営者でもある彼としては頭の痛いところだと思うのだが、それでも啓ちゃんには一向に意に介する様子がない。

「まあね、それはある程度、仕方ない。だけど、いつか“うま味”の重要性が理解されるときがくると思うから。オセロで言えば、いまは角を取りに行っているところだよ」

それを聞いて、私は思わず「あっ」と声をあげた。つい最近、マネジャーのキタムラと話していたこととピタリ重なったのだ。

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