見出し画像

水の中を泳ぐ魚とそれ眺める百姓の倅

私は実家が茨城県で、実家の裏手にあるだだっ広い水田を3つ程歩くと湖があります。霞ヶ浦は私が学生時代、国内でも3本の指に入る汚い湖でした。卍臭かったですね。蝿が集っている大型淡水魚の死骸は今でもはっきり思い出せます。

現在は、植物などを増やし、魚や鳥達など生き物が戻ってくるエリアも増えて来ていますが、まだまだこれからって感じです。

父親が学生の頃は、透明度がえげつなかったらしく、夏がくれば泳ぎながら仕掛けで魚を取っていたとの話を聞きました。

私は個人的にバス釣りが好きな類のため現在にも魅力を感じてますが、泳いでいる魚が見える実家の裏の湖、にすんごい憧れがノンストップです。

ずっとアパレルやそれに付随する業界で勤めて来ましたが、負債(在庫)を大量に残して続いて来た事が【ネットぐらいで】取り上げられるようになり、サスティナブルも聞き飽きて来てしまった2020年半ば。いい加減システムそのものが変わらないかな、と思えてなりません。

今、勤めている会社も表向きには言えませんが、無駄を出して利益を出している企業です。致し方ないと言える特殊企業ですが、無駄を活かそうとする案も力不足で通らず、そのつもりも無さそうなので、色々考えちゃいますよね。

どんな仕事にも裏と表があるのは当たり前。綺麗な部分だけでは成り立たないのは承知の上です。それが向いてないのなら仕事も向いてない。というより、本当に綺麗な側だけ見て来ている都合の良い業界だな、と思えた感じです。裏の都合悪い部分はもうシカトスタンス。

良くある話ですけど、便利な社会を(おそらく何も考える余裕なく)この国は作って来たと個人的に思っているので、失ったり見えなくなった景色が山ほどあるんだろう、と思っています。

便利な社会を否定しませんし、できません。がっつり享受しているので。でも、疑問を持つ事は思考の義務です。何が代え難いもので、何が大切か、とか。必要か不要かなんてのは、頭のいい人に任せたい派です。必要か否か、判断するのは難しいと思っています。

今、見えなくなっている、住む街や田舎の景色に気づけたら、新しいアイデアが生まれて来るんじゃないか。みたいなロマン強めのイメージ持ってます。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?