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VR AVでキスすると女優が青鬼みたいに見える現象

目次
1. VR AVでキスすると女優が青鬼みたいに見える
2. フェイク・ドキュメンタリーの編集技術
3. 結論――「青鬼」の有用性
余談1. 映画『湖中の女』のキスシーン
余談2. ホラーとAVの共通点と相違点

1. VR AVでキスすると女優が青鬼みたいに見える

VR AVの販売が開始したころ、僕は割と冷淡な反応をしていたのだが、今やそれを恥じている。

いつだったか、スマホを取り付けるタイプの3,000円ぐらいのVRゴーグルを買ったら、持っていたスマホが古くてDMM VRアプリが対応していなかった。
そこでやる気が途切れて、VRゴーグルはずいぶん投げっぱなしにしてあった。

しかし、今年の春にスマホを買い替えたのと、「最近、手なりのオナニーしかしてないな」と思ったのとで、「SOD prime」を通じてVR AVを自宅で観てみたのだけれども、まー「そこにいる」のだ。
安いゴーグルだと、早送りがしづらいとかティッシュが取りづらいとか気になることはまだあるし、観る数は結局ふつうのAVが多いのだけれども、画質さえよければ、これは結構イイ。

特に、女優とキスするときなんかは、ふわっと温かみすら錯覚する。本当だ。話は盛っていない。
なかには匂いを錯覚する人もいるようだから、みなさんも自分はどのタイプなのかぜひ試してみてほしい(味覚が刺激されたら大したものだと思う)。


そんなこんなでVR AVライフをそこそこ楽しんでいるのだけれども、ただ1点、キスするときに「青鬼」みたいにならなかったらもっともっといいのに、と思うのである。

ご存知の通り、人は右目と左目で見えているもののずれのおかげで、対象を立体的に見ることができる。これを利用し、右レンズと左レンズに映る映像を微妙にずらすことで立体感を与えているのが、VR技術である。

そして、右目と左目の視界の差は、目に近いほど大きく、遠いほど小さい。この遠近のピント調整は、もちろん人間の目にはできるが、VRゴーグルでは今のところできない。
したがってVRには、立体視に適した距離というものが存在する。逆に言えば、うまく立体に見えない距離もある。

だから、キスするほど女優が近づくと、ズレが大きすぎてダブって見え、ものすごく目の寄った、青鬼みたいになってしまうのである(試してもらえればわかる)。

僕は、青鬼とのキスに体温を錯覚しているのである。これはどうにかならないものか。


2. フェイク・ドキュメンタリーの編集技術

しかし、「青鬼モード」は、実はAVにとって有用なものなのかもしれないとも思うのである。どういうことか。


まずそもそも、AVというものは、「無編集主義」による時間的継続性がドキュメンタリー性を保証するつくりになっている。すなわち、人間のセックスを長回しで撮ることが、生々しいエロさを生み出している。
(ちなみに、その無編集主義によるエロスの演出が、同時にAV特有の「つまらなさ」につながっていることは、DMMニュース.R18の前半に書いた

女性は微妙な時間的流動体であり、撮影のすべてはその時間性に静かに「同調」することを企図する。キス→裸体化→乳房へのやさしい玩弄→性器愛撫とクンニリングス→(女性側からのフェラチオ→)挿入→体位変化→フィニッシュというように多く分節化されるAV的時間性では、まず「自然な」連続性が保証されなければならない。つまり撮影された時間の蓄積はイメージシーンにあった編集つなぎ多用主義[…]とは逆の無編集主義(これがドキュメンタリーの公正性という幻想に奉仕する)をかたどる。
(阿部嘉昭,2015,『平成ボーダー文化論』pp. 379-80)

しかし、ワンカット撮影は、当然難しい。たった1つのミスによって、それまで撮ってきた映像すべてが台無しになってしまうからだ。
「仕方ないな」と、潤沢な予算とスケジュールを使って撮り直すのは、斜陽産業のAVでは難しい。だから、どうにかして編集点を作らなければならない。そのためにどうするか。

参考になるのは、AVと同じくリアリティが重要な、ホラー映画の撮影技術だろう。
フェイク・ドキュメンタリー手法を用いたホラー映画である、「戦慄怪奇ファイル コワすぎ!」シリーズ『貞子 vs 伽椰子』で有名な白石晃士監督は、カメラを振ったりして画面にノイズが入る瞬間を利用してカットを割っていると話している。

私の必殺技でもありますが、わかりやすくトチっているところやモタついているところは映像の乱れということにして、バチってノイズを入れて、そこでカットを割っています。大胆かもしれませんが、演出上はワンカットで続けられますし、カットも割れるし、意外と使える手法です。
(白石晃士,2016,『フェイクドキュメンタリーの教科書』p. 151)

白石監督は、『ある優しき殺人者の記録』という「“ワンカット風”に見せてい」る映画を撮っているが、これは「55カット」でできていると語っている(同書、p. 122)。


3. 結論――「青鬼」の有用性

白石晃士監督の編集技術をもとに何が言いたいのかというと、女優とキスするとあまりに近すぎて適切に立体視できなくなる「青鬼モード」は、AVのエロスを損なわないよう「ワンカット風」映像を編集するにあたり、カットを割るためにちょうどよい「ノイズ」となるということだ。

試しに、VR AVのキスシーンのとき、うっとりと目をつぶらず、そして「青鬼」から決して目を背けず、じっくりと女優を見てみてほしい。ときどき、カット割りが確認できるはずである。

要するに、VRにピントを合わせる技術が搭載され、いかなる被写体がいかなる距離にあっても立体に見えるようになれば、まあそれは喜ぶべきなのだけれども、「青鬼」は「青鬼」で、陰ながらAVのエロスを演出するための技術となっているのではないか、と思うのだ。


余談1. 映画『湖中の女』のキスシーン

レイモンド・チャンドラーの探偵小説を元にした映画『湖中の女』は、観客が私立探偵フィリップ・マーロウの視点を体験する、一風変わったミステリー作品である。
フィリップ・マーロウいわく「みなさんは私が見たものだけを見る」というルールのもと、推理に挑戦する、という仕掛けである。

つまり、AV風にいえば、ほとんど男性主観映像で成り立っている。だから、鏡を覗き込むと、フィリップ・マーロウの顔が映る。


本稿にとって重要なのはキスシーンだ。女性の顔が近づくのだが……

画面は真っ暗になり、「あなたも目を閉じるのね」という声が聞こえるのみ(字幕が浮かび上がるのみ)である。

「青鬼モード」も、目をつぶってやり過ごすのが、一番丸い解決法かもしれない。

※なお、「男性向けAVにおける視聴者の同一化――『湖中の女』を補助線に」ではもっと詳しく分析しました。


余談2:ホラーとAVの共通点と相違点

本稿は、白石晃士監督のフェイク・ドキュメンタリー・ホラー撮影テクニックと、VR AVの撮影テクニックの話を結びつけて論じた。だが、そもそもホラー映画とAVは、共通点が多い。

一例をあげると、『ハード・コア(Hard Core)』というポルノ映画研究で有名なリンダ・ウィリアムズは、"Film Bodies: Gender, Genre, and Excess"という論文で、ホラーとメロドラマとポルノグラフィの共通点を指摘している。

それは、3つとも「ボディ・ジャンル」であるということである。つまり、被写体に起こる身体的変化を視聴者が模倣するというつくりになっている。
ホラー映画は役者が怖がれば観客が怖がり、メロドラマは役者が泣けば観客が泣き、ポルノは役者が性的に興奮すれば観客も興奮するのである。


ただし当然、ホラーとAVは相違点もある。また一例をあげれば、ポルノは「性的欲望」を満たすために視聴する“ことになっている”のに対し、ホラーを観る動機は「恐怖欲望」なる概念で説明されることがない(金塚貞文『オナニスト宣言』)。

ここで、「ホラー映画を観るのも、ポルノと同じように欲望を刺激するためなのかもね」という推論に進んではいけない。
「性(仏:sexualité)」あるいは「性的欲望」という概念を用いた説明様式が生まれたのは近代以降にすぎない、と看破したミシェル・フーコーにならって、逆に「性的欲望」の存在こそ疑う必要があるのである。





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東大社会学博士課程1年。女性向けAV(男優)ファン研究。詳しくは[プロフィール]をクリック
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