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争いがないのに相続手続きが頓挫してしまう場合を想定する

皆さんは相続手続きの当事者になったことはありますか?「遺産分割でもめて大変な思いをした」、「いやいやウチはきょうだいも仲良くて円満だったよ」いろんな方がいるはずです。

さて、今日は遺産分割でもめている訳でもないのに、手続が進まない事例のお話をしてみようかと思います。

<事例>
子どもがいない夫婦。夫が亡くなり、妻と夫のきょうだいが相続人。遺言書はなし。きょうだいとの付き合いとしてはほとんどなく、夫のきょうだいはみな遠方に住んでいる。戸籍謄本を集めたり、生命保険金や預貯金、株式投資などの遺産を調べ、遺産分割協議書を専門家に作ってもらい相続人全員で署名捺印をする段階に至った。

■実印を押したくない

49日も過ぎ、そろそろ相続手続きも本格的に進めていこうと専門家に相談に行き、きょうだいにも電話で遺産は全て自分が受け取ることに納得してもらえていました。

必要な書類をかき集め、最終的に遺産分割協議書には相続人全員が署名、実印で捺印という作業が必要になるのですが、郵送で持ち回りで署名捺印をお願いしたところ、あるきょうだいから署名捺印できないという連絡が入りました。

「遺産は全て自分が受け取ることに納得してくれていたはずなのになぜ?」

そういう気持ちに当然なります。

話をよく聞くと、自分も相続分に応じた遺産が欲しいということでは全くなく、「借金とかなにか不意のトラブルに巻き込まれるのではないかと不安で遺産分割協議書なんて書類に実印を押すなんて怖くてできません。」

そういう回答でした。

え?と感じる方もいらっしゃるかと思います。

けれども、こういうケースは案外多いのです。

自分にとって何らの不利益がある訳もないのに実印を押すことでそれが何か悪用されたり、トラブルに巻き込まれるかもしれないと考えて実印を押したくないという方は一定数いらっしゃいます。

何度も丁寧に説明し、専門家の先生からも連絡をしてもらっても全く協力してくれません。本人も意地悪で協力しないと言っている訳でも、お金を要求している訳でもありません。

ある程度、法律を知っている人からすれば不利益になるようなことなどない、手続きなのだから実印を押す必要があれば押すしかないと当たり前のこととして進めるでしょう。

けれども、特にご年配で心配性の方に一定割合でこのような対応をしてしまう方がいらっしゃるのも現実です。

根気よく説得するか、その方が亡くなり、その相続人が協力してくれるまで手続きは中断です。

■相続人の中に認知症の人がいると時間とお金と手間がかかる

また異なるケースをご紹介します。

遺産分割協議書を送ってからほどなくして、きょうだいの子どもさんから連絡がありました。「親が認知症で自筆で署名できないから、自分が代わりに書けばいいですか?」

認知症になっていると判断能力、意思能力がないものとされ、遺産分割協議書に自ら署名したり捺印したりすることは原則できません。

もちろん程度にもよりますが、明らかに日常会話ができず、判断能力がないと見なされる場合には署名捺印をすることもできません。

遺産分割というのは相続人として財産を得たり、権利を失う重要な財産処分行為なので、判断能力がない方のした行為は無効となるからです。

この場合は、家庭裁判所で後見申立てという手続きをし、家庭裁判所に弁護士などを選任し、後見人となってもらい、本人に代わり署名捺印をしてもらう必要が生じてしまいます。

こうした場合に、後見人をつければいいじゃないと単純に思う方もいらっしゃいますが、もちろん費用が発生してしまいます。専門家に依頼すると申立てに関する費用(後見の場合は医師の鑑定費用も必要)として20万くらいはかかるでしょう。

さらに、弁護士などの後見人には毎月2~5万程度の報酬を認知症となった本人が亡くなるまで支払い続ける必要があります。(仮に月額3万の報酬を10年支払うと360万になります)

遺産分割協議書に署名捺印をお願いされた家族からすれば、たかがそのためになんで我が家が400万近い費用負担をしなければならないのだということになります。

しかも、協力をお願いしていた妻は当初予定していた遺産の全てを受け取ることが難しくなります。

後見人の財産管理をするうえでは本人の財産を減らす行為は望ましくないという家庭裁判所の判断で、相続分に相当する金額は本人に分け与えよと言われてしまう可能性が高いからです。

相続争いをしている訳でもないのに、なんだか怖いから実印を押したくない、認知症だから実印を押せない。手続きが進まないふたつのケースを書いてみましたが、事例としては本当に多いです。

■なにをしておけばよかったのか?

ではこうした事態が起きないようするにはどうすればよかったのでしょうか。

「財産は全て妻に相続させる」という内容の遺言書を残しておけばよかっただけです。公正証書でなく、自筆の遺言で十分ですから費用もゼロです。

子どもがいない夫婦の場合の相続人は配偶者と亡くなった配偶者の親もしくはきょうだいです。(ほぼきょうだいになるはずです)

きょうだいには遺留分という法律上定められた取得分の保障が及びませんので遺言を書いてさえしまえば、誰にも文句を言われずに残された配偶者が一人で手続きを全て進めることができます。

遺言書は書いておいた方がいいとよく言われますが、そんなものは自分には関係のないことと思っている人がほとんどです。

全ての人が書かないといけないものではありませんが、自分が書いておいた方がいい場合に該当するのかどうかは調べておいた方がいいです。相続争いになりそうにもない人でも同じです。

余計な手間と時間とお金がかかる可能性が非常に高いのかを知っておくために専門家などに相談してみるのをお勧めします。

最後までお読みいただきありがとうございます。