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パンデミックがSDGsに問いかけるもの


「誰も取り残さない(leave no one behind)」
これがSDGs(持続可能な開発目標)の基本理念である。この理念に基づいて2030年までに達成すべき17の目標と169のターゲットを設定している。2015年、150ヶ国以上の首脳が国連に集まり採択された。もちろん、日本も採択に加わっている。

当初、日本では今ひとつ浸透していかなかったが、外務省や環境省の努力などもあり、昨年(2019年)あたりから一気に広がりを見せ始めた。SDGsに関連する書籍が数多く発刊され、「SEGs経営」を謳う企業が増えたのも2019年である。

『日経「SDGs経営」調査』を見ると、7割以上の企業が経営トップによるメッセージを発信し、企業理念や中長期計画にSDGsへの取り組みを明文化している。

しかし、新型コロナウイルスの感染拡大が起きてから、SDGsが脇に追いやれられてしまった印象を受ける。

政府の施策は当初、明後日の方向を向いているように感じた。さまざまな批判の声を受けてずいぶん修正されたとは思うが、金の出し渋りはなにも変わっていない。対応策なき学校への休校要請は、学力格差を助長しているとしか思えない。

国はいったん置こう。企業はどうなのか。契約社員やパートを社命によって休みにしておきながら、「仕事をしていないから」といって給与を払わない会社がある。緊急事態宣言が出ているのにもかかわらず、なんの措置も施さず、従来とまったく変わらず仕事をさせ続けている会社もある。SDGsを明文化している企業の中にもこのような振る舞いをしているところもある。どこがSDGsなのか、と思うのだ。「会社存続」「有事対応」という言葉が錦の御旗となって、SEGsを経営に取り込むと言ったことなどなかったかのようだ。

一方で、この状況でも愚直にSDGsの精神を活かそうとしている企業もある。従業員のみならず、ステークホルダー全般への配慮を怠らない企業。自粛要請という語義矛盾の言葉で休業を余儀なくされた店舗の助けとなるような仕組みを構築しようとする企業。謳ってある言葉は同じでも、振る舞いに大きな差が現れてきている。

新型コロナウイルスの感染が収束(終息ではない)したあと、こうした企業の間には大きな差が生まれると思っている。信頼できるかどうかは、きれいな言葉を並べるだけではなく、実際にどんな行動をしたかによるからだ。

SDGsを企業イメージ向上のためだけに利用することを「SDGsウオッシュ」と呼んでいる。

こうしたことが行われてしまう理由の一つに、SDGsがCSR(企業の社会的責任)の捉えられ方と同様、「儲かっている会社が慈善事業として社会に利益を還元する」ものだと思われている点にあると思う。だからこそ現在のような有事、利益が大きく毀損すると予測される時には、優先順位が大幅に落ちてしまうのだ。

しかし、SDGsは慈善事業ではない。企業はSDGsに取り組みで直接的に利益を得て良い。いや得なくてはいけない。社会的な課題を「社業」を通じて解決し、利益を出すのである。

だから、SDGsに取り組むと明言する企業であれば、パンデミックによって生じるであろう、さまざまな社会問題を、自社の事業で解決する方向へ行くはずである。現在の閉塞状況を、そのための準備期間と捉えることができるのか。大変な時期だからSDGsは棚上げすると考える企業(や国家)が多数を占めるようであれば、ウイルスがどうあれ、近未来に世界は滅びるだろう。(2030年に17のゴールを達成するのは夢物語になりますから)
*そんな未来に向けて、中小企業はなにができるのか、中小企業診断士は何ができるのか、「SDGs診断士会」で議論しています。


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