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おたくが湾岸将棋LIVEに行って大興奮した件【前編】

湾岸将棋教室という将棋教室がある。
江東区は豊洲。一見超ハイソなこのエリアを主軸に開催され、会員限定のマンツーマンレッスン、プロに自分の棋譜を講評してもらえる振り飛車研究会など、他にない企画の数々を持ち味にしている教室だ。
さて、その湾岸将棋教室には、「湾岸将棋LIVE」というイベントがある。ライブ、と冠してはいるが内容はオーソドックスな席上対局を中心にした催しだ。

特筆すべきはその近さである。

その勇気があれば、なんと記録係を務める棋士(参加棋士は三人いて、二人が対局しているあいだ一人が記録をとる、いわゆる「島研形式」だ)のとなりに座ることもできる。

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(当日は怖いもの知らずのこどもたちが、かぶりつきで見ていた)

さすがに対局者からはみんな、一定の距離を自主的にとってはいるが、同じ高さの座敷上、この距離から対局を見られることなんてめったにない。しかも邪魔にならない範囲でなら、観戦中うろうろと動き回ってもいいのである。

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(希少な記録係の背中。こんなアングルの写真が撮れるイベントはほかにないと思う)

こんな体験ができて5000円。

わたしはもともとバンギャル(ヴィジュアル系バンドのファン)兼ヅカオタ(宝塚歌劇団のおたく)であり、並行してテニミュに通ってみたり、AKB48の半在宅(それほど熱心にコンサートにいくわけではなく、家で情報を集めたり観賞することが多いファン)やってたり、及川光博が好きだったり、なぜかいきなりHiGH&LOWという映画からEXILE THE SECONDというグループにはまったり、ととにかく節操なく生きた人間を追いかける活動に身を投じてきた人間である。書き出すとわれながらもうちょっと落ち着けよと思わなくもないが、小中学生のころからいままでの話なので許してほしい。

とにかく、なにが言いたいかって、破格なのだ。将棋界は。

この文章を読んでいるかたの中に、将棋界以外で誰かを追いかけたことのある人がいればこの価格の安さはわかってもらえると思う。バンギャル友達に「色紙に筆のサインが4000円、ツーショットは有料の場合でもだいたい1000円」と教えると必ず「やっす!!!!!」と大盛り上がりだ。こちらの界隈ではサイン会に参加する権利を得るために、フルアルバムの初回限定盤(DVD付き4500円)と通常盤(3000円)を両方全額前金で予約購入する必要があるなんてことはざら。それどころか、そうしてやっと「サイン会の抽選に応募できます」なんてこともある。まあ、バンドマンのサインとプロ棋士の揮毫は違うものだから、単純に比較することはできないけれど。
個人的にいちばん恐れ慄くのは指導対局料の安さだ。プロに多面指しとはいえ少人数で実技指導してもらって数千円ってなんなんだ。バンドマンで例えるなら、憧れのギタリストとバンド形式のセッションができてアドバイスももらえて数千円、みたいな話である。めちゃくちゃだよ。

とんでもなく話が逸れてしまった。おたくはすぐに話の枝葉末節を早口で喋りだすから本題になかなか到達できないのだ。古事記にもそう書いてある。

とにかく、安い。安いんですよあなた。それが言いたかった。

さて、本題に入ろう。湾岸将棋LIVEのメインイベントは席上対局だ。
「湾岸王」というタイトルを懸けた戦いで、これはプロレスやボクシングのように「チャンピオンに勝った者が次のチャンピオンになる」形式。サッカーが好きな方にはUFWC、非公式サッカー世界王者と同じといえば伝わるだろうか。
持ち時間はAbemaトーナメントで将棋界に浸透したといっていいだろう、5分切れ負けのフィッシャールール。今回は5分の持ち時間に、一手につき5秒が加算される。
対局中、大盤解説はない。みんな黙って盤面を覗きこんでいる。解説ありの観戦は好きだが棋力に自信がなく、解説なしで対局を見られるかわからない、という人でも「もつ」時間設定だと思う。なにせ、1分考えただけで長考だ。また、時間が切迫してからは別のゲームのような側面が顔を出してきて面白い。後述するハプニングもこの超早指しという設定ゆえのものだろう。

前回の湾岸将棋LIVEで決まった湾岸王は戸辺誠七段。近藤五段、三枚堂六段(ともに当時の段位)と有望な若手二人を破って得た称号だ。
今回、その戸辺湾岸王に挑むのは、リベンジマッチに燃える(多分)(きっと)近藤誠也六段と、燃える三間党・山本博志四段だ。

まずは戸辺湾岸王に近藤六段が挑む第一局。
振り駒の結果、先手は戸辺七段となった。戦型は予想どおり、先手中飛車対居飛車の対抗形に。後手の居飛車は固い囲いが主張だ。これも、「誠也(近藤六段)は振り飛車に対してはどちらかといえば厚く構えた持久戦を好む」という山本四段による事前情報(確か両国のイベントか何かで言っていた気がする)により予想の範囲内ではある。関係ない話だが、山本四段のファンをやっていると自動的に近藤六段のことにも詳しくなれるのでありがたいですね。

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(打たれた瞬間これはいい手っぽい!と思った近藤六段の角打ち。4六の歩を狙いつつ、受けにも効いている。たぶん。)

将棋のルールを覚え、石田流をまず教わって、一時期後手番や相手が初手で飛車先を突いてきた場合に中飛車を採用していたことがあった。といってもいまよりさらに弱かったころの話で、わたしの中飛車に対する理解の解像度は相当低い。しかしそんなわたしでも、これは近藤六段がうまく指したのではないか?と思い始める。
前述したように湾岸将棋LIVEはひふみんアイし放題だ。ぐるっと回って戸辺七段の側から盤面を見てみると、なんだか息苦しい。次に指す手がよくわからない。またぐるっと移動してみる。居飛車のことはもっとわからないわたしでも、近藤六段側に回れば次にやってみたい手がいくつか浮かび、実際その通りに進むこともあった。
そしてやはり、戸辺七段のほうが時間を使っている。いや、使わされているのだろう。といっても1分2分の話ではあるが、5切れの1分は観ている側からしても体感的に相当長く感じるものだ。2分投資すれば立派な長考である。プロ棋士の1/10も読めていないわたしだが、この時が止まったような1分間には、まるで自分の思考能力までクロックアップされたような気持ちになることができる。もちろん手が見えているわけではないのだが。

対する近藤六段も、まとめて時間を使うことはあった。しかし優勢に立つ側の時間の使い方は、例えるならば猟師が追い込んだ獲物を前に弾を込めたり装備の確認をしたりするようなもの。公式の棋戦でも、追い詰めている側が最後にとどめの刺しかたを確認しているような長考に、幾ばくかのときめきを感じてしまうたちである。そのあとはほとんど時間を使ってなかったりすると格好よすぎてひっくり返りそうになる。相手もそれをわかっていて、時間を使わずわかりやすいところまで指して投げたり、あるいは逆に残念棒が引かれるまで考えて考えて投了する、というのもまたいとあはれなりと枕草子にも書いてある。

この対局は近藤六段の快勝となった。
真っ当な棋譜解説は先にyukiさんのnote記事にあるので、そちらをご参照ください。(丸投げ)

ところで、超早指しにおいてもっとも大変な立場はなにか。
それは対局者ではなく、記録係である。
今回は特に天カメ等の記録メディアがなく、書き漏らせば最後という緊張感のなか、手書きで棋譜をとることになる。
山本四段は参加棋士のなかで最も新しくプロになった棋士であり、最近まで記録係を務めていた(プロ入り以降もA級順位戦最終局や王位戦等で記録を取っている)。その杵柄なのか、これだけの早指しでも最初から最後まできれいで読みやすい字が保たれていた。すごい。でも日付をなぜか一週間後にしていた。抜かりない(ちょっとかわいさもアピールしておく点で)。

対局が終わり、休憩を兼ねて第二局の前に揮毫タイムになった。
第二局は第一局の勝者である暫定湾岸王に山本四段がチャレンジする戦いになるのだが、カードが事前に決まっている第一局に対し、二局目は第一局の勝敗がつくまで相手がわからない。
事前申し込みの対局者連名の揮毫扇子は、第一局・第二局それぞれ申し込んで購入するかたちになっていた。第二局の扇子は第一局が終わらないと書けないのである。

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(二人並んで揮毫する近藤六段と山本四段)

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(写真を見返したら意外と?近藤六段の笑顔のショットがたくさんありました)

扇面への揮毫、落款の捺しかたにまだまだ苦労する山本四段を見守り、先輩らしくアドバイスする戸辺七段。特にリアクションをしない近藤六段。戸辺七段にプロになりたてのわりには達筆だと褒められ、「僕は小手先でごまかしてるんですよ」「誠也の字は基礎ができているからかっこいい」と謙遜しつつ息をするように近藤六段を褒める山本四段。特にリアクションをしない近藤六段。
繰り返すようだが、これも超至近距離で起きているできごとである。対局中の真剣な顔はもちろん、くだけた表情や会話も堪能できる。これで5000円はもう、実質無料では?いや、無料でしょう。

そしていよいよ第二局。
山本四段と近藤湾岸王の対局が始まる。
まずは振り駒に注目だ。山本四段といえば▲7八飛戦法。後手番においてもほぼ三間飛車を採用する山本四段だが、後手番では普通に3四歩と角道を開けてから三間に振る。
初手7八飛が見られるかどうか。それがまず、この振り駒にかかっている。
結果は山本四段の先手だった。「僕、振り駒やけに強いんですよ」。以前、湾岸将棋教室での講義中に山本四段は言った。もちろん確率の話なので、プロ生活が長くなり対局の母数が増えればどんどん先後の割合は均等に近づいていくだろう。
それでも、なんとなく、山本四段にはこういう、ある程度注目が集まる場面で後手を引くイメージがない。なぜだろう……。さっぽろ東急将棋まつりの席上対局、対高野五段戦でもしっかり先手を引いていた。「持っている」キャラだな、と思う。

文章でのレポートは中立の立場で書こうと思っていたが、振り駒の段階でこの肩の入れようである。贔屓しようと思ってしているわけではない。山本四段のファンとして日々情報収集に勤しんでいるため、彼に関しては関連づけられるエピソードが豊富に出てくるのだ。なので話がどんどん膨らんでしまう。許してほしい。

第二局、そして質疑応答の様子は後編に続く。

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