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幻影の山形芋煮空港

開始から2時間。山形空港愛称検討委員会の最終決定会議は軽傷2名、重傷1名を抱えたままデッドロックに陥っていた。
だだっ広い会議室の反対側では、庄内空港愛称検討委員たちが虫の息で横たわっている。
時間がない。おれは覚悟を決めた。

「ご、5票、過半数のため愛称は『山形芋煮空港』に決まりま」
1時間前、哀れな議長は開票結果を言い終えることができなかった。
爆散した開票箱が彼の顔面をさくらんぼジャムに変え、彼はそのまま1時間声を殺して会議終了を待ち続けている。
終わるまで誰も会議室を出られない。出るわけにはいかない。

何が愛称決定だ。くそったれが。土地の名産や文化を1つ選ぶだと?
残酷に優劣を決められ、お前たちは二番手以下なのだと宣言された者はどうなる。
どれだけの血が流れた。

高知龍馬空港を決めた能天気な龍馬ファンは、維新志士の末裔たちが血みどろの争いを始める想像力をなぜ持てなかったのか。
阿波おどり空港はその名を得て八十九ヵ所目の札所とされてしまった。
鳥取の2つの空港は奇跡的な無血決着が大いに称賛されたが疑わしい。作品に傷をつけぬためのプロパガンダに違いない。

静寂。時間だけが過ぎていく。
大山が焼け焦げたホワイトボードを見つめながら涙を流している。
投票箱を爆破したのはあいつだ。それはこの場の全員がわかっている。
あいつは天童の、将棋ファンの期待を背負ってここに来ている。
空港名に冠たることができれば、ゆるやかに死につつある地方文化は息を吹き返す。
指をくわえて譲ることだけはできない。全員わかっているのだ。

だが温厚な議長が衰弱し失血死するのを見ていなければならないのか。
年老いた過疎の住民に尽くす思慮深い大山が殺人者となるのか。
誰も幸せにしない答えをひとつ決めねばならないのか。
もうたくさんだ。

「『山形おいしい空港』でいいじゃないですか!」
おれは叫んだ。
大山が、議長が、この場の全員がおれに殺意を向けた。
【続く】

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