「白線踏み」・・・子供の頃は、意味のないことに意味を見出すものだ。
子供の頃は、なんでもないことに意味を見出すことが多かった。
机の中央に線を書いて、領土を主張したり、道端に落ちている石を
家まで蹴って持ち帰ったり。「片足で跳んで学校に行く」とか「歌を歌っている間だけ動ける」とか。
根拠のないことに拘っていることが楽しかったりします。
子供の「ルール遊び」は本当に不思議ですね。
そんな子供の頃のお話です。
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「白線踏み」
小学生の頃、「白線踏み」という遊びが流行った。
学校から下校する時、友達と『歩道に描かれている白線の上に乗っている時だけ、相手に話をすることが出来る』という適当なルールを作り、喋ったり黙ったりしながら家まで帰っていった。
ある雨の日、横断歩道の白線の上を駆けながら友達と話をしていたら
足を滑らせて転んでしまった。道路の白線は滑りやすいのだ。
ケガは思いのほか重く、足の骨にひびが入っていてしばらく入院することになった。
病室の床に白いテープで枠が作られていて、その枠に合わせてベッドが四つ置かれていた。
その内の二つに俺ともう一人、真島さんというおじさんが同じく足の骨折で入院していた。
真島さんは、毎日天井ばかり見ていて退屈していた俺に何かと話かけてくれた。
でもその時の俺は、まだ「白線踏み」の続きをしている気分で、
真島さんが床の白いテープを踏んでいる時だけ、話に応えていた。
めんどくさい気分屋のように見える俺に、真島さんはさぞかし困惑していた事だろう。
それでも小学生の俺が、慣れない病院生活で落ち込まないように気を遣ってくれてたんだと思う。
まったく、勝手なガキだったと思う。
その真島さんが明日退院するという日の夜。
眠りかけていた俺は、突然ベッドの外に放り出された。
背中に打ち身の痛みと、冷たい床に触れている感覚があり、
寝返りしてベッドから落ちたのか、と思ったけど、何か様子がおかしい。
窓から入ってくる淡い月明かりに目が慣れると、病室の天井に
さっきまで俺が寝ていたベッドがあった。身体に掛けていた薄い布団も乗ったままだ。
俺は病室の中を見回し、最後に自分の背中が乗っている床面を見て気づいた。
「天井だ! 俺の方が天井にいるんだ!」
見覚えのある模様の天井に貼りついて、ベッドを上から眺めてるんだ。
幽体離脱! 臨死体験! ドッペルゲンガー!
雑誌で読んだオカルト用語が頭の中を駆け巡った。
体を動かそうとしても、何者かが手足を下から押さえているように
身動きが取れない。
真島さんに声を掛けて起こそうかと思った時、廊下から奇妙な音が聞こえてきた。
ズルリッ。ズルリッ。
柔らかい荷物を引きずるような音。それがいくつも重なって聞こえる。
音が病室の前まで来ると、スライド式のドアがゆっくりと開いた。
続いて、ズルリッ。ズルリッ。という音の主が入ってくる。
痩せて細い五本の指、白い服を着た体・・・看護師だ。
だが、犬のように腹ばいになって入ってくる。
女の看護師が一人、また一人、合計四人の看護師が手足を広げ
体を引きずりながら入ってきた。
四人とも大きく広がったナース帽を深くかぶっていて顔は見えない。
衣装も少し違う、昔写真で見た戦時中の看護服のようだ。
不気味な看護師たちは、空になった俺のベッドを両腕でまさぐっていたが、
俺がいないことに気が付くと、ベッドの上で四つのナース帽を突き合わせて
何か相談を始めた。
絶対に声を出してはいけない!
根拠は無いが、なぜか声を出すと体が天井から落ちるような気がした。
俺は唇を噛みしめ、つかみどころのない天井板を手の平で必死に掴んでいた。
話が終わったのか、看護師たちは、ヤモリやトカゲのように床を滑って
真島さんのベッドに移動した。
『真島さんが狙われてる! 危ない。目を覚まして、真島さん。起きて』
気持ちは焦るが声は出せない。声を出せば天井から落ちて、俺がやられる。
でも声を出さないと、あの親切な真島さんがやられる。
俺はあの日の横断歩道を思い出した。
天井には白線は無い。やっぱり声を出してはいけないんだ。
看護師たちが真島さんの上に圧し掛かっていった。
俺は我慢できずに目をつぶった。でも次の瞬間、喉の奥から声が出ていた。
「真島さん。起きて!」
途端にめまいがして、ドスンと体が落ちた。
何か柔らかいものに包み込まれたような気がして目が覚めた。
隣のベッドに医者が集まっていた。
何かあったの? 上半身を起こした俺は、真島さんの姿を探した。
聴診器を当てている医者の背中越しに真島さんがこちらを見て手を振った。
俺はなぜだか涙が溢れて止まらなかった。
やがて医者たちは、互いにが出て行くと、
真島さんは上着を着て、俺のベッドの横に立って言った。
「今日でバイバイだね。寂しくなるけど大人しくして早く直すんだよ」
「でも。お医者さんが・・・」
「ああ。あれは退院前の健診さ。夕べ僕がうなされてるのを、当直の看護師さんが聞いたらしいんだけど、僕はぐっすり眠れてたし、そもそも骨折だけで入院なんだから、骨が直れば特に問題ないでしょうって。心配ないよ。じゃあね」
真島さんは、俺が入院した時と同じ笑顔で出て行った。
その後奇妙な出来事は起こらず、俺も数日後には退院した。
あれが何だったのかは今も分からないけれど、俺はそれ以降、二度と道路の白線は踏まないようにしている。
おわり
この「白線踏み」のような「ルール遊び」は
本当に無邪気でいられる子供時代の遊びですよね。
大人になると、ルールの根拠をしっかり考えないで、盲目的に守る事だけしていると
思いの外、大変なことになったりしますから。
ちなみにスポーツの世界では、「カバディ」と呟いている間だけ、敵陣を責められるインド発祥のスポールがあるそうです。
またいつか、別のルール遊びについても書いてみたいと思います。
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