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「ベランダで」・・・怪談。よーく考えてみて・・・。夫の不倫を知った妻は。



『ベランダで』


「正彦さんと別れてください」

雨の中の買い物をどうしようかとも寄っていた時に、かかってきた電話は
私の平穏な生活を一瞬で曇らせた。

電話は一方的に言いたいことを言うとそのまま切れた。

仕事の取引先だった女。
出会った時から「愛はもうない」と夫は言っているという。
今も週に2度は会い、最近は月に一度は二人で旅行に出かけている。

真面目だと思ってた夫の浮気を一方的にまくし立てただけだが、
私には効果的だった。

夫は「前科」がある。
娘の芙美を妊娠している時、高校の同級生だという、甲高い声の女と付き合っていた。
私はマタニティブルーもあって精神的なバランスを壊し、
夫に暴力を振るったり、物を壊したりしたらしい。

「らしい」というのは、その当時の記憶が途切れ途切れになっているからだ。人間の脳は、辛いことがあると精神の安定を図るため、記憶を消すことがあるという。

私が覚えているのは、謝る正彦さんと私の体を抱きしめて取り押さえようとする実家の家族たちの姿、生まれたばかりの芙美の泣き顔、
あとは、天井や床がグルグル回ってしまう眩暈の症状。
残りの日々は、断片的にしか思い出せない。

そして今も同じように眩暈の気配がする。

「そうだ。あの時もこんな気分になったんだ」

私は頭を冷やそうと、ベビーベッドで寝ている芙美を両手で抱き上げた。


サッシを開け、ベランダに出ると風が冷たかった。
雨は止んでいたが、12階の高さでは地上より気温が数度違う。

無邪気に笑う芙美の温かさが腕と胸に伝わってくると、
その温かさと冷たい絶望感が私の中でせめぎ合っていく。

ベランダの手すりに体を寄せると、
眼下に広がる街の明かりが、涙でぼやけた。

『いっそこのまま・・・そしたら、正彦さんはどんな反応をするだろう・・・』

手すりをぎゅっと抱きしめた、その時だった。
確かに私は聞いたのだ。

腕の中にいる生後半年の娘が
聞き覚えある甲高い声で笑いながら喋ったのを。

「やるなら一人でやってよね。ケケケケ」

私の記憶は又、途切れた。


             おわり



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