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「太りやすい体質」後編・・・怪談。急に学校に来なくなった転校生の家に。


『太りやすい体質』後編

M女子高に転校してきた雨野富士子は、モデルばりのスレンダーなスタイルと、カールした黒髪に似合わないドジっ子で、瞬く間にクラスの人気者になり、同級生から「フチコマ」と呼ばれるようになった。

その様子を里沙は忌々しく思っていた。いつも一緒にいるぽっちゃり仲間の美々までもがフチコマ信者になってしまい、親友を奪われたような気持になっていたからだ。

ところがある日急に、フチコマは学校に来なくなり、
美々に、『一緒に様子を見に行ってほしい』と頼まれた里沙は、
渋々彼女の家まで付き添って来た。

「ちょっと待ってよ。大丈夫なの、勝手に入って」

美々が、廊下の突き当りにある白いドアを開けて入って行くのを
追いかけて部屋に入った里沙の後ろで、

バタン、カチャリ。

と、ドアが閉まり、鍵がかかる音がした・・・。


「何? どうしたの美々?」

「いらっしゃい。里沙ちゃん」

目の前の闇の中から、フチコマの声が聞こえた。

「誰? 雨野さん?」

里沙は目を凝らしたが、暗い部屋に目が慣れるまで時間がかかった。

しゃらしゃらしゃらしゃら~

視覚が頼りないと聴覚が鋭くなる。どこかに隙間があるのだろうか、裏の竹林の竹や笹が擦れ合う音が部屋の中でもよく聞こえた。


「私を心配して来てくれたのね。嬉しいわ」

「別に。美々に誘われて、仕方なく来ただけだから」

言ってしまって里沙は後悔した。
フチコマの声に普段のような明るさが無かったのに気が付いたからだ。
本当に具合が悪いのなら、今の応対は、ちょっと冷た過ぎたかもしれない。

「それでも嬉しいわ。私、里沙ちゃんの事大好きだから」

ようやく、真っ黒な闇の中にフチコマの色白の顔だけが浮かんで見えた。
顔色は良いようだ。ホッとした里沙は、後悔した分も含めて冷たく答えた。

「何言ってるの? クラスでも全然話した事も無いじゃない。
たかがお見舞いに来ただけで、そんな気を遣う事は無いわよ」

「ううん。気遣いや社交辞令なんかじゃないわ。
私、転校してきた時から里沙ちゃんの事が好きだったの。
そのふっくらとした健康的な体がとても魅力的だったわ」

「あんた、デブフェチなの? そうで無かったら、物凄く残酷な人間よね。
モデルみたいな体型した人に、ふっくらぽっちゃりが魅力だなんて言われても嫌味にしか聞こえ・・・」

里沙は唐突に奇妙な事に気が付いた。
普通、暗闇は捉えどころのないフラットな無地の黒である。
しかし、フチコマの周りの闇には、何か細い筋のようなものが放射状に走っている。

「そんな風に受け取られたんなら、ごめんなさいね。
でもデブフェチとか、そんな性的な嗜好で言ってるわけじゃないし、
本当に好きなのよ。いいえ。愛していると言っても良いわ」

里沙は無性に腹がたった。

「なぜそんなこと言うの。美々が悲しむのが分からないの!
やっぱりあんたは、人の気持ちを弄ぶ残酷な女だわ」

「それはどうかしら・・・」

フチコマは勝ち誇ったように微笑んだ。

里沙は自分のすぐ後ろにいる美々を振り返った。
傷ついているだろう親友の事が心配になったからだ。

だが、美々は薄明かりの中に腰を下ろし、闇に囲まれて薄ら笑いを浮かべている。

「美々、何を嬉しがっているのよ・・・」

その目はとろんと半開きになり、口からはだらしなく涎を垂らしている。
全身の力が抜けたようなそれは、恍惚とした快楽に囚われている表情だった。

「美々?」

里沙はその場から一歩も近づけなくなった。

美々の体に艶のある緩いカールのある、黒い糸のようなものが絡んでいる。
見るとそれは・・・長い髪の毛だ。

しかもその髪の毛一本一本の先端が、まるで蛇の鎌首の様に持ち上がり、
美々の首筋や腕、足に突き刺さっている。

「あああ~ああ~」

カールした黒髪が揺れると、親友の口から悦びの声が漏れた。

里沙は、何か見てはいけない物を見てしまったような気がして目をそらした。
そらした目が部屋の壁を捉えた。
そこには、長い髪の毛がびっしりと、放射状の軌跡を描きながら、隙間もないくらいに貼り付いていた。

その髪の毛の筋を追っていくと、里沙はフチコマに再び向き直ることになった。つまり、放射状に広がる髪の毛は、壁から天井覆いつくし、背後に立つ、雨野富士子の頭から伸びていたのだ。


「ほらね。美々はちっとも傷ついてなんかいないでしょ。ふふふ」

フチコマが伸びた黒髪を揺らすたび、背後の美々が喜びの声を上げた。

里沙は、胸の奥底から気持ち悪い物が湧き上がってくるのが分かった。

「いや~!」

里沙は入ってきたドアに縋りついた。

鍵のかかっているドアノブを開けようと、震える手で握った瞬間、

しゃらしゃらしゃらしゃら~。


と、壁に張り付いた髪の毛が一斉に伸びてきて、プチプチプチッと里沙の手に刺さっていった。

髪の毛は痛みを感じさせず、毛穴の一つ一つをこじ開けるように
皮膚の中に入って来る。
振りほどこうとしたが、いくら腕を振っても離れない。
それどころか、毛の先端がどんどん皮膚の中に入ってくる。

それに伴って、今まで感じたことの無いような快感が、
両手の毛穴から、里沙の全身に広がりつつあった。

「ダメえ~。いやああ~」

里沙は、快楽と引き換えに、体の中にある肉や脂肪が
広がった毛穴から抜き取られているのが分かった。
刺さっている髪の毛が、ボールペンの芯程に太くなったような気がする。

「ごめんね。ずいぶん太くなっちゃったでしょう。
私も髪も、太りやすい体質なのよ」

フチコマの声を聞きながら、里沙は壁から滑るように転がった美々を見た。

美々の体は、まるでミイラのように干からびている。
しかし、その顔には悦びの表情が浮かんでいた。

里沙の意識が真っ暗な闇の中に消えていった。


             終わり



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