「前世を語る女」・・・怪談。ホームで出会った女は
輪廻転生。人は平均して、七回くらい生まれかわる、という人もいます。
前世で縁があった人は今世でも接点を持ち、果たせなかった思いを遂げようとする
とも言われています。もし今世でも、目的が果たせなかったら・・・。
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「前世を語る女」
大きな取引をライバル会社に寸前で奪われた後の飲み会は荒れに荒れた。
渾身のデザインをひねり出したデザイナーは、酒の力を借りて、
チームリーダーである俺に絡んできた。
一人ずつ全員の愚痴を聞いて、残念会を終えた。
「おつりは二次会にでも使ってくれ」
少し多めの金を幹事に渡し、駅に向かった。
悪い酒の影響か、頭の隅に痛みを感じながら、
数分後に来る電車をホームで待っていると、見覚えのない女が話しかけてきた。
「あなた、私のこと好きだったでしょう」
軽く微笑みを浮かべたその顔は、すっきりとした美人だった。
一瞬、テレビのCMで見かけた若いハリウッド女優のような気がしたが
そんな筈はないと考え直して見ると、全く似てなかった。
服装もカジュアルなワンピースで
どこにでもいる会社員という印象の女性である。
「え? 何ですか?」
「誤魔化さないで。あなた、私のこと好きだったでしょう」
「は? 人違いじゃないですか? 私はあなたの事、知りませんよ」
「今はね。でも前世ではあなたは私にプロポーズしたのよ。忘れたの?」
「前世だって?」
「そうよ。あなたからプロポーズしておいて、浮気するなんて許せなかったわ。ふふふ」
女はそう言って笑った。
『この女、ちょっとヤバイぞ。早くこの場を離れた方が良さそうだ』
そう思った俺は、女から目線を逸らした。
「すみません。何だか知らないですが、私は関係ありませんから」
「待ちなさい!」
背中を向けて歩き出そうとした俺の腕を、いきなり女が掴んだ。
ものすごい力だ。
「あなたは前の時もそんな事を言って、ギリギリで逃げ出した。
だから、やり直したんじゃないの。今度も逃げる気?」
「ふざけるな! あんたなんか知らないよ」
俺は女の手を振りほどこうとしたが、まるでロープで縛りつけたみたいに離れない。
「手を放せよ!」
「また浮気するつもりね。ダメよ。絶対浮気なんかさせないから」
女が俺の肘に手を回し、体重をかけて自分の方に引き付けた。
俺はバランスを崩して足を滑らし、女と一緒に床に倒れ込んだ。
運悪く女が俺の下敷きになってしまい、ゴキッと嫌な音が聞こえた。
「あ。大丈夫ですか?」
声を掛けて立ち上がろうとしたが、女は恐ろしい形相で
こちらを睨んだまま腕をさらに肩にまで絡めてきて、立ち上がらせてくれない。
「さあ。もう一度やり直しましょう」
華奢でそれ程体重があるとも思えない女だが、
体を動かすことが出来ない。
それどころか、女は倒れたままの姿勢で自分の体をズルズルっと動かし、
徐々にホームの端に俺を引っ張って行こうとする。
線路が続く暗闇の向こうから電車のヘッドライトが見えた。
快速電車が入ってこようとしている。
俺は両手を床について、引っ張られないようにするが、女の力は強かった。
女は、突っ張っている俺の手を払いのけると、倒れ込む俺の体と体を入れ替え、
俺の上に立ち上がり、両手で俺の体を掴んでさらにホームの端まで引っ張っていった。
パニックになった俺は、足と手をバタバタ動かすが、仰向けになってしまったので、
つかみどころも無く、女に引かれるままだった。
プアーン。
快速列車の警笛が鳴り響いた。
先頭車両が近づいて来るのが見える。
この駅は通過駅だ。時速は80キロは出ているだろう。
俺は夢中で腕を振り回した。
伸ばした右腕が女の足を払い、女はくるりと回って、ホームの向こう側に落ちていった。
女の体が落ち切った瞬間、轟音を立てて列車が通過した。
俺は思わず目をつぶった。
巻き起こる風で引き込まれそうになるのを必死に手で踏ん張って耐えた。
快速列車の走行音はすぐに遠くに消えていった。
俺は恐る恐る目を開けると、急いで線路を覗き込んだ。
そこに女はいなかった。
血の跡もない、綺麗なままの線路があった。
振り向くと、ホームにいた客が怪訝な顔でこちらを見ている。
「今のは何だったんだ」
俺は、乱れた息を整えながら、もう一度線路を覗き込んだ。
その時、ホーム下の暗闇から、あの女が顔を出し、
「さあ。もう一度やり直しましょう・・・」
と言って腕を伸ばし、俺の髪を掴んだ。
猛烈な勢いで線路側に引きずり込まれた俺は、線路に頭を強打して意識が朦朧とした。
プアーンという警笛が聞こえ、線路から次の急行列車振動が伝わって来るのを感じながら
俺は意識を失った。
おわり
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