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私にとっては珍しいSF短編です。SFは読むのも観るのも大好きですが、書くとなると、細々真面目に考えすぎるところがあって、数は少ないです。

「星に願いを」   作・夢乃玉堂

もうどれくらいになるだろうか、
私は海岸の砂の上に横になり、茜色の空に輝くひとつの星を見つめていた。
時折、服にまとわりつく静電気がイライラを助長する。

「ああ。帰りたいなぁ・・・」

もし目の前に広がる潮騒が聞こえていれば、故郷の景色が心に浮かんで、
精神の均衡をまともに保っていられなかっただろう。
しかし、幸いなことに私の耳には何も入ってこなかった。

一瞬、砂粒を散らす風が吹いたような気がした。
振り返ると、一人の女、おそらく女だと思うのだが、
沈みゆく太陽を背追っているので眩しくてシルエットしか見えない。

隠れるところも無い海岸で身動きも出来ず、私はただ女を見上げた。

女は手に写真を持っていた。
それが写真だと分かったのは、太陽の光に透けて
その女ともう一人が並んで写っているのが見えたからだ。
彼氏・・・なのだろうか、肌の色は違うが、どことなく
見た目の印象が女に似ている気もする。

写真に比べると、今の女の表情はあきらかに暗く、
落ち込んでいることは私にも良く分かった。

女を見つめているうちに、私は一つ良いことを思いついた。

「いいぞ。これなら、あの女も、そして私も幸せになれる」

私は、すぐに女に話しかけようと思ったが止めた。
こんな時に、言葉で慰めようとしたり何かを伝えようとしても無駄だ。
無力な自分を再認識するのがオチだ。

話すのは諦めて、私は絵を描くことにした。
女が気づいてくれれば、それで良いし、もし気づかなかったら・・・。

いや。余計なことを考えるのは止そう。
私はその辺に落ちている棒を拾い上げ、砂の上に大きく絵を描き始めた。

まず、写真のサイズに合わせて正方形を描き、

それを真ん中から半分に折った絵を隣に描く。

さらに、それを一度開いて、折り目を頂点にして、
上側の角を左右から二回折り込む絵を描く。

最後に、最初の折り目を裏返すように紙を開く図を描く。

この通りに折っていけば、紙飛行機が出来上がるはずだ。

ちょうど絵を描き終わった時、女が気付いた。

不思議そうな顔をしていたが、やがて何かを決心したように
私の描いた通り、手にした写真を折っていった。

そして、大きな紙飛行機が出来上がった。

女は、紙飛行機を持った手を何度も振り回すと
一気にそれを天空に向かって投げ飛ばした。

そのほんの少し前。
私は女の目を盗んで、紙飛行機の折り目の間に忍び込んでいた。

ぐるぐると振り回された時は死ぬかと思ったが、
何とか写真の端を掴んで耐えた。目の前で写真の男が笑っていた。

巨大な紙飛行機は、どこまでもどこまでも高く飛び、
ついに大気圏を抜けた。

宇宙空間に煌めく星々の中に、ひと際明るい宇宙船の姿が見えた。

次の瞬間、私の宇宙服のヘルメットに仲間の声が響いた。

「無事だったのか!
着陸船が墜落したのが見えたから、もう諦めていたんだぞ」

私は余りの嬉しさに涙を流し、
マイクのスイッチを入れて、向かって今までの事を早口で話し出した。

不時着が海岸の砂の上で助かったこと。

この星の大気層が高度300メートルまでしかなく、
ほんの少しでも上にいくと、
すぐに真空の宇宙空間に到達するということ。

その為にこの星では、身長80メートルほどの
巨大なタコのような知的生命体が地面を這うように生息し、
原始的な集落を形成していること。

その知的生命体の女、メスと思える一匹に、
紙飛行機の折り方を教えたこと。

そして思惑通り、
巨大な紙飛行機による惑星脱出作戦が成功したこと。

あとは、常に帯電している惑星の大気を抜ければ
宇宙船と無線連絡できるに違いないと信じていたこと。

そして、最後にこう付け加えた。

「一つの失恋が、私の命を救ったんだよ」

宇宙船の中で、私の精神状態を心配する声が上がっているのが、
無線を通じて分かった。

数分後、私の位置を特定した宇宙船が近づいてきた。
船から伸びたマニピュレーターが私の体を引き上げた時、
乗っていた紙飛行機がM1737惑星に向かって落ちて行き、
流れ星のように燃え上がった。

その光が消えないうちに、私は願いを3回唱えた。

「彼女に新しい恋が訪れますように」


おわり



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