「扉の裏から」・・・ホラー短編。ホテルでアレを見つけてしっまた時には。
『扉の裏から』
かすかに寝息を立てている女の横で
トオルは寝付けないでいた。
「あの護符のせいだ」
クラブで拾った女を連れて入った、薄暗くて狭いホテルの一室。
歯ブラシを探して洗面台の扉を開いた時、
扉の裏に神代文字が書かれた護符、おふだが貼られているのに気が付いた。
しかしその時は、これから行う行為に気が急いていたので
目立たないところに火除けの護符が貼ってあるんだな、
と大して不思議にも思わなかったが
一通り終わって考え直すと奇妙だ。
目的が限られているホテルの各部屋に
お札を貼るほど信心深いオーナーがいるとは思えない。
百歩譲って、せいぜい管理人室に貼るだけだろう。
「だとしたら、あの護符は何の為に・・・」
気になる事があると眠れなくなるタチのトオルは、
隣の女を起こさないようにベッドの端に腰かけ
テーブルの上に置かれたままになっているペットボトルの水を飲み干した。
テーブルトップには、リモコンや灰皿と並んでノートが一冊置かれている。
『思い出ノート』
くたびれた表紙に、下手くそな字でそう書かれている。
一枚めくると
不倫の告白や、女子高生の浮かれた恋の顛末が
適当に筆跡を変えて書かれていた。
内容は似たようなものが多く、
オーナーか管理人が定期的に書き込んでいる姿が、容易に想像できた。
「こんなバレバレの書き込みで、興奮するようなカップルがいるんだろうか」
鼻で笑いながら、次々にページをめくっていたトオルだったが、
際立って乱雑に書き込まれているページが現れたところで、思わず手を止めた。
書きなぐったような筆跡に、リアルな緊張を感じたのだ。
『この・・・へ、部屋には・・・な、何か・・・』
それ以上は読み取れなかった。
「何かいる、のか・・・」
トオルは、幽霊や妖怪を信じる方ではなかった。
それにこの状況である。
ついさっきまで、男と女が情欲を貪りあった部屋の中に、
何か怪しげなものが潜んでいるとは考えたくなかったし、考えられなかった。
書き手はオーナーではないだろう。
こんな不気味な文章を客引きに使うとは思えない。
次のページはもっと不気味だった。
『はがしてすてたのに あそこにある あそこ おふだがふ』
平仮名ばかりで読みにくいが、これを書いた客は護符を剥がして捨てた。
そして・・・何かが現れた。
「だから貼ってある護符なんか剥がしちゃダメなんだよ。抑え込んでるんだからさ」
トオルは一人ゴチながら最後のページをめくろうとしたが、
弱い抵抗感があった。ページ同士がくっついているのかもしれない。
丁寧に・・・とも考えたが、ホテルのノートなどに気を遣うこともあるまい、
と思いなおし、力を込めて一気に開いた。
バリバリバリッと何かが破ける音がしてページが開いた時、
トオルは思わず声を上げた。
「うわッ!」
見開きの真ん中で、護符が真っ二つに裂けていた。
おそらくページとページの間に貼られていたものが、開いた拍子に破れたのだろう。
「なんでこんところに護符が貼ってあるんだ?」
不可抗力で破いてしまったとはいえ、トオルは嫌な気持ちになった。
観ると護符は、洗面台の扉の裏にあるのと同じ種類だ。
いや、そうじゃない。
形や大きさ、書かれている文字はもちろん。
滲んだ印証も、紙についているシミも、少しくたびれた紙の折れ目まで
さっき見た護符と全く同じだ。
トオルは、洗面台の方を見た。
鏡面に護符があった。
扉の裏側にあるはずの護符が、鏡に貼りついている。
「あんなところに貼ってあったか、いや。いくらなんでも気が付くはずだ。
あんな鏡の真正面に・・・」
トオルは言いかけてやめた。
護符が鏡だけでなく、洗面の壁にもあったからだ。
それも一枚や二枚ではない。
薄明りに照らされた天井と壁を埋め尽くす様に、びっしりと護符が貼りついている。
「うう。ううう!」
トオルの背後から、うなるような声が聞こえた。
振り返ると、ベッドに寝ている女の口に護符が貼りついている。
女は、苦しそうに頭を動かし、怒りに燃えた目で
トオルの方を睨んでいたが、身動きが取れない。
女の手にも足にも護符が貼りつき、昆虫の標本のようにベッドに縛り付けられ
動くことが出来ないでいる。
トオルは、急いで女の顔に貼りついてる護符を剥がした。
「何すんのよ、あんた! アタシはこんな趣味はないんだからね。早くほどきなさいよ!」
『いや。俺じゃないよ・・・』
と説明しようとする間もなく、
大きく開いた女の口に何枚もの護符が飛び込んでいった。
口の中が護符に占領されて、呼吸が出来なくなったのだろう。
女の顔が怒りから恐怖に変わった。
だがトオルが見た女の姿は、それが最後だった。
次の瞬間、トオルの目に護符が貼りつき、何も見えなくなったのだ。
すぐに手で剥がそうとしたが、次々と護符がベタベタと貼りつき、
手は顔に付けたまま動かせなくなった。
目を塞がれた暗闇の中で、体中に護符が貼りついていくのを感じながら、
トオルは意識が遠くなっていった。
女は、もう少しだけ、部屋の様子を見ることができた。
体も動かず息も出来なかったが、目はまだ覆われていなかったからだ。
「アタシの体に貼りついた護符を剝がそうとしてくれたみたいだけど、
逆に護符がこの男の全身に貼りついてしまった。
苦しそうに体を痙攣させてる。
まるで震えるミイラだ。
そう思った途端、女の目にも護符が貼りつき、何も見えなくなった。
翌日。チェックアウトの時間になっても出てこないのを不審に思ったスタッフが
合鍵で部屋に入ると、
ベッドの上で手足を硬直させて重なり合っている男女の変死体があった。
二人とも体中をかきむしるように指を体に食い込ませている。
ホテルスタッフがいくら体を動かそうとしても何かで固めたように全く動かなかった。
事件後、その部屋は内装を明るく変えて、今も使われているというが、
ノートや護符があるかどうかは、分かっていない。
おわり
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