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怪談「塩の宿」・・・恋の道、純粋と、不純。その結末は・・・



『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』という言葉がありますが、

この物語では「牛」が狙われました。ところが・・・

『塩の宿』


長野県の松本市から新潟県の糸魚川市に至る千国街道は、
江戸時代には塩の流通で栄え、塩の道と言われていた。

当時の塩の流通は、主に歩荷(ぼっか)と呼ばれる人力による輸送と
牛の背に荷物を載せて運ぶ、牛方(うしかた)と呼ばれる輸送が中心であった。

街道沿いのある茶屋の娘が、毎日のように家の前を通る一人の牛方を
見ているうちに恋に落ちた。

「休む暇も無いのかしら・・・」

娘は牛方を見かけるたび、そう思ったが
重い塩の荷を運ぶ牛方は先を急ぎ、
茶屋の前を通り過ぎるだけであった。

「ほんの一時でも休めば良いのに」

玉のような汗を流しながら歩き続ける牛方を心配した娘は、
故事に倣って一計を案じた。

ある日の朝、娘は茶屋の角に盛り塩をした。

昼前になって熱い太陽が照らし始めた街道を、牛方がやって来た。
牛方は峠越えをしたばかり、連れている牛も疲れ果てていたのであろう、
足を止め、宿に盛られた塩を舐め始めた。

もうこうなると、牛方がどんなに引っ張ろうと牛は歩こうとしない。

「ご一緒にお茶でもお飲みになってお休みなされませ」

動かぬ牛に助けられ、娘はようやく思いを遂げることが出来た。

牛方は、牛が歩き始めるまで茶屋で休むことにした。
これがきっかけで、娘と牛方はやがて夫婦になったと伝えられている。

と、ここまでならめでたい話なのだが、話はここで終わらない。

この話を噂で聞いた隣村の行かず後家の女、自分も同じようにして
良き伴侶を手に入れようと画策した。

ところが、あまりに気持ちが焦ったため、前夜の内に
自分の家の角に盛り塩をしたのである。

そして、次の日の朝を楽しみにして眠りについたのだが・・・

異変は真夜中ごろに起こった。

街道をズリッズリッと重い足を引きずるように歩く牛の足音が
峠の方から聞こえて来た。

「こんな真夜中に牛方が通るはずもない、一体何の音だろう」

近づいて来る奇妙な足音に目が覚めた女は、不思議に思った。

「しかし万が一急ぎの荷物を運ぶ牛方が通りかかったのであれば、
千載一遇の好機。
夜も休まず運ばねばならぬ大事な荷物を任されるのは、
余程の信頼を得ている者か、働き者に違いない。
いずれにしても、良い伴侶になるに違いない、これを逃す手はない」

そんな風に考えた女は、布団の中でじっと聞き耳を立てた。

ズリッズリッという足音が、女の家の前で止まると、
盛ってある塩をペチャペチャと舐める音が聞こえ始めた。

さあ今だとばかりに女は布団から飛び起き、ろうそくに明かりを灯して戸を開けた。

「このような夜中にご苦労様でございます。どうぞこの家で一休みなさって下さい」

と柔らかな声を出して、戸を開けた。

微かなろうそくの灯りだけでは真っ暗な夜の闇を照らすことは出来ないが
なぜか盛り塩をした家の角だけが薄青く光っているように思えた。

女は、闇の中に目を凝らした。

家の角では、青白い炎に全身包まれた身の丈が八尺ほどもある
巨大な黒牛が盛られた塩を舐めていた。


「ひえええ~」


女はあまりに異常な牛の姿に悲鳴を上げて腰を抜かした。

すると黒牛は、爛々と輝く真っ赤な瞳を女の方に向けて、人の言葉を話し出した。


「ワシを足止めしたのはおぬしか。
それほど引き留めたいのなら、どうれ一休みしていくことにしよう」


黒牛は青い炎を伴ったまま、女の上にのし掛かり、大きく吠えた!

女は目の前が真っ暗になり、そのまま気を失った。

次の日の朝、村人たちが家の前で倒れている女を見つけ介抱をした。


女は、その後しばらくたって村からいなくなった。
一年ほどして、女が角のある子供を産んだという噂が伝わってきたという。


丑三つ刻に闊歩するこの世ならぬものを、足止めしてはいけない。
ましてやその内に引き入れようなどとは、決して考えてならないのだ。

                         おわり


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