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「縁が繋がり、恩が循環する」を人生のコンセプトに決めるまで|自己紹介

noteを始めて少し経つのですが、プロフィール記事をまだ書いていなかったので書いてみます。

長いので、お時間ある方のみお読みください。目次もつけています。
(主に婚約破棄されたところ〜会社を辞めてゲストハウスを開くまでです。)

(1分で読めるあらすじ)
仕事ばかりしていて8年付き合った婚約者にあっさりフラれた男が、傷心旅行で訪れたゲストハウスに価値観を揺さぶられ、数え切れない人との出会いを経て自分の生きる意味を見出すことができ、心から救われたという経験から、これまでのご縁に感謝し、自分もその恩返しをしたいとゲストハウスを始めるまでの物語。

はじまりは、失恋だった

設計事務所につとめ、今まさに声高に叫ばれている「働き方改革」をオフィスの空間デザインで解決する仕事をしていたあの頃のわたしは、食事も忘れる程がむしゃらに働いていました。結果としていくつか対外的な賞も頂くなど評価はされましたが、当時長年付き合っていた婚約者とはすれ違い続きで気づけば関係は破綻、婚約破棄されるという結果に。

その時、働き方を考える仕事をしているはずのわたしの中で「仕事での成功」と「プライベートの幸せ」というワークライフバランスが完全に崩れているというジレンマにようやく気づき、「自分は何のために働くのか?何のために生きるのか?」という疑問がふつふつと浮かび上がってきたのです。

ゲストハウスに救われる

婚約破棄されたショックで丸3日程寝込んだ後、傷心旅行で行った初めての沖縄ひとり旅。一人で過ごすのはあまりにも寂しいと、色々調べていた時にたまたま見つけたのが「ゲストハウス」という存在でした。

これまでいい大学・いい会社に入るというレールに乗った人生しか見てこなかったわたしの目の前で、そんなものは何一つ関係なく「ただ同じ日にそこにいる」というだけで人が繋がっていく光景が繰り広げられている。職業や肩書き、年齢や性別など一切を超えてありのままを受け入れてしまう世界はとても居心地がよい豊かなものでした。

ゲストハウスに集まる人たちはユニークな方たちが多く、「こんな働き方・生き方をしてもいいんだ」と価値観を一変させられる出逢いに胸が救われる思いがしました。

よし、仕事やめよう

それからわたしは豊かな働き方・生き方のヒントを求めて全国の面白い人を数珠つなぎのように巡り始め、サラリーマンを続けながら休日にはどこかへ旅に出ては価値観が変わる出逢いを繰り返すようになりました。

自転車につけたリヤカーにお酒を積んで、毎日たどり着いた場所で即席立ち飲み屋台を開いてその売上で生きる人。
日本中の写真を撮りながら、その写真を現像して路上で売り上げたお金で生きている人。

誰も彼もがわたしのこれまでの常識からは信じられない生き方をする人ばかりでした。

「よし、もうサラリーマンやめよう。」

こうしてもっと自由に自分らしく生きる人生を模索する日々が始まりました。

ご縁が生む奇跡

全国をめぐる最中、あるゲストハウスに行くツアーを企画した時に、参加してくれた当時高校生の女の子がこんなことを言ってくれたことがありました。

「人とご縁で繋がって、自分がいられる場所がふえていくことは本当に嬉しくて幸せです。」

すごいことです。しみじみと嬉しかった。
少しでも、人を幸せにするお手伝いができたかもしれない。
自分がきっかけで、人生が前向きに変わったかもしれない。

「ご縁を紡ぐ」

よくある言葉の様にも感じますが、わたし自身、偶然のような必然のようなそんな奇跡的なご縁の積み重ねにたくさん救われてここまできました。その価値に、気づき始めた瞬間でした。

ゲストハウスにもう一度救われる

わたしが現在の妻と出逢って結婚したことさえも、実はすべてはゲストハウスでの出逢いが次々に繋がった結果でした。はじめての沖縄旅で出会った人が、東京に戻って再会した際に連れて行ってくれた飲み屋さん。そして先ほど挙げたリヤカーにお酒を積んで日本一周の人が、実はこの飲み屋さんのスタッフ。そしてその飲み屋さんの常連さんが、今の妻。すべてがこうして繋がっていました。

それぞれが、どれほどの確率の上に成り立っているかを想像するだけでめまいがします。奇跡としか言いようがありません。

失恋のショックから救ってくれたゲストハウスのお陰で、生涯のパートナーにも巡り会えたこと。

わたしは2度もゲストハウスに救われたのでした。

わたしにとっての豊かさとは?

そうして少しずつ、自分の中の大切にしたい価値観が整理されていきました。

「仕事より、暮らしを中心とした人生を生きたい」
「人と人を繋げたり助け合うことに幸せを感じる」
「大切な人と一緒にいられる時間を何より大切にしたい」

自分なりの豊かさの軸がひとつずつ形作られていきます。

そしてこれらの軸をもとに組み立てる「理想の暮らし方」を実現するためには、東京に住み続けるのは難しいかもしれない。そしてやはりわたしに様々なきっかけをくれたゲストハウスのような「ご縁が繋がる場所」をつくるという手段が最も適しているのでは、と思い描くようになりました。

人生のコンセプトが生まれた瞬間

そんな時、旅をする中で出会った友人がある移住イベントの情報を教えてくれました。移住したい人と、移住者に来て欲しい地域を野球のドラフト会議のようにマッチングするイベントでした。ドラフトで指名を受けるためには、プレゼンで自分が何をしたいのかを伝えなければいけません。

ゲストハウスをやりたいと宣言するにしても、どんな宿?どんなコンセプト?

そうしてあれこれ考えてみたときに自然と出てきた言葉が「縁が繋がり、恩が循環する」。これまでつないでもらった縁の恩返しをしたい、そしてこれからも新しい縁を繋いでいきたい。

そこから、自分がはじめるゲストハウスもそんな場所に育つようにと願いを込めて、まだやるかどうかもわからないのに名前とロゴまで考えていました。

名前は「ゲストハウスえのん」。コンセプトそのままに、縁+恩=EN+ON=ENON=えのん。

思えばわたしたち夫婦のゲストハウス構想は、このときにようやくスタートラインに立ったのです。

移住先との出会い

自分らしく生きることを模索していたわたしたちが、移住ドラフト会議を通して出逢った場所が今住んでいる山口県阿武町でした。人口約3300人に満たない、日本海に面した小さな一次産業のまちです。

地元の人が「何もない」というこのまちには、移住者のわたしたちから見れば「"余計なものが" 何もない」とでも表現すべき、圧倒的な風景の美しさと暮らしの文化があります。初めて訪れたときに見た海の透明さは一生忘れることはないでしょう。そこにわたしたちの理想の古民家はありました。

すべてご縁とタイミングが重なった結果であり、この土地に縁もゆかりもないわたしたちがついにこの素敵な物件にたどり着いたのです。

顔の見える暮らし

この小さな町で一番魅力的だと感じるのは「暮らしている人の顔が見えること」です。

路地や通りですれ違う人と挨拶を交わしたり、そのままふらっと道端で立ち話をしたり、インターホンのない開け放した玄関の先から「中村さん~!」と声がかかったり。はたまた塀の向こうからも声がかかって間引いた大根をいただいたり、「みんなでBBQするんやったらどうぞ~」と畑で採れたばかりのキャベツをおすそ分けしてもらったり。

「〇〇の仕事をしている△△さん」ではなく、肩書きや年齢関係なくありのままを認め合い、お互いを名前や愛称で呼び合う、ゲストハウスでの交流にも似た風土がここにはあります。いつもみなさんから色々な暮らしの知恵や支援をいただきながら、心と身体が喜ぶ暮らしを送っています。

ここでも、たくさんの人が助けてくれた

そんな場所で始まった、宿の改修工事。「せっかくこれから人がたくさん来てくれる場所をつくるなら、たくさんの人でつくったほうがきっといいものになる」という想いでこれまでのDIY作業はすべてオープンにしてきました。

最終的にDIYのお手伝いには、阿武町・萩の友人や東京の友人、日本各地で出会った旅仲間、それだけでなく初めましての方や通りすがりの方など、最終的には延べ100名を超える方がお手伝いに参加してくださいました。「あの壁はあの人が塗ってくれた、ここの床はあの人が貼ってくれた、、」宿のすべての場所で、作ってくださった方の顔を思い浮かべることができます。

恩返しをしたくて宿をはじめるつもりが、返したい恩ばかりどんどんと増えてしまうという今では笑い話のような幸せな時間でした。

返しきれないほどの恩に包まれる

また改修にあたって工事費を試算したとき、お金が足りなくなることがわかりました。どうしようか、いろいろ悩みました。お金の集め方は色々あると思います。もちろん銀行からお借りすることも検討しました。

でもえのんは人との縁を紡いでいく宿です。関わる人が増えるということは、色々な人の想いでこの場所を育ててもらえるということ。わたしたちはクラウドファンディングという手段は、「顔が見える繋がりを紡ぐ、新しい関係性づくりのかたち」ではないかと考えました。

そうしておそるおそる立ち上げたプロジェクトも、蓋を開けてみれば結局130人以上の方が、120万円を超えるほどの支援をしてくださいました。本当に涙が出るほどありがたく、これまでのたくさんのご縁に改めて触れることができたような、心が温かくなる出来すぎた結果でした。

このときの話は別のnoteで詳しく書いていますので、よろしければ合わせてご覧ください。

残りの人生は、「ありがとうを届ける旅」だ

そして昨年、無事にゲストハウスのオープンを迎えました。
本当に、すべてご縁に救われたんです。わたしたちは何もしていないくらいでした。

あの日あの時のたくさんの出逢いがどれかひとつでも欠けていたら、オープンできなかったかもしれない。
こんなに素敵な人たちに巡り会えなかったかもしれない。
こんなに人生がいい方向に変わらなかったかもしれない。

でもすべて現実に起こった奇跡なんです。

だから今度はその恩返しがしたい。ようやくスタートラインに立てました。

そう思って始めた現在も、やっぱり色々な人のお世話になりっぱなしです。いつになったら恩返しできるのかと、贅沢な悩みが尽きない毎日です。

どうやら残りの人生はすべて、「ありがとうを届ける旅」になりそうです。

ここまでの長文を最後までお読みいただきありがとうございました。

「縁が繋がり、恩が循環する」。

これからもたくさんの新しい縁を繋いでいけるように、そして恩を贈り続けられるように。
この場所で妻とふたり、頑張っていきたいと思います。

■SNSなど

○個人アカウント:中村龍太郎
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山口県阿武町という小さなまちで小さな宿を営んでいます。「暮らし」を中心に、「よく生きる」ということに日々思想を巡らせています。人生のコンセプトは「縁が繋がり、恩が循環する」。ゲストハウス&バーオーナー/パーマカルチャーデザイナー
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