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連載『あの頃を思い出す』

    4. 雨降って地、現る・・・1

「ひさきさん、きました、きました。来たんです!」
 書庫で本をいっぱいに重ね、在庫整理をしている尚季(ひさき)の元へ明るい声で入ってきたのは、このところ塞ぎがちだったありさ。
「だれが?」
 バーコードを読み込んでいく手が忙しく動く。
「なに言ってんですか、生理ですよ。生理」
「ちょっと、声!」
「あ…」
「でも、よかったね。…胃の調子はどう?」
 散々降りまわされたのだから、この位の意地悪も許されるだろう。
「それ嫌味ですか」
 すっかり以前の調子を取り戻したありさは、2週間と2日目にしてお月のものは現れた。
「愛嬌よ」
「そうですか。…そう言えば最近こないですねー瀬谷さん。あれ以来ですか?」
「なに、いきなり」
 なにか言って返したいありさは、体調がよくなると同時にそちらの方も舌好調だ。妊娠騒ぎが遠い昔のようだ…と心で皮肉る尚季。
「だってさっき『誰が?』って言ったじゃないですか」
「耳も元気ね」
「え?」
 案の定、瀬谷のことはあの日以来すっかり話題の中心となっている。
「なんでもない」
「そうですよね、別にここじゃなくても会えますものね」
 書庫を挟んだ本の隙間から尚季を除く。
「会ってないわよ、あれから」
 本の隙間を塞ぐようにガムテープを置く。
「どうして!」
 ありさは勢いに任せて書庫にかぶりつくと、ドサドサと積み上げられた本が崩れていく。
「…あ」
「ありさちゃん!」
 反対側の尚季は、頭から本を被って痛々しい姿で仰ぎ見る。
「もう~」
「ごめんなさ~い」
 すぐさま回り込んでくるありさ。だが、本の山で手を伸ばしても尚季には届かなかった。
「ありさちゃん、人のことより自分はどうなの?」
 大きく溜め息をついて立ちあがる尚季。埃を払いながら立ち上がろうとするが、本が崩れてきて足場が定まらない。
「あーあれ、いいんです、もう」
 あれだけ騒いでいたにも関わらず、こちらは随分と見限られたものだ。
「なにがいいのよ」
「こらしめてやるんです」
「こらしめる? もしかして、留守電入れたきりなんじゃ…」
「はい。ちょっとは心配してもらわないと、あたしとしても引っ込みつかないですから」
「そんなことして、知らないわよ」
 とはいうものの、そんな駆け引きのできるありさを羨ましいとも思う尚季。
「いいんです。…そう言えば尚季さん、あのナンパ氏も最近こないですね」
 本当に口の減らない。
「ありさちゃん…!」
 厳しく視線を向けると、手許にあった本をかざすありさ。
「あーはいはい、仕事に戻りまーす」
 逃げ足だけは速い。


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