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空押しのマナー、それと有効性

空(から)押し」ということばがある。

早押しクイズにおいて、回答席についていない者がボタンを押すふりをする行為であり、クイズ大会等の場においては、一般にマナー違反とされるものだ。

杉本イクラ先生が連載する漫画『ナナマルサンバツ』の赤河田例会編でも描かれた、主人公の越山識(こしやま・しき)がやらかしてしまい、笹島先輩が頭を下げてくれるアレである。

「ただ知識をひけらかすのが”クイズ”ではない」

「そこには様々なルールがあり戦略がある」

「そのゲーム性を楽しみ、勝利を競い合うのが、俺たちの”クイズ”、」

「”競技クイズ”だ」

(コミックス2巻第7問「正解のその先に」に収録)

最近、同じく『ナナマルサンバツ』で、「空(から)押し」ではない、別の「空押し」が出てきた。

全国大会編の準決勝、1対1の早押しクイズ対決。聖ルイージ学園の南(みなみ)部長が、対する帝山の志賀に対して、残り20秒で仕掛けた誤答を誘うためのフェイントがそれだ。
「押すふりをする」という点では先述した「空(から)押し」と共通するのだが、こちらは、相手の誤答暴発を誘発させるべく、回答席にいながらボタンを押すフリをするものであり、戦略的な意図がある点や、早押しの席に着いた者が行う点で、先ほどの空(から)押しとは、性質が異なるといえよう。
そのため、「偽(フェイク)押し」とか「空(フェイント)押し」などと呼び分けたほうが、既存概念との混線がなく、何かとうれしいかもしれない。

(コミックス第19巻第106問「オールイン」に収録)

※ちなみに、先日(2020/6/19)出版された蓮見恭子さんの『バンチョ高校クイズ研』でも、仙台市役所チームと対戦する時のエピソードとして出てきてましたねぃ。

  ◇  ◇  ◇

さて、この「空(から)押し」と「空(フェイント)押し」。
単に押すふりをするだけの「空(から)押し」は、「他の参加者の意識を分散させ、集中を殺ぐ。」「他の観戦者の邪魔になる。」「自分はわかっているというアピールに見え、見苦しく、他者に不快感を与えうる。」といった点でマナー違反といえそうだが、こっちの「空(フェイント)押し」は、マナー違反となる避けるべき行為にあたるだろうか?

結論から言うと、「空(フェイント)押し」もマナー違反である。なのだが、実はマナーがどうこう以前に、突き詰めて考えると「あまり効果がない戦術である」といえるのではないか、と思い至った。

どういうことだろうか?

空(フェイント)押しは、なぜマナー違反なのか?
空(フェイント)押しは、あまり効果のない戦術なのか?

順に追って、説明していきたい。

  ◇  ◇  ◇

先ずは、「マナー違反であるか否か?」という点から。

空(フェイント)押しは「マナー違反だと言える」だろう。その理由は、「ゲームの進行を妨げうる」ためである。
進行が妨げられる具体の場面としては、2つ想定される。

ひとつは、他の回答者に対する妨害である。
早押しボタンを押した時の「ガチャ」という音は案外うるさいもので、この「ガチャ」音で問読みの声が妨げられ、他の回答者が問題を聞くのを妨害されるというものだ。

実際にオープン大会の壇上で押してみて気が付いたのだが、この「ガチャ」という早押しボタンを押す音は結構バカにならない大きさになる。勝負の大事な場面で読ませ押しをしてボタンを点けても、隣の人が押し負けた音で残りの一文字が聞こえないなんてことは割りとある。
(もっというと、点いたときの「ポーン」という音の方が邪魔だったりもするのだが、これは仕方ない)

そして、もうひとつは、参加者側でなく主催者側への妨害である。「問い読みが誰かが押したと勘違いして読み上げを止めてしまう」危険性が十分に考られるのだ。

問読みは、ボタンが押されたポーンという音を聞いて読み上げるのを停止することを求められるのだが、押し機の音ではなく、回答者がボタンを押したな、という雰囲気で読み上げるのを停止してしまうことも十分ありうる。

こういう事故を防ぐために、問い読み側は、目で確認するのではなく、音にのみ集中するよう注意する(目を問読み原稿にのみ集中して読む)ことが必要となるが、そこまで問い読みに求めようにも、かなわない時もあろう。さもすれば、事故は起こらないように、あらかじめマナーとして予防しておくのが吉である。

問い読みの心構えということばで思い出したのだが、自分が担当したクイズ例会で、「破邪(はや)の儀」と銘打った早押しボタンを使った企画をやったことがあった。

Q.ウサインボルトの100m走の世界記録は何秒でしょう?

のように、数値が答えとなる問題を出題し、回答者は「よーい、スタート!」と司会者がストップウォッチを押してから、回答者が早押しボタンを押して鳴らすまでの「秒数」で回答するクイズ形式である。

上記の例題のこたえは「9.58」秒なので、司会の「よーい、スタート!」から回答者の「ポーン!」までが、9.58秒以上であれば正解となり、それ未満であれば誤答となる。
「知識」も必要だが、「(体内時計でカウントし、)狙ったタイミングで押す技術」が求められる、「早押し機を使いながら早押しをしない」というお題でねりねりと発想を練り上げつくったクイズ形式であった。

その企画中、「Q.円周率はいくつでしょう?」という問題を出題し、後輩が「3.14秒」で止める押しを成し遂げた。これは、円周率は3.141592…と続くため、3.14秒では0.00141592...の分だけ足りず誤答となる奇跡的な押しであった。

思わず、自分で沸いた。

その時に、後輩から「ストップウォッチをみて止めたから3.14になった」「見ないで止めた方がよい」という意見を頂いたのだが、今思うと、出題者の姿勢というのが問われた場面だったのかもしれない。

余談だが、ランプだけがついて、音がならないという事故は、割と頻繁にある、オフラインクイズあるあるの事故である。オンラインクイズでいうところの、問題リセットを忘れて問題が流れる、くらいあるあるの事故である。

  ◇  ◇  ◇

話を戻そう。

このほかにも、空(フェイント)押しは、主催者側に要らぬ心配をかけてしまう。

あるクイズ大会に出させていただいた時の話である。ボタンチェックを一巡し、さぁ、問題が始まるぞ!と、問い読みが「問題!」といった瞬間に押し込みを暴発させてしまい、「機械の故障ですか?」と運営スタッフの方々に本当に心配させてしまったことがあった。

「(あぁ、わたしが悪いんです。機械は悪くないです。問題傾向がつかめていない時点で、しかも×がきついルールで押し込みなどをする浅はか者です。ごめんなさい。)ごめんなさい。(早押し機のマシントラブルではないです)大丈夫です。」

自分にとって、苦い経験のひとつである。

それぐらいに、主催側はよき大会にしようと気にかけているし、気を張っている。申し訳ない。

以上、そういった点で宜しくない点が存在すると言えるが、マナー違反かどうかについては、各人や界隈の解釈によるところもあるため一概には言えないものの、自分はマナー違反、というか避けるべきだし、避けられるよう周知すべきだと思っている。

おそらく、これに対しては反論も出てくるだろう。
「戦略性という観点から、空(フェイント)押しはマナー違反ではない」という意見だ。もっと正確にいうと、「先に挙げた宜しくない点があった上でも、戦略的なプレーが優先される場面があり、空(フェイント)押しにはそれ位の戦略性がある」との主張もできそうだ。なるほど。問題潰しの議論できいたことがあるやつだ。

しかし、これは、よくよく考えとみると、戦術として空(フェイント)押しが効果を上げる場面は、わりと限られることが見えてくる。
チャージによる結果的な問題潰しはマナー違反か?という話が戦術については、よく論の火種になるが、それとは別で、空押しを擁護する理由として少し弱いのかな、という印象である。

ここらへん、少し説明しよう。

  ◇  ◇  ◇

昔、空(フェイント)押しを試してみたことがあった。

クイズサークル内で、準ベタ問でフリバをやっていた時のこと。
誰かがつられて誤答するかな?と考えて、空(フェイント)押しを試してみたことがあった。が、周りは誰もつられず、「どうしたの???」となり、一人すべった空気になったことがあった。恥ずかしい。

帰り道、理由を考えてみた。
ひとつは、フリバという環境での緊張感の足りなさが真っ先に頭に浮かんだが、も少し考えて、そこは本質ではないなと思った。「本当に戦略を考えている強い人であれば、そもそも相手が押したのにつられて押したりはしない」。これが結論である。

強い人は、物理的に相手の押しが空(フェイント)押しかどうかを見極められる能力に長けているということではなく、本当に強い人は、そもそも、相手が動いたとわかった後に押す意味あいが無いことを知っているのだ。

よくよく考えてみてほしい。回答権は1人しかないのに、相手が今押し始めた!って気がついてから押し始めて、間に合うだろうか?

これもまた自分のクイズサークルでの経験談なのだが、誰かが押したぞと気づいてから押してみるのを試みたことがあった。しかし、どんなに頑張ろうとも、ボタンがつくことは決してなかった。物理的に後だしじゃんけんで押し勝つことは不可能に近い。

ゆえに、ちゃんと勝つことを考えていれば相手が動いた後に追い付こうと自分も押すなんてことはしないのだ。そんなわけで、空(フェイント)押しは、ちゃんと考えていない者を相手にするという、限られた場面でしか効果をなさない戦術なのである。

  ◇  ◇  ◇

大学の二回生になり、我らがクイズ研究会にも新入生が入ってきた。それも、五人もだ。
いや、少ないという声が聞こえてきそうだが、自分の代が二人(実質一人)だったので、クイ研に五人も定着するのは凄いことなのだ。
さらにいうと、うち、二人が名門クイズ研究会の会長経験者で、他にも一人、オンラインクイズに通じた情強マンが入部した。

もともと、我らがクイズ研究会は、全国トップクラスのクイズプレイヤーはいるものの、いわゆるガチガチの競技クイズとは無縁のサークルであった。
そこに新しい風が入ってきて、部室でフリバをするという文化に触れることができるようになった頃の話だ。書いていて懐かしくなってきた。またクイズしたいなぁ。

  ◇  ◇  ◇

注視すべきは相手の状態ではない。自分と問題と得失点の状況。”早く押して間違えない”ということ。

自分の✕、相手の〇、クイズする。
問題に対して集中するというのは、先ほど触れたように問読みだけでなく、回答者にもまた、求められる姿勢なのではないかと思う。(終)

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