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現実逃避

「本日早朝、東京都八王子市在住の佐藤さん(80歳)が近隣トラブルにより殺害された。佐藤さんは日頃から、近所との折り合いが悪く、近隣トラブルが原因とみられる。なお、犯人は捕まっておらず、警察は全力をあげて捜査にあたっている。」

コーヒーの匂いが部屋に染み渡り、昨夜買ったあんぱんを頬張りながら、ニュースを眺める。いつもなら、聞き流す内容だが今日はやけに脳を刺激する。もちろん、自分が関わっているわけではないし、近隣の地域でもない。それでも目を引かれたのは80歳の老人というキーワードだろう。

僕はこの古ぼけたアパートに越して、2度目の春を迎えた。元々は祖父の建てた一軒家に両親と共に暮らしていた。26の歳になる春、一人暮らしすることを決意した。職場が遠くなったわけではない。親との折り合いが悪いわけでもない。むしろ、毎年夏と冬には箱根の温泉や大好物の海鮮をご馳走するくらいには仲がいい。

ただ、父の小さくなった背中を見るのが辛くなった。
僕から見て、父が特に間違ったことを言っていたようには見えなかった。
たまたま祖父の勘に触ったのだろう。
50歳にもなり、誤っている姿は見るに耐えなかった。

元々は荒っぽい性格だった祖父だが、85歳を超えて、余計に心のコントロールが効かなくなってきた。
この性格が災いして、近所にも知人にも近寄る人はいない。
祖父の唯一のコミュニケーション方法は怒号を撒き散らすことだ。今日も、ジャイアンツが試合に負け、腹の虫が収まらず、八つ当たり下に過ぎない。

そんな日常を見ることに嫌気がさしてきて、僕は家を飛び出した。
本当は両親も連れてきたかったが、いかんせん20代の普通のサラリーマンにそんな余裕はなかった。

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