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生物学と価値観

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「ヒトと高等動物の心の違いは、はなはだしいとはいえ、それはあくまで程度の問題であって、質の問題ではない(チャールズ・ダーウィン:1872年)」。人間も生物の一種である以上、生物の… もっと読む
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WOWOWドラマ「落日」因果律という宿命

湊かなえ原作の北川景子主演WOWOWドラマ「落日」を視聴しているが、これが非常に面白い。 「なぜ面白いか」といえば、人間本性としての因果律の宿命から逃れられない人間の悲哀を描いているからだ(それだけではないですが)。 (以下若干のネタバレ含みます) 娘を交通事故で亡くした家族。そしてその娘を車でひき殺した男。 残された遺族は、この男(加害者)のことを何も知らずにいれば「娘をなくした」という、このやり場のない気持ちをこの男にぶつけることができる。 「あいつのせいで大切

現代の古典『昨日までの世界』ジャレド・ダイアモンド著

<概要>ニューギニア、アマゾン、イヌイット、アフリカのハザ、北アメリカインディアン等の「昨日までの世界」と現代社会を比較しながら、人間社会の事象の本質を明確にしていく現代の古典ともいうべき名著。 <コメント>個人的には10年前に読み終わってからこの間、ずっと私自身のメートル原器の一つともなっていた著。 25年前に著者ジャレド・アイアモンドの『銃・病原菌・社会(1997年)』で感銘を受けた私は、19年前に次著『文明崩壊(2004年)』で若干の失望を感じ、更に『昨日までの世

『意識はいつ生まれるのか』ジュリオ・トノーニ著 

<概要>一般人にも読みやすく、かつ著者の人文科学的素養もあって、楽しく読める。内容的には意識は大脳皮質系の複雑で統合的な活動によって生まれるのではないか、ということを科学的に証明した本。タイトル通り「意識はいつ生まれるのか?」を証明した本です。 <コメント>意識とは自我そのものだから、それが科学的には一体何者なのか?これを解明すれば、相当なことだろう。本書のほか、古生物学者の更科功先生の講義の内容も包含すると、現段階では、意識は脳のネットワークが密接に絡み合った結果生まれる

「知能」と「意識」は別物

「意識」については、過去に脳科学者の茂木健一郎著『クオリアと人口意識』の書評を通じて展開しましたが、 古生物学者、更科功先生の講義「禁断の進化史:知性と意識の進化」の内容に刺激されて、改めて「意識」について考えてみました。 ▪️意識とは何か?たとえば 「AIも技術がもっと発達したら、AIが人間を支配するのではないか」 などの誤解がまだ残存していますが、AIはどこまでいっても機械でしかありません。AIには「意識」も「意志」もないからです。 一方で知能に関しては、既にコ

『すばらしい人体』山本健人著 読了

<概要>医学にまつわるエピソードを中心に人間の身体の精巧さや医学の進歩の素晴らしさと共に主要な病気の概要について学べる現役外科医のベストセラー。 <コメント>本屋に平積みされていて面白そうだったので、思わず後で電子書籍として購入。わかりやすくて読みやすいので、あっという間に読了。 ふだん生物学関連の勉強もしているので、既知の内容も多かったのですが、その中でも特に自分が知らなくて興味深かったエピソードを以下整理。 ■タンコブなぜタンコブってできるだろうと子供の頃から素朴な

『人はどこまで合理的か 上』スティーブン・ピンカー著 書評

<概要>「私たちを導くものは合理性でなければならない」という主張に基づき、上巻は生物学的見地からの人間の本性としての「合理性」の根拠、”理性”的考察からの「合理性」の根拠を示した上で、理性の必要性の根拠を示しつつ、合理性の可能性と限界を解説するための「論理的思考」「確率論」「ベイズ理論」について紹介。 <コメント>敬愛するスティーブン・ピンカーの最新著書読了。さすがのピンカーさんで、納得できることが満載。ピンカーは作家「橘 玲」の各種著作のネタ元としても有名な認知心理学者

美男美女とは誰か『美人の正体』越智啓太著 書評

<概要>「美女・美男子の正体を心理学的に研究すると現時点ではこのようなエビデンスがあります」という、非常に興味深いテーマ。美男美女とは何か?なぜ彼ら彼女が魅力的なのか?美男美女の性格・知能などの能力が統計的に平均値とどう違うのか?などなど、各種美男美女に関するエピソードが満載。 <コメント>以前読んだマット・リドレー著『赤の女王 性とヒトの進化』も合わせて「美男美女とは誰か」、心理学的・生物学的知見を整理したいと思います。 ■平均顔が美男美女の正体 まず『美人の正体』で

老化防止の方法とは?『運動の神話(下)』より

生物学的な知見からは、「運動」はアンチエイジング(老化防止)に有効だという結論に。やはりここでも運動なんですね。 ■老化現象とは文化功労者でもある生物学者、朝島誠によれば、生物の身体というのは代謝機能によって体を構成する物質(=タンパク質)がどんどん入れ替わり、タンパク質が合成されては分解されていく過程そのものが「生物そのもの」だといいます。例えば人間の場合は、約半年ですべてのタンパク質が入れ替わるらしい。 老化現象とは、合成されては分解されている、その代謝の機能がどんど

健康寿命の延ばし方『運動の神話(下)』より

『運動の神話』を読んで私が最も注目したエピソードは「健康寿命の延ばし方」でした。 生物学(具体的には進化生物学&人類学)の知見にもとづくと、よくいう理想的な人生の終わり「ピンピンコロリ(=健康のまま寿命が尽きること)」のためには、高齢者になっても「身体を動かす(運動)」「タバコを吸わない」「デブにならない」ということ。 ちなみに日本人の場合、平均的な健康寿命の2019年実績は男性73歳(寿命81歳)、女性75歳(同87歳)、でそのギャップは9歳〜12歳で、この期間は要介護

一番速い動物は人間? 『運動の神話』より

上巻最後のエピソードは「走る」について。下巻のランニングに関する内容と合わせて整理。 ■人間の最高速度は、時速45キロ時速45キロは、ウサイン・ボルトが世界記録で叩き出した瞬間的な最高速度で、この時の100m走の平均は時速37キロ。ボルトは、20秒間はこの最高速度を維持できるらしい。 一般的な人間の場合は、100mの最高速度は平均時速24キロ。 最近は、サッカーの世界でも選手たちのスプリント時の速度を計測してくれていて、英国プレミアリーグのリバプールに所属するウルグアイ

座ることは本質的に不健康 『運動の神話(上)』 書評その2

『運動の神話』より引き続き、私たちの身体は「狩猟採集社会に適応した身体である」ことを前提に「座ること」「睡眠」について考察。 ■座ることは本質的に不健康ちなみに平均的なアメリカ人は、1日に13時間座っているとのことですが、本書第三章では、 ということで、座ることは不健康なんですが、より具体的には「背もたれのある椅子に長時間じっと座っている」のが不健康だということらしい。 そもそも原始狩猟採集社会においては、まず「背もたれの椅子」というのが存在しません。 王様や貴族が使

『運動の神話(上)』ダニエル・E・リーバーマン著 書評「その1」

<概要>「そもそも人間は運動するように進化してきたわけではない」にもかかわらず「現代人は運動しなければならない」その理由について、著者の研究含む、あらゆる進化生物学・人類学の最新の知見から解説した画期的著作。 うち上巻は「運動しない状態」「座っている状態」「寝ている状態」と運動におけるスピード・パワー・戦いについて紹介。 <コメント>人間は「Born to Run」な生き物だと喝破した古人類学者リーバーマンの最新著作。過去にリーバーマンの『人体』(2013年)を読み、目か

歩行は、万病の薬 『直立二足歩行の人類史』書評 続編

「人間ならではの能力を発揮させることこそ最高の幸福である」と考えていたであろうアリストテレス(詳細は以下)。 とすれば、人類学的には「直立二足歩行」は最も人間を人間たらしめている機能=能力なんだから「歩けば歩くほど人間は幸せになる」はずですが、どうなんでしょう。 そうです。歩けば歩くほど人間は「健康」という幸福を手に入れることができるのです。 実は歩いても歩かなくでも人間の総エネルギー消費量は変わらないらしい。なぜなら歩かない人は歩く分のエネルギーを炎症反応を強化する活

『直立二足歩行の人類史』ジェレミー・デシルヴァ著  書評

<概要>人類学の最新の学説(著者関与の説含む)に基づき、進化の系統樹が多方向であるという事例を「ホミニン(ヒト属またはホモ属=人類)においても同様である」としつつ、直立二足歩行こそ、ヒトをヒトたらしめた要因であると紹介した著作。本書は「人類の起源」を知るにはもってこいの本です。 <コメント>読後に自分の二足歩行を確かめずには、いられなくなる本。そして1日1万歩、歩きたくなってしまう本。 昨年2022年に出版されたので最新の人類学の学説が紹介されていて、その実情を一般人にも