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ウクライナの反撃~露宇戦争の現在地~

はじめに

 ロシアは8月6日、ウクライナと国境を接するクルスク州がウクライナ軍の越境攻撃を受けたと発表した。数百人のウクライナ部隊が6日朝にクルスク州の町スジャ付近の国境を越え、戦車11台、装甲戦闘車両20台以上が攻撃に参加していたとされている。ウラジミール・プーチン大統領は、今回の攻勢を「大規模な挑発行為」と非難した。
 この一報は、米国をはじめとする西側諸国にも驚きを与えた。従前の多くの専門家の認識は、この戦争は膠着状況に陥っており、ウクライナは明日にでも敗北しそうなほど疲弊しており、ウクライナを支援してきた西側諸国内には徐々に厭戦ムードが広がっている、というものであった。特に一部の専門家からは、ウクライナに対して、すでにロシアの占領下に置かれている東部・南部4州を”諦める”形での和平に向けた交渉が提案されるほどであった。
 しかし、ウクライナは、現在”反撃”を開始しており、自身に不利な形での戦争の終結を拒んでいるように見える。そこで今回は、現在わかっている範囲で、この事案の背景や今後への影響について解説していく。

ウクライナの狙い

 ウクライナ政府は、今回の攻勢の主要な意図は、クルスク州からのロシア軍の砲撃を阻止するための予防的措置であった、と述べている。同政府によると、今年夏の初頭以来、255発以上の滑空爆弾と数百発のミサイルが、この地域からウクライナの町に向けて発射されている。つまり、ウクライナにはロシアへの「仕返し」や「逆侵攻」の意図はなく、あくまで”自衛”の意図によるものであったことが窺える。
 なお、一部の軍事専門家は、今回の越境攻撃には、ロシア軍が徹底的に攻撃しているウクライナ東部・南部からロシア部隊を移動させる目的もあったと指摘しているが、ウクライナ政府高官の話によれば「東部でのロシアの攻撃はほとんど軽減していない」ため、その真偽の程は不明である。

(以下参考:ウクライナ戦争の戦局に関する地図(出典:BBC))https://ichef.bbci.co.uk/ace/ws/800/cpsprodpb/a2b8/live/f003bab0-5857-11ef-b2d2-cdb23d5d7c5b.jpg.webp


今後の政局への影響

 今回のウクライナによる越境攻撃の意図は、軍事上の目標達成(すなわち、ロシア領内からのウクライナ領への砲撃の阻止)にとどまらない。政治的な意図も存在したのである。
 ウクライナ政府高官は、一部報道に対して以下のように語る:

こちらが攻勢に出ている。目的は、敵の位置を分散させ、最大限の損失を与えること。そして、自国の国境も守れないという状況を作り出し、ロシア国内の情勢を不安定にすること

出典:BBC News Japan 2024年8月12日付

 冒頭で述べた通り、現在のウクライナ戦争の戦局に対する国際社会の認識は、「泥沼化した戦争」「ウクライナの疲弊」といったものであり、どちらかといえばウクライナが不利であるというような論調が強かった。それゆえ、ロシアは自国に有利な形での戦争の終結へと向けた下準備を進めていたし、厭戦ムードの広がる西側諸国でも、ウクライナが譲歩してでも終戦交渉が進むことが望まれていた。
 しかしながら、ウクライナは今回の越境攻撃を通じて、「まだウクライナには戦える力が残っている」、「大規模な奇襲を行うための戦力が整っている」ということを国際社会に対して見せつけることに成功した。
 こうして、ウクライナは、西側諸国のウクライナの持久力に関する懸念は幾許か払拭することに成功し、また、今後自国に少しでも有利な終戦交渉を行うための西側諸国からの協力を取り付けやすくなったことだろう。ロシアにとっても、圧倒的に自国に有利に進んでいると思い込んでいた戦争が、ここにきて異なる様相を呈してきたという印象が植え付けられた。これは、ロシア側の戦争に対する士気に幾許かの影響を与えたことだろう。
 今回の越境攻撃が究極的にどのような軍事的・政治的帰結を生み出すのかは定かではないが、ウクライナ戦争の風向きを少し変えたことは間違い無いだろう。

終わりに

 繰り返しにはなるが、今回の一件が今後の戦局・政局にどれほどの影響を与えるのかは未だ不明だ。今わかっているのは、8月の中旬現在でもウクライナによるクルスク州内での攻勢は続いている、ということである。
 もしウクライナが攻勢を強めるようであれば、この戦争はまた違った様相を呈してくることが予想される。引き続き今後の動きを注視していきたい。

参考資料

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