見出し画像

中東の行末〜全面戦争か回避か〜


はじめに

 米国防総省は2日、中東地域に海軍艦艇や戦闘機を追加派遣すると発表した。これについて、オースティン国防長官は「米部隊防衛を向上し、イスラエルの防衛に対する支援を強化し、米国がさまざまな事態に対応できるようにするため、米軍の態勢調整を命じた」と述べている。
 ここで提起される疑問は「なぜ米国はこのタイミングで軍の追加派遣を決定したのか」ということだろう。結論から述べると、イスラエルとイランを中心とした「抵抗の枢軸」との間で、より広範かつ破滅的な戦争が起こるリスクがかつてないほどに高まっているためであり、米国の専門家たちの間でもそのような認識が高まっているからである。
 今回の記事では、最近の中東情勢の動きを振り返った上で、イスラエルをはじめとした中東諸国が置かれている現状を簡潔に解説する。ひいては、米国の専門家たちの間でそのような認識が広まっている背景に対する理解を深めることを目的とする。


最近のイスラエルと「抵抗の枢軸」

 現在の中東情勢を語る上での前提事項は、イスラエルvs「抵抗の枢軸」という中東の勢力図を理解することである。この部分については以前の記事で解説がなされているため、詳細はそちらを参照されたい。本記事でも簡潔に説明を付しておくと、中東地域においては、ユダヤ人国家であるイスラエルと、イランを中心とした反イスラエル・反米のイスラム武装組織ネットワーク「抵抗の枢軸」との間で長年確執が存在してきた。
 昨年10月7日のハマスによる対イスラエル攻撃が発生して以来、両者の間の緊張関係は悪化し、小規模な攻撃の応酬が続いてきた。しかし、最近はその小競り合いを全面戦争に発展させかねないような出来事が立て続けに起きている。

7月20日:イスラエルvsイエメン・フーシ派の緊張

 7月20日、イスラエル軍は、フーシ派が支配するイエメン・ホデイダ港への空爆を断行した。なお、フーシ派とはイエメン西部を拠点とする反政府組織のことを指し、上述の「抵抗の枢軸」を形成する一派として知られている。
 この日にイスラエル軍がフーシ派に対して攻撃を行った背景には、その前日のフーシ派のドローンによるテルアビブ(※イスラエルにある大都市)攻撃があるだろう。この攻撃によって、少なくともイスラエル内の民間人3人が死亡し、87人が負傷している。
 今回のイスラエル軍の攻撃は、このテルアビブ空爆に対抗するものだったと見て良いだろう。そして、フーシ派最高政治評議会は、このイスラエル軍による重要インフラへの空爆に対して「効果的な対応」を行うと表明しており、大規模な攻撃の応酬が今すぐにでも起こりかねない状況となっている。

7月30日:イスラエルvsレバノン・ヒズボラの緊張

 7月30日、イスラエル軍は、レバノンの首都ベイルートの南郊を空爆し、イスラム教シーア派組織ヒズボラ(※レバノン南部を拠点とするイスラム武装組織、「抵抗の枢軸」の一派)の最高幹部フアド・シュクル氏を殺害したと発表した。
 この事件のきっかけは、その3日前の27日に起きたヒズボラによるゴラン高原へのロケット弾攻撃だ。このゴラン高原は現在イスラエルの占領下にあり、この攻撃で12人の子供や若者が殺害され、数十人が負傷した。これを受けイスラエルのネタニヤフ首相は、ヒズボラが「重い代償を払う」ことになると報復を宣言していた。
 今回の両者の攻撃の応酬は、昨年の10月7日のハマス-イスラエル紛争の開始以来、最も多くの死者を出しており、こちらの緊張関係もかつてないほどに高まっている。(なお、日本の外務省は8月5日にレバノンの危険レベルを4に引き上げおり、邦人のレバノンからの即座の退避を呼びかけている。)

7月31日:イスラエルvsイランの危機

 今回の一連の騒動の極め付けは、ハマス(※パレスチナ・ガザ地区を実効支配する武装組織)の政治指導者イスマイル・ハニエの暗殺事件だ。ハマスによると、ハニヤ氏はイランのマスード・ペゼシュキアン新大統領の就任式に出席するためテヘランに滞在していたところを、未明にミサイルで攻撃された。
 イスラエルはこの件について声明を出していないものの、イランの最高指導者、アリ・ハメネイ師は、ハニヤ氏暗殺に対する報復は「イラン政府の義務」だと述べ、イランによる報復の意思を明らかにしている。自国の新大統領就任を祝う仲の良い来賓が、自国の領域内で暗殺されたというのだから、このような反応を示すのも無理はないだろう。
 また、この一件によって、ハマス-イスラエル間の和平の交渉も暗礁に乗り上げてしまった。ここまでイスラエルとハマスの間での停戦交渉を仲介してきたカタールのムハンマド首相は、ハニエが暗殺された直後、「一方の当事者が他方の当事者の交渉官を暗殺するようなことがあれば、停戦交渉は不可能だ」とXに投稿しており、少なくとも直近での関係改善は相当厳しいことを示唆している。
 イスラエルと「抵抗の枢軸」の関係性はかつてないほどに悲観的な様相を呈しているのだ。

現在のイスラエルと主な「抵抗の枢軸」構成グループの勢力図(作成:筆者)


中東地域の現在地

 つまるところ、イスラエルは、自身を取り囲む敵対諸勢力との間で大規模な攻撃の応酬に突入しようとしている。これは、まさに負のスパイラルであり、放っておけば全中東地域を巻き込んだ全面戦争へと発展しかねない。  冒頭で紹介した中東地域への米軍の追加派遣という動きには、最悪の事態が発生した場合に中東各地に駐留する米軍やイスラエルを効果的に防衛できるようにする意味や、そもそもこれ以上の攻撃の応酬を起こさせないための抑止力の強化の意味合いが込められているのだろう。
 もちろん必要以上に危機感を煽るつもりはない。しかしながら、これまで粘り強く外交的な働きかけを続けてきた米国が軍というカードを切ったことの意味は、軽く評価されるべきではないだろう。


参考資料

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?