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ショート「ワレワレハウチュウジンダ」

「毎年飽きずによくやるね、それ」
もうすぐ八歳になる娘はオンボロ扇風機を前にして、楽しそうに話しかけている。
「ワ・レ・ワ・レ・ワ・ウ・チュ・ウ・ジ・ン・ダ」
響いて聞こえる自分の声にとても満足げな顔をしている。
田舎の夏っていうのは風鈴の音とか、セミの声とか、そういう風情があるものだが…
この宇宙人のせいで台無しだ。
「なんでこんな風に聞こえるの?不思議!」
扇風機の前でしゃべり続けているから、ずっと声も響いたままだ。
「感謝しないとな」
「え?」
「こんなに暑い中、働いている人もいるってことさ」
娘は無情に回る四枚の羽をじっと見つめていた。

「第四羽班!準備おくれてるぞ!急げっ!」
「は、はい!」
やれやれ、ここじゃ休む暇もない。私は息を切らしながら担当の羽に向かうと、そこには私の属する四羽班の面々がずらりと並んでいた。申し訳なさそうな顔をしながら私は列の端につく。
「遅かったな」
隣の男が言う。
「あの女の子、今にも扇風機のスイッチを入れそうだ」
「間に合ってよかった…というかなんだい?その“扇風機”って」
「地球人はこの俺たちの城のことをそう呼ぶのさ。そんなことより、来るぞ!」
女の子がスイッチのボタンを押すのが見えた。羽が高速で回転し始める。
 幼い地球人ほど何を「話す」のかわからない生き物はいない。
「大丈夫だ、定番の“ワレワレハウチュウジンダ”を言うにきまってるさ」
隣の奴はずいぶん余裕をかましている。

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我々、イクプネス人は正真正銘、マイクロボディの宇宙人である。(私たちからすれば地球人も宇宙人だというのは言わずもがな)百二十年ほど前に地球に飛来した際、夏場に回転するこのプロペラに目をつけたご先祖様がそのエネルギーを使って発電、そして生活する術を築いていった。タダで電力をいただくこともできるが、イクプネスは人からの恩を忘れない星。そんな寄生虫のような生き方は良しとしない。
 地球人に対する恩返しとして考え出されたのがこの「バックコーラス」である。地球人の話す言葉を口の動きなどから予測し、ハーモニーを奏でる。至難の業だが生活させてもらっている立場上、そうも言ってられない。
 女の子が息を吸い込む。来る。三…二…一…!
第一羽から第四羽までが女の子と共鳴する。

「ワレワレハウチュウジンダ
 ワレワレハウチュウジンダ
 ワレワレハウチュウジンダ
 ワレワレハウチュウジンダ
 ワレワレハウチュウジンダ」

おかしくてたまらないという様子で女の子はきゃっきゃと笑っている。
「どうだ、楽しいだろう地球人!」
女の子はしばらくそうやって遊んでいたが、玄関の方から誰かが帰ってきた音が聞こえて、そちらへ駆けて行った。
「今日の仕事はこれでおしまいかな」
「油断するなよ、いつ話しかけてくるかわからんからな」
これからも私たちと地球人との関係は続いていくことだろう。くだらないと思うかもしれないが、これからも私はこれで地球人を楽しませたいと思っている。

「お母さん、帰ってきた!」
私と娘は妻のほうへ駆け寄った。妻は何やら大きな袋を抱えている。
「何?そのでかい袋」
「ほら、もう扇風機ボロボロだったでしょう。今話題の羽なし扇風機。値段もちょっと下がってて、この際買い替えようかと思って」

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