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【メンバー紹介#2】霞ヶ関、ロンドンから徳島へ。11年間の官僚生活を経て巡り合った「本当にやりたい仕事」

グリラスストーリーズ


グリラスの歴史と未来を語るメディア「グリラスストーリーズ」。今回は、2人目のグリラスメンバーのご紹介です!

1人目のインタビューはこちらから
https://note.com/gryllus/n/nbcc0d1794aa8

今回ご紹介するのは、2020年9月に入社した市橋寛久さん。

京都大学農学部から農林水産省、内閣府、日本貿易振興機構(ジェトロ)での勤務を経てグリラスにやってきたという異色の経歴の持ち主です。  

コオロギの生産、加工、研究のリーダーを勤め、時にはそのキャリアから研究助成関連の業務など、本当にマルチに活躍するグリラスの立役者。仕事へのひたむきな姿勢と、優しくユーモアに溢れる一面に、社内のメンバーからも厚い信頼を寄せられています。

11年に渡る行政機関でのお仕事を経て、今のグリラスに思うことって?今日に至るまでの経緯や、これからのことを伺いながら、市橋さんの素顔に迫ります!

市橋さんってどんな人?

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愛媛生まれ、滋賀育ちで、幼い頃は目立ちたがりではしゃぐのが大好きなお祭り男でした。小学校6年生のときはクラスの「お笑い係」で、友達と漫才コンビを組んでいたりしましたね。何にでも手を挙げるような性格で、文化祭みたいなイベントごとでは常に先頭に立っていたし、中学生の時は生徒会にも入っていました。

楽しく天真爛漫に学生生活を送っていたのですが、高校に入ってからは一変して部活と勉強に追われる超多忙な毎日を送りました。毎朝六時に起き、自分で作った朝食を食べながら勉強して学校へ。行き帰りの電車も休み時間も勉強に充て、午後は部活の陸上、くたくたになって帰ってきた後夜も勉強......みたいなストイックな生活を送っていました。

こうした生活スタイル然り、当時は同世代より少しだけ自立していたような気もしますが、それはたぶん、少し変わった父の影響です。「空気を汚すものはいらない」と言って車を持たなかったり、同期がゴルフやテニスをする中で鍬を担いで畑を耕したり、確固たる信念をもった真っ直ぐな人です 。滋賀の家には畑があったので、家族で家庭菜園をしたり、近所にほぼ自給自足の生活をしている農家があったのですが、父親同士の仲が良くて自分も農作業を手伝ったり。すごく「農」が近い暮らしをしていたような気がします。もともと自然が好きだったので、こういう生活いいな~とぼんやり憧れていました。

それもあって、将来は農家になろうと大学は農学部を目指しました。家から示された「自宅から通える国立大学」という条件があったので、消去法的に選んだのが京都大学。ただ......ご存知の通り農学部は、思い描いていた「牧歌的な農業」ではなく「産業としての農業」を学ぶ場なんですよね。サークル活動でも農家の手伝いに行き、「農業」という「産業」を知れば知るほど、思っていたのと違うな......と気づいてしまって。

出鼻をくじかれる形になったのですが、当時流行していた「複雑系」の見地から生物進化を捉え直した「自己組織化と進化の論理」という本を読み、この考えは生物だけでなく人間の経済活動にも応用できると考え、経済学に興味を持つようになりました。経済学はお金儲けの学問だと思っていたけれど、そうではなく、経済活動を基礎とした人間社会がどんな風に出来ているかを学ぶ学問なんですよね。大学院にも進学して、将来は研究者目指すくらい夢中になって研究していました。

グリラスに来るまでのこと

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研究研究の毎日を送っていた大学院時代に、兄の勧めで公務員試験を受けたんです。1回合格すると権利が3年間有効なので、当時はあまり乗り気ではなかったものの、将来の進路の保険をつくるような気持ちでした。

ただ......合格した後その権利をどうするか、というタイミングで研究が上手くいっていなかったんですよね(苦笑)。民間企業を定年退職して大学の教授をやっていた父親からも、博士号取得者の就職の厳しさを説かれ、そこでアカデミアの世界に行くことを諦めてしまったんです。

最終的に官庁訪問や面接を経て農林水産省に採用され、25歳の時に入省しました。

採用されてすぐに言われたのが、「とにかく目の前の仕事を片付けろ。欲しいのは10時間かけて90点の仕事をする人より、2時間で60点の仕事をする人だ。」という言葉。衝撃でしたね。行政機関こそ、中長期的な視点に立って仕事ができる場だと思っていたのですが、その真逆のことを言われたわけですから。業務が多すぎて確かにそうしないと回らないのだけど、60点を積み重ねていたら最後は50点、30点になって崩れてしまうと思う。自分は90点を積み重ねたいタイプだし、そこは1つ違和感に思うポイントでした。

もちろんネガティブなことばかりではなくて、得難い経験も沢山できました。自分は技官として入ったのですが、任されていたのは、法学部出身の事務官がするような法律の条文を作る仕事が多かったです。さっきのセリフとは裏腹に、100%抜け漏れ誤りの無い仕事を求められ、何日も家に帰れないような非常に過酷な業務ではありましたが、良い勉強になりました。省令、告示、通知などを書く機会も多く、日本語の構造を意識して正確で無駄のない文章を組み立てるスキルが身に着いた気がします。

途中、内閣府での勤務も挟みつつ、一度日本の外に出て視点を変えたいと思い、日本貿易振興機構(ジェトロ)のロンドン事務所への赴任ポストに手を挙げました。ロンドンでは、現地の食品関係規制の調査や商談会の企画・運営など、タイプの違う仕事を同時に担当することになり、最初は苦労しましたが、大きな裁量権をもって仕事を進めることが出来て楽しかったです。3年間の在任中には、私自身の持ち込み企画で、イギリス最大手のオンラインスーパーOCADO(オカド)のショップ内に、日本食コーナーを作るという取り組みもしました。これは、当時のジェトロとしてはかなり踏み込んだ試みで、現地企業のハンドリングなど苦労も尽きなかった反面、日本の担当部局とも一致結束して臨み、最終的には大きな成果が得られたと感じています。  

農林水産省、内閣府、ジェトロで計11年勤めました。日本への帰国が迫る中、自分が「本当にやりたい仕事」は何なのかということを真剣に考え抜き、妻の実家が徳島という地の利もあって、グリラスに転職することにしました。

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グリラスを選んだワケ    

グリラスを選んだ理由は色々あるのですが、ロンドン時代に日本から視察で来たお客さんから「徳島大学が昆虫食の開発に力を入れている」という話を聞き、それがずっと頭の片隅に残っていたことが大きかったと思います。

イギリスでは、日本食を現地市場に売り込む仕事をしていたので、イギリスの食品市場でみるみるヴィ―ガンが勢いを増していることを肌で感じていました。また、これと同じ文脈で昆虫食が注目されていることも知っていました。

一昔前までのヴィーガンは、動物愛護の観点から生じた運動だったので、完全に肉や魚を断つことが信条として当然だったのですが、現在は、自然環境の保全や気候変動を動機としてヴィーガンに賛同する人々が増え、厳密な「完全採食」ではなく、「環境に負担をかける畜産物をなるべく断つ」という考えで実践されています。極力減らす、週末だけ菜食、など関わり方の自由度が上がったことで「ヴィーガン」へのハードルが大きく下がり、世間に広がりやすくなったという背景があります。

イギリスで食と環境に対する意識の急速な高まりを感じる一方で、日本はまだまだこれから。セカンドキャリアとして、行政寄りのシンクタンクやコンサルなど候補はありましたが、行政を離れて行政の仕事をするのはあまり楽しくないですよね。それよりかは、裁量権の与えられた環境の中で、自分自身がフロンティアに立って地球規模の課題の解決に貢献したい。グリラスでなら、自分の本当にやりたい仕事が出来ると思い、迷わずここに来ました。

入社後のこと、これから

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入社当初のことを思うと、随分色々なものが揃って会社らしくなったなと思いますね(笑)。正直、初めは何もかも足りておらず、やるべきことが山積みでした。

仕事は楽しくやっています。余計なしがらみは無く、手続き的な仕事、仕事のための仕事も一切ありません。生産と加工の責任者という今の立場は、クオリティに妥協せず、なるべく高い点を目指したい自分の性格とも合っているように思います。

どんなに力を入れて食用コオロギを作っても、世間に馴染みが無い分、すんなりとは受け入れられない。そんな中でせっかく手に取ってくれた人に「こんなものか」と思われてしまうのは、すごく悔しいです。自分が納得できるベストなものを作って、手に取った人にも納得してもらいたい、という気持ちで取り組んでいます。

私は生産周りの仕事をしているので......今後の目標と聞かれれば、単位収量の安定と、より良いエサを見つけること。現に今も鋭意実験中です。   また、コオロギの飼育と加工の過程で生じる様々な副産物も、有効利用の方法を見出したいと思っています。

コオロギの飼育以外の所で言うと、やっぱり会社として「サステナビリティ」を謳うなら「そこにもっと忠実でありたい」ということはすごく思いますね。冷暖房の温度に気を使ったり、できるだけゴミの量を減らしたり。会社としてできることには、まだまだ余白があります。小さくて表には出ないようなことにも当たり前のように気を遣って、社員全員で意識を高く持った、本当の意味で地球のことを想う組織にしていきたいです。

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自分は、暮らしのそばに「農」の営みがある環境で育ったので、環境や食に対する意識を自ずと身につけてきたんだと思います。そういうバックグラウンドを与えてもらったからには、それをしっかり社会で還元したい。これからの食と環境のことを多くの人に伝え、課題の解決にコミットする責務があるんじゃないかと思うんです。

食糧問題の影響と、未来を案じた危機意識的な声は、これからどんどん大きくなっていくと思います。現に10年、20年前から言われていた地球温暖化についても、多くの人が「まあ、まだ大丈夫だから」と言って真剣に取り組まなかった結果が今であり、具体的な対策や方針が表に出るようになったのは最近になってからです。環境問題は手遅れになってからでは遅いし、同じことが食糧問題でも起こると思う。そうならないよう、日本と世界の人たちに、1つの選択肢を提供できる会社にしていきたいと思っています。

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市橋さん、ありがとうございました!

株式会社グリラスでは、今回ご紹介した市橋さんや他の個性豊かなメンバーと共に働いてくれる仲間を大募集しています! 食用コオロギの生産業務の他にも、マーケティング、営業、研究など。自分のやりたい業務が要綱になくても、お気軽にご相談ください。ご連絡お待ちしています!


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