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なぜ神保町でBARなのか (2)

(つづき)

ある日、神田司町のとある不動産屋さんへ飛び込みで入ると、即座にある物件を紹介された。

「この前空いたばかりなんですけどね。神田神保町です。」

「神保町・・?。」

実は僕は神田駿河台にある某私立大学に通っていたので、神田神保町は目と鼻の先。当時神保町にあったジャズ喫茶「響」にはよく通っていた。

「なんか、1周して元に戻ってきた感じだな・・。」

錦華通りという(学生時代歩いたどうかも記憶にないが)裏通りながら、歩道も街路樹もあって、なかなか雰囲気の良い通りを、ずいっと奥の方まで入って行くと、近辺では比較的新しいビルの一階がすっぽり空いていた。何とこれまで見てきた物件の中で、初めての「一階」物件だ。

随分歩いたので、駅からは相当の距離があることは解っていたが、何かの飲食ノウハウ本で、「初めての人間が店をやるなら、どれだけ駅から離れていようが「一階」にすべき。」と書いてあったことが、頭をよぎる。

そうか・・。「一階」か。

そうなのである。そもそも大した経歴もなく、特別な人脈の持ち主でもない人間が店をやるなら、まず人の目に触れることが第一なのである。いくら駅に近くても、2階や地下で人の目に入らなければ、どうしようもないのである。

                   ◆

「ちょっと中を見せてもらえますか。」

「いいですよ。どうぞ、どうぞ。」

どうも同じ建物の隣で薬局をやっているご主人が、大家さんのようだった。

店内は先だって居酒屋さんかなにかが出て行ったばかりのようで、幾分内装の残りがそのままになっていた。

「次の人が使えそうなものは少し取ってあるんだよ。いらなければどけるから。」

確かに炭火焼きの店でもやっていたのだろうか、面積的には不釣り合いなほど大きな排気フードが天井に残されたままになっていた。

天井。

そう天井も貼ったままだった。が、この外観の感じからすると、もう少し天井高があっても良さそうなものだ。

「ちょっと、天井裏を見させてもらってもいいですか?」

「天井裏?別にいいけど?その梯子使えばあそこの点検口から見れると思うよ。ところでちょっと、俺、店に戻っていいかな。好きなだけ見ていって構わないから。」

「ありがとうございます。」

そう言えば、「大家さん」と直接話せたのも初めてかもしれない。繁華街の物件はほとんど管理会社が間に入っていて、大家さんと顔を合わすことはまずない。

脚の一つの緩衝材がとれていて、代わりに軍手が巻かれているぐらぐらの梯子を登って、恐る恐る点検口を開けると、予想通り、優に80cm以上はある天井懐が現れた。

「これは、天井を外せば、開放感のあるいい空間になるな・・。」

天井高というのは店舗物件を見るときに、見取図ではなかなか読み取れないが、お店の雰囲気を決める重要な要素だ。しかもそれは面積割で計算される「家賃」には反映されない場合が多い。

つまり家賃は同じでも、実際の面責よりも広く感じさせることができる可能性があるということだ。

「ううむ。これは。」

梯子から降りた僕は、天井を取っ払ったあとの空間を想像して、気付くとそのまま天井を見上げながら、床に寝そべっていた。

今思うと、もうこの時点で、今の店の設計図が出来上がっていたと思う。

(つづく)

awakening / Oskar Hahn & Frank Schöpke
VinDig
2019 

(本文の最後に、お店でよくかける音楽を紹介しています。お家でお酒を飲まれる際に是非どうぞ。今度お店に聴きに来てくださいね。)


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