第二話 奇妙な男

 不死身の騎士となった弟を追っていたロズワグンは、ヘマをして追われていた。
 討つべき弟と同じ不死身の騎士を一度は倒したかと思えたロズワグンだったが、その不死身ぶりを見せつけられ窮地に陥る。
 其処に現れた謎の男が聖騎士を追い払う……。この男は何者なのか?

 男に抱えられたままロズワグンは森を進む。

「だから、歩けると申しておるだろう! 降ろせ!」

「時間が無い。追手に追いつかれるのはごめんだ」

 ロズワグンの膝裏と胴体に腕を回して、男は黙々と歩く。
 其処に下心は感じられなかったが、如何に死霊術師と言えども年頃の娘であるロズワグンは気恥ずかしくて仕方がない。
 降ろせと再三にわたり要求するも、男は正論でそれを拒否した。
 足首を痛めたロズワグンが歩くとなれば、森を抜けるのにどれほど時間がかかるか。
 ロズワグンとて、如何やら地の利を知る男に抱えて貰った方が、手早く森を抜け出せることくらいは頭では分かっている
 それでも、抱えられて移動する居心地の悪さに、彼女は抗議の声を上げるのだ。

「後生だから降ろしておくれ……」

「命には代えられまい、暫し我慢せよ」

 恥かしいんじゃ! と声を上げたかったが、助けてもらった相手に流石に非礼が過ぎると堪えて、抱えられたまま彼女は森を抜けた。


 森を抜け、暫し進めば崩壊した集落に辿り着いた。
 随分と大きな家屋が多かった様だが、豪邸と言う訳では無く質素な造りで、その殆どは既に崩れ落ちていた。
 少し離れた小高い丘には、見張りの小屋らしきものもあったが、それ以上に目立つのは数多の石が墓石のように並んでいる光景だった。

 集落を見渡せば、如何《どう》も人型種の村落では無かった様だ。
 家屋が大きすぎるし、崩れ落ちた家屋から垣間見える内部は家具類が極端に少ない。
 集落の外れを見れば公衆浴場の様な跡もあった。
 今は水も無く干上がっていたが、まず間違いなく風呂だろう。
 屋外に風呂を造るのは、騎馬民族ホースニアンと呼ばれる種族しか彼女は知らなかった。

「ここは、騎馬民族ホースニアンの集落だったのか?」

「彼らはホースニアンと言うのか。半人半獣の……馬の首から上が人の上半身に置き換わったような姿だったが」

 男は、正にホースニアンの姿を伝え告げながら、歩を進めた。
 そして、黒い筋が幾重にも刻まれた岩の近くにある、他と違い原形をとどめている家屋に足を踏み入れた。

 如何やらここが男の住処らしい。


 屋内は男が住みやすい様に手が加えられていた。
 呪術師か薬草師が主に使う木の実や薬草を磨り潰すための薬研《やげん》や、枯れ草を集めただけの簡易な寝床が隅にあり。
 中央には、灰を詰め込んだ口の広い壺があった。
 中には焼けきった炭の跡がある。
 これを暖炉の代わりにしているらしい。
 その他の大小の壺には飲み水や食料を保存している様子から、男がここに住み着いてそれなりの月日が流れている事が察せられた。

 屋内を観察していたロズワグンを、男は床に降ろせば一息ついたように息を吐き出す。
 
「傷は痛むか?」

「痛まねば抱えられたままでいる物か。――とは言え、だ。その、助かった」

 窮地を助けてもらい、一息付ける場所まで運んでもらったのは事実である。
 この先何をされるのか、不安が無いでもないが、あのまま死ぬよりはマシだ。
 その様に考えるロズワグンが、礼を述べようともごもごと口を動かす間に、男は小さな壺から乾き切った草を取り出して中央に窪みがある舟形の器具の上に置く。
 そして、ロズワグンに一瞥を与えてから、中央に持ち手のある円盤状の器具で磨り潰し始める。

「挫いた程度であれば、この薬草を染み込ませた布でも撒いて固定すれば、明日の朝にはよくなる」

 ゴリゴリと薬研を動かし、薬草を磨り潰す音を響かせ始めれば、男は黙ってしまった。
 何とも不思議な男である。
 
(まるで隠者だな……)

 普段の自身の生活を棚に上げて、ロズワグンはそんな評価を下した。

 程なくして、水に溶いた薬草が染み込んだ布地を右足首に巻かれたロズワグンは、屋内で安静にしていろと言う忠言に従い、座り込んでいた。
 あの男は、外で所要があると席を外しており、今は一人だ。
 だだっ広い屋内の中央に置かれた灰を満たした壺には、炭が入れられ、屋内を温めている。
 ここは北の大地、春先とは言え夕刻が近づけば近づくほどに気温が下がってきたのだ。
 暖を取ってはいるが、元がホースニアンの住居であれば人型種には大きすぎる造り。
 故に、灰壺(ロズワグンは灰の満たされた壺をそう命名した)の傍で膝を抱えて、顔を伏せて、火の恩恵にあずかりながら彼女は微睡む様に時間を潰していた。

 何もすることが無い時間は、彼女を急き立てる。
 弟グラルグスを、裏切り者を殺さねばならないと言うのに……。
 だが、今の自分にはそれは出来ないだろうと言う事も、先程の経験から分って居た。
 
 聖騎士。
 死なない騎士と噂された彼らは、正に化け物だった。
 故国の戦士の死体を集めて作った狂戦士すら、聖騎士一人を倒すことなく失ってしまった。

「このままでは……」

 残された家族がどんな誹《そし》りを受けるか。
 いや、どんな目にあうかすら分かった物ではない。
 老いた父母は弟の裏切りの責任を取らされて、牢に入れられるか、最悪、殺される。
 叔父の手によって。

 如何すれば良いのか、皆目わからないままに悲嘆に暮れていたロズワグンだが、不意に頭に付いている耳をピンと立たせて周囲を伺った。
 彼女の狐に似た耳が奇妙な物音を捉えたのだ。
 獣が叫ぶような、鋭く、しかし長く響く声と、何かがぶつかる様な凄まじい物音。
 一瞬、先程の聖騎士が、自分達の後を追って現れたのかと身構えた彼女だが、咆哮に耳をそばだて、そうではなさそうだと気付いた。

「何……だ?」

 呟き痛みを堪えて立ち上がれば、建付けがすっかり悪くなった扉の隙間から外を伺い見る。
 すると、彼女を助けた男が奇妙な行いをしているのが見えた。
 やはり、あの咆哮は男の声だったかと、ロズワグンは納得しながらも、彼の行いを観察した。

 男は、黒い筋が付いた岩から数メートル離れた所で木の棒を振り上げていた。
 聖騎士相手に用いたあの異様な構えだ。
 木の棒を握る右手を掲げ、左手は木の棒にそっと宛がわれているのみ。
 剣を振るうと言うよりは、子供が遊びで棒切れを片手で振り上げている様な印象しか受けない。
 
(一体何を……)

 そうロズワグンが思った刹那、男が咆哮を上げて岩に駆け寄る。
 鋭く、しかし、尾を引く咆哮が終わる間に、二度、岩を木の棒で叩き付けて、駆け去る。
 反対側に回れば、再び似たような距離を空けて、片手を振り上げ、叫びと共に駆けより振り下ろす。
 剣の訓練なのだろうが、ロズワグンの知る剣の訓練と大きく違う事に彼女は驚き目を瞠《みは》っていたが、ある事に気づき更に目を瞠った。
 男が振るう木の棒こそが、岩に残る黒い筋を刻み付けた張本人だと気付いたからだ。
 凄まじい速度で振るわれた木の枝が、摩擦熱で岩に黒い筋を残しているのだ。
 尋常ならざる打ち込みである。
 そして、更に驚くべきことに気づき、彼女は唖然とした。
 男が打ち付けているのは岩である。
 凄まじい速度で打ちつけているのに、何故に木の棒は折れないのか。
 それが男の業《わざ》であるならば、奇妙な男と言わざる得ない。
 いや、尋常ならざる男か。

 それから、陽が沈むまで男はその行為を反復した。
 飽きると言う事を知らないように、何度も、何度も、何度も。
 それを見つめるロズワグンもまた、何故かは分らなかったが、飽きる事無く男の行動を見守り続けていた。
 
【第三話に続く】

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