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朝ドラ『エール』とワセダと父親の話

父は存命であるが、話題にすることはほとんどない。他人様に言うほどのことを言えないほどの人だからである。

80年以上生きて来て、二度だけ、ヒットを打った。打率は低いながらその二度のヒットが私の人生に影響している。

1本目のヒットは、私が高校1年の終わり。おそらく理系は無理だからと、文系に進む方向で手続きを終えていた。
「手に職をつけなさい。薬剤師がいいのではないか」

2本目のヒットは、ビッグマウスで自分の力以上の大学を、内心、無理だろうなあと思いつつ、強がって志望していた時。当時の共通一次試験でとんでもなく低い点しか取れず、ショックを受けてもなお、その大学を受けようとしていた。「地元の大学を受けなさい。これではその大学も無理な点数だろう」

かくして私は地元に残り、生涯の生活拠点の移動距離が数キロ圏内というちっちゃな人間になった。

私は地元に残る運命だったのだ。

それ以外は、他人様に言うほどのまともな話はない。

W大学を卒業した父は、こよなく母校を愛しているようだった。いたいけない子供の私を部屋に呼び込み、安いレコードプレーヤーで
「都の西北〜」から始まる歌を聞かせて、しかも歌わせた。
「ワセダ、ワセダ、ワセダ、ワセダ…」
何で私がこんなことしないといけないんだ?かなり迷惑な話である。そういう人なのだ。

ある日、本気か嘘か「マリちゃんが男だったら『イネジロウ』という名前にしようと思った」と言った。ワセダの稲である。男の子が欲しかったのだろう。その時は少なくとも、小さな次元で、女に生まれてよかった、と思った。いい迷惑だ。

ただ、父がこよなく母校を愛していることだけはよく分かった。
私立の伝統ある大学なので、卒業生は特別な愛校心があるのだろう。少なくとも地元大学の私からはそう見える。

箱根駅伝、ラグビー、六大学野球、だいたいどの大会にも母校が出場するので、かじりついて見ている。

早慶戦などは燃えるのかもしれない。勝手な固定観念だが、W大学は芋くさく、K大学は都会的で洗練されたイメージだ。

さて、しょうもない父の話をして、本題がここからという、いつものパターンである。

今週はNHKの朝ドラ『エール』を全話見た。最近、朝ドラからご無沙汰していたが、『エール』は時々見ていた。

一切吹き替えなしで、本当に音楽、歌と演技の実力がある人たちが集まって、コメディー、ミュージカルタッチで明るくテンポよくドラマが進んで行く。

フィクション上、ちょっと名前がひねってあるだけで、実在のどの人物のモデルか分かる人が多い。私はギリギリその方たちが存命の頃を知っている年代だ。古賀政男さんは「木枯」という名前で、山田耕筰さんは「小山田」さんだ。藤山一郎さんのモデルもドラマに出て来ていたが、私からすれば『青い山脈』を歌い、紅白歌合戦の最後に蛍の光の指揮をする人だった。

また話が逸れた。歌の場面では、みなさんの歌唱力に圧倒される。歌が上手いと人の心を打つ。

さて、今週は主人公が、早稲田大学の応援歌『紺碧の空』を作曲するまでが描かれた。応援団長が、自分が応援団に入り、応援する理由を話すシーンには、不覚にも涙が流れた。応援団長を演じるのが三浦友和と山口百恵の息子とは知らなかった。二世など関係なく、感動させてもらった。

自分の思いを託して、その人に頑張ってほしいと思う気持ちが、「応援」。人を応援する気持ちは自然に生まれてくる。応援が、応援される人の力になる。人のための応援が自分のための応援にもなる。

そこに歌と音楽が存在すると、さらに力が生まれる。勝つ、負けるの尺度では悔しい思いも生まれようが、勝とうと頑張る姿勢を応援し、感動をもらっているというのが本当のところかもしれない。

ドラマの最初の頃、運動会の徒競走でこけてしまった主人公。立ち上がれずにいると、担任の音楽好きの先生が機転を利かせて、指揮をし、ハーモニカ演奏を始める。やがて少年は立ち上がり、何とかゴールした。

歌や音楽や応援が、人の心を打ち、応援される人の力を引き出す。その姿を見せてもらった、応援する側の人たちが、また明日から生きる力をもらう。

応援とは、エールとは、そんな気持ちなのかな、と愚考した。

さて、『紺碧の空』の歌詞の中にある「覇者 覇者 早稲田」の部分が作曲しにくい、と劇中で言っていた。一番強調する箇所の歌詞が「覇者」という「ハ行」だと力が出ないから難しい、と。出来上がった曲を聴くと
「覇者 覇者」から「早稲田」へのメロディの流れがとても自然で、感動した。
難しい理論のことは全く分からないが、未だに歌い継がれ、愛される歌ということは、曲としての作りがしっかりしているのだろうか、と、さらに愚考する。

ドラマの中で、早稲田を勝たせたい、と熱く語る学生たちを見て、身近にいるワセダ馬○を生まれた時から見て育った私は、ついつい父親の早稲田愛を思い出したくもないのに重ねて見てしまった。


長文失礼しました。

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