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味わう空気。

今年の寒さは例年に比べてどうなのだろう。
私は正直、12月という感じがしない。
大体この季節になると、年末の慌ただしさや、いかに寒さをしのぐかということばかりに気がいくのだけれど、今年は少し気持ち的に余裕がある。

ここ数年で、冬も悪くないなと思い始めた。
虫の声も聞こえず、花の香りもせず、生き物たちが息を潜める季節なのに。
閉め切った窓の結露さえ健気に見えて、外の厳しさを感じずにはいられないというのに。

この季節、外はしんとして静かだけど、全てを包み込むような大気は、さながらこっちのターンだと言わんばかりだよね。
圧倒的な支配力であらゆる生物たちを沈黙させてしまう。
けれどこれも欠かすことのできない季節だ、景色だ、と思う。

数年前、旅行でハワイに行ったとき、タクシードライバーのおじさんが「常夏は最高だよ!」的なことを言っていた。その時は羨ましさ半分で「そうですよね」と返したけれど、激しく同意とまではいかなかった。

私はハワイに住んだことがないから、偏った見方しかできない。
ただ私の気質が、常夏の国には似合わないような気がするというのは確かだった。なんか想像できないのだ。日に焼けた肌といつでも海へダイブできる快活さを備えた自分が想像できない。

じゃあ真逆である冬の必要性とは、魅力とは何だろうと考えると、パッとは浮かばない。
私は寒がりで冷え性でもあるから、春が待ち遠しいという気持ちが冬の間じゅう幾度となく込み上げてくる。
では秋の次に訪れるのは春でいいかと言われると、、否!

やはり冬をすっ飛ばして一年は終われない、と思う。
それほどに、年齢を重ねると同時に私自身の冬の経験値や魅力度も上がってきている気がする。

✳︎

先日、念願叶って冬のキャンプデビューを果たした。

まだ本格的な寒さに入る前だったことも幸いして、大自然の空気を楽しむ余裕もあった。
寒がりな自分が12月にアウトドアをしたいと思う日がくるだなんて想像もしなかったけど、今思えばハワイに住むよりも現実味があった。

寒空の下で焚き火を見ながら思った。
わたし、今「冴えてる」なって。
何かを思いついたとか、いい予感がするだとか、そういうことじゃなくて
今冴え冴えとした気持ちってこと。

ただ焚き火の暖かさが身に染みて、顔に当たる風が冷たくて、たまに爆ぜる火の粉が飛んできて、それだけで「今」が成り立ってる、と思った。

焚き火の火が消えそうなとき、念のために持ってきておいた火吹き棒が役に立った。
酸素を送り込んで火がボッと回る瞬間に安心感と少しの興奮を覚えた。

✳︎

現代人は過去と未来を考え過ぎっていう話をよく聞くけれど、それがなけりゃそもそも今という概念もないよね。
だから、とらわれるのは人間のさがだと思う。

焚き火ひとつでもそう。
そう長くは続かないと分かっている炎だから美しい。
じっと見つめながらもそれを絶やさぬように薪をくべて、この瞬間の暖かさに特別を感じる。

そう思えば、意識の中にある時の流れは、今や過去や未来とかいう明確な境はなくて、もっと混沌としたもののように思う。
いい感じに言えば、みんなゆらゆら漂う ”時の旅人” みたいなもんだ。

そういえば合唱コンクールで歌ったな、中学校の。たしか課題曲だった。
自由曲が私の学年では『心の瞳』っていう曲がダントツ人気で、それをかけてクラスの代表者がじゃんけんを行った末見事勝ち取ったという思い出がある。
メロディーはシンプルなんだけど、歌詞はすごく大人だなぁと思ったよね。「心の瞳で君を見つめれば…」って、すごい大人。

今あれこれ思い出してみると、合唱曲の歌詞って「時」というワードが多いな。まぁそうか、そういうもんか。
個人的には『タイムトラベル』っていう曲が好きだった。歌う機会はなかったけれど。
「ドアをしめてイスに座ったなら準備は完了さ 行くぞ」って歌詞が大好き。

話がそれたけど…そう、時を旅しながら漂っている。

とはいえ出来ることが限られている空間では、余計なことを考えなくなるのは事実だ。キャンプにハマる人たちの心境はこれなんだと思った。

選択肢の多さは豊かさでもあり、反面「いまここ」を遠ざける可能性もはらんでいるのだなと、何となく日々の生活を顧みた。

✳︎

翌朝テントから出ると、お日様がもう昇っていた。

薪はすでになくなっていたので、カセットコンロでお湯を沸かし、持ってきていたコーヒーを飲む。
朝のためにコーヒーを準備しておいた昨日の自分に感謝しかない。
立ち上る白い湯気がいっそう寒さを演出していた。
それもまた、心地良かった。

冴え冴えとした気持ちっていうのは、冬のせいでもあると思う。
空気の冷たさが、そうさせるのだろう。

白い吐息とか窓を濡らす結露とか、空気が可視化される現象に、あぁ冬がきたと思う。
いつも周りを漂っていたものが目に見えるって神秘的だ。

だからちょっとおしゃべりをやめて、その場にじっと佇んでいたくなる。

次はいつになるかな
そしてどこへ行こう。

寒さ対策をばっちり整えたら
冬の空気と景色に、また会いにいこうと思う。




ここまで読んでいただいたこと、とても嬉しく思います。