社会と向き合うということ

 結論から書くと向き合う必要は一切無いのだが、とはいえ一般に社会と呼ばれる環境での活動を数年行なったなら、そのような機会に嫌でも直面することはある。つまりは物質的な充足や立ち位置の確保を目的として、人間の集団において発生する構造や序列を意識した行為をとることが極めて有利に働く各場面で、適切なように振る舞うという話である。

 大学生の頃から(多分高校生の頃からかもしれないが)一つのことは明確に意識をしていた。誰かの役に立ちたくなく、仮に就労をするのだったら、誰かの役に立つことは積極的に避けようと思っていた。今でもその気持ちは変わってないが、修辞上は真逆の言い回しが効果的になる場面が極めて多く、そのため気持ちに反して「どれだけの価値を提供出来たか」という解釈に基づいた話ばかりをするようになった。

 どこに行っても人々は他人のことを考えている。ときにそれは同僚であったり、コミュニティのメンバーであったり、取引相手である。もしくは抑圧されていた女性や、連帯したくなる属性を持った人たちかもしれない。もしくはこの世界に存在しなさそうな人たちであった。ある人物。もっというと多くの場合対面してみると恐らく価値を提供する気が湧かないような人物に対して想像の翼を広げ、どれだけ存在しているのかも怪しい真意を解釈(よくこれは理解という言葉で語られる)し、かつそれを適切な人物に発揮出来るかという修辞で人は競い合っている。

 彼らがさも目の前にいて、どんな気持ちで日々を過ごしていて、そして特定のお題に対して彼らの行動が手に取るようにわかり、そして臨場感を持って披露できること。それによってのみある人物に与えられた価値というのは表現の形式を持つ。一般に想像力と表現される能力だが、こんな馬鹿みたいなイタコ芸の技巧で簡単に優劣がついていく。

 ある界隈において流通している「チンポを舐めて金を引く」という言い回しは、自分が考えるにここら辺の行為を指していると自分は認識している。しょうもないと思いながらも、小銭を稼ぐのに便利だから使っているというわけだ。この言い回しを借りると、チンポを舐めるのが下手な奴が上手い奴に殴られ、上手い奴は上手い奴で集まっている世界を何回も見てきた。

 自分はこの世界を内面化は出来なかったが、幸運にも嫌悪感は抱かなかった。自分の修辞のスキルの結果か(twitterをやっていてよかった)相対的に自分はイタコ芸が上手い方に分類され、上手い人間たちのコミュニティに入ることはそれほど難しくはなかったし、そういう場所で友人も作ることも出来た。そこにあるのは職能によるコミュニティではなく、上記を可能とするような特定の技能の集団に、特定の職能の色がついているだけのように見えた。この技能が不足している人物は、ウスノロとして見事にコミュニティから排除される。もしくはもっとひどい蔑称がついて、まるで人間ではないような扱いをされる。

 人間集団においてこの手の技能は便利で、かつ人間行動の予測という意味では精度が高い場合が多いのはわかる。確かに上記の技能の欠落によって問題が起きる場面には何回も遭遇した。人間の集団においてはとても重要な能力のように見えるが、本当につまらないものだという認識が拭えなかった。この世の中に存在する問題群の中でも、人間の気持ちというのはあまり非自明な現象が起きづらいものだという認識があるからかもしれない(それが事実かどうかは知らない)。

 社会で生きることによって、誰かの代弁をするのがどんどん上手になる。代弁できる人間の種類は、ある人にとっては出会ってきた人間の幅広さではあるが、自分にとってはあまり意味のない時間を過ごした証でしかなく、クリア済みのゲームの箱が積んであるような感覚がある。社会に耐えられるかという話は、この手の箱を積む行為/箱を数える行為に耐えられるかという話でしかない気がする。

 正しく開明的な社会は、おそらくは誰もが誰かのチンポを舐める必要がない世界なのかもしれない。事実として抑圧からの解放の形態を持つ運動は、上記のような主張をしている(と大まかに解釈できる)。ところが彼らの結論は、現実的な地点を考えた時に、抑圧者と非抑圧者の力関係の調整、つまりチンポを舐める比率の話をして終わる。正しく開明的な社会を目指す正しい運動があるなら、ぜひ支持したいと思っている。

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死ぬ前ぐらい好きに書かせろ

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コメント3件

私は幼稚園から高等部までエスカレーター式の私立でしたが私を含め周りのみんなは先祖代々お金持ちの家で育ちが良かったんですけど、社会に出て田舎から出てきた公立校出身の人たちを見てると人権がない地域で育ったのかと思わせられることが多々あります。ほわせぷさんは北海道の田舎であまり教育機会にも文化資本にも恵まれてこなかったことは今の自分を形成する要素が大きかったと思いますか?
不明です
誰もが誰かのチンポを舐める必要がない世界って、自分以外に人はいますか?
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