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【REVIEW】Villagers『Where Have You Been All My Life』

Villagers Where Have You Been All My Life

(2010年に発売された『Becoming a Jackal』より)

2008年に結成したアイルランド出身の5人組バンド、コナー・J・オブライアンを中心にいたロックバンド、Villagers。2010年にデビューアルバム『Becoming a Jackal』、2013年にセカンドアルバム『{Awayland}』、2015年には『Darling Arithmetic』をそれぞれ発売。アイルランドはもとより、イギリスを中心にしたヨーロッパで非常に大きな評価とチャートアクションを生み、高い評価を得ている。イギリスで栄誉ある音楽賞と目されるマーキュリー・プライズとアイヴァー・ノヴェロ音楽賞の2つにノミネート/受賞し、名実ともにビッグバンドへの歩みを進めているのがこのバンドなのだ。

彼らについての話を進める前に、ここで2015年のアイルランド共和国について一旦話さなければいけないだろう。

世界史の授業で習ったと思うが、アイルランドはイギリスが初めて獲得した植民地である、1800年頃の出来事だ。その後アイルランドは、1920年ごろにアイルランド独立戦争によって独立を勝ち取り、カトリック系のキリスト教とプロテスタント系のキリスト教との軋轢によってアイルランド共和国と北アイルランドの2国として存続している。現在は1500年代から続くとされているカトリック教会の影響からか、アイルランド社会は比較的に保守傾向が強かったとされていた。

ここに一石が投じられたのは、2015年の初め、アイルランドは同性婚を認める憲法改正の是非を問う国民投票が行われ、賛成多数で可決されたことにある。もちろんだが、これは世界で初めてのケースであり、しかも国民投票での可決ということもあり大きな波紋を巻き起こした。

これまでの歴史を鑑みても、政治や社会的な運動を続けてきた国と民なのは言うまでもなく、当然のごとくアイルランド生まれのコナー・J・オブライアンの心にも非常に大きな影響を与えた。アメリカのシンガーソングライターのジョン・グラントとの出会い、ゲイだとカミングアウトしている彼との会話から大きな影響を受けたという。

「いままさに自分が感じたことや湧き出てくるものを、できるだけシンプルかつわかりやすくしたいと思ったんだ。僕がこれまでの人生で経験してきた関係性や愛や喪失や、これまで自分自身が決して歌おうとしてこなかったものを詰め込もうと思ったんだ、まるで下剤を使って吐き出すような経験だったな」

さきほど申し上げた『Darling Arithmetic』は、まさに同性婚可決に揺れ動く2015年に発売され、非常に多くの支持を集めた。別段、彼の言葉にそれと匂わせるようなフレーズがあったわけではない、彼の真摯な歌声とサウンドスケープは、これまでよりも静かで大きな波となって、聴き手の心を揺れ動かした。小さな波紋がぶつかり合って、やがてひとつの波紋と成していく、それも非常に慎ましく、ゆっくりとした広がっていく。

実のところ、この『Darling Arithmetic』においてコナー・J・オブライアンはすべての演奏を務め、自身のスタジオを使い、自身の手によるミックスとプロデュース作品となっている。これまでのメンバーだったTommy McLaughlin、Danny Snow、James Byrne、Cormac Curranらは参加していない、このバンドがコナー・J・オブライアンのソロプロジェクトのように見向きされるのは、こうしたところも由縁であろう。己の声と手だけを頼りにして、自身の魂をえぐり取って音楽へ還そうと試みた1作と言えようこの作品、それまでのバンド隊とともに生み出してきた2作品とは、異なる質感を聴くものに与えてくれる。

(『Darling Arithmetic』からの先行シングル「Courage」)

今回とりあげる今作『Where Have You Been All My Life』は、これまで生み出してきた3枚のアルバムから選ばれた楽曲を、ロンドンにあるRAK Studiosにて再録した作品だ。

ベースにDanny Snow、ピアノ/シンセサイザーにはCormac Curran、これまでのバンドメンバーからは2人が参加、フリューゲルホルンにGwion Llewelyn、ハープ/メロトロンにMali Llywelynが加わり、コナー・J・オブライアンはボーカルとアコギを務めた。製作時間はわずか1日、ほぼすべてのテイクを1回ないしは2回のテイクで録っており、重ねどりなどのプロダクションもほとんど組んでいないという、スタジオライブ盤といえよう作品だ。それは先の彼の言葉通り、「できるだけシンプルかつわかりやすくしたい」という思いがあるのだろう。

エンジニアにはRichard Woodcraft、Radiohead『In Rainbows』、Savages『Adore Life』、Benjamin Clementine『At Least for Now』でエンジニアリング/マスタリングを務めている男だ。手がけてきた作品の多くがRAK studioでの作品なので、公式ページでは確認できないが、RAK Studioで専属エンジニアとしてRichard Woodcraftは働いているのかもしれない。

個別の部屋で録ったとは思えないような、音と音同士の緊密な距離感、その空気が1曲目の「Set the tigers free」から早くも聴き手を包み込んでいく。以前の楽曲と較べても、より音と声が聴き手にピタリと寄り添うように距離を近くしているのを強く感じさせ、それが彼が込める情念をよりダイレクトに伝えてくれる。おおよそこのスタジオの特徴が出ているのであろうし、コナーの意図がピタリとハマっているように思える。

(『Where Have You Been All My Life』に収録された「Set the Tigers Free」)

なぜかれは今作において、新たな音楽を生むのではなく、これまでの彼自身の楽曲をとりあげたのだろうか、その理由はこの1曲だけでも伝わってくるし、全編通せばよりハッキリと示してくれる。これまでの曲を決してないがしろにしているわけではなく、<いまの彼のモード/心の在り方としてアップデート>を果たしているのだ。そういえば去年2016年にはASIAN KUNG-FU GENERATIONが『ソルファ』を再録したアルバムを発売したが、彼らとコナー・J・オブライアンの意識はやはり近しい。

過去の楽曲、いまの自分の情念を込めると、いったいどんなマジックが起こり得るのか?ということ。これまでも、これからも素晴らしい、だがいまの僕の高ぶりと在り方を見てほしいという、そのエゴイズムが、静謐な音空間を生み出し、強い熱量で駆動しているのを感じ取れるはずだ。

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