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「自分も贈与でできていた」

あ、僕も友達少ないわ

元々は岸田奈美さんの「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった」を読もうと思っていたが、近内悠太さんの「世界は贈与でできている」に課題図書を変更した。そう思ったきっかけは、岸田さんのNoteを読んだこと。「あ、僕も友達少ないわ」って思って興味を持った。

そこらへんの漫画本も、トレンディなドラマも、いやになるほど流れてる歌も、友情はいいぞと言ってくるのだから。そうは言っても、思い当たる友だちがいない。

激しく同意(同情?)した。まさに「赤べこ」のように頷いた。小〜大学までそれぞれではたしかに「友達」はいた。でも、今でも連絡を取り、友達と呼べる人がいるか?と言われると、片手でも多いくらいしかいない。

実は、ここまで「友達」のことを散々書いておきながら以降友達の話は出てこない。この本はそれ以上に「大切なもの」を教えてくれたからだ。

無償の愛+シーシュポス+アンサングヒーロー=親

僕の人生を振り返ってみると。特筆することがないくらい平凡すぎる。特に変哲もない普通の小学校、中学校、高校、大学へ進み、そのまま就職して今に至る。就職先も一流大企業かというとそうでもない。大きな怪我も大きな病気もしていない。小さいときは病気がちだったくらい。何か表彰されたかというとそんなこともない。スポーツで活躍したかというとそれもない。

人に語れるストーリーを持ってる人を羨ましく思った。自分の人生は平凡でつまらないと思った。

でも、この本を読んで「平凡」であることが如何に大事だったかを知った。

親もまた、その親から、容姿が優れているとか才能があるとか、あるいは経済学的メリットといった「愛されるべき根拠」を欠いたまま育てられたのです。「私には育ててもらえるだけの根拠も理由もない。にもかかわらず、十全に愛されてしまった。」、つまり「不当に愛されてしまった」という自覚、気づき、あるいはその感覚が、子に「負債」を負わせます。(中略)つまり「反対給付の義務」が子の内側に生じます。反対給付の義務に衝き動かされた、返礼の相手が異なる贈与。これこそが「無償の愛」の正体です。

特別に秀でた所もない「平凡」な自分を、それでも育て上げてくれた親から受け取っていたのは紛れもなく「無償の愛」だったことに気づいた。

その功績が顕彰されない陰の功労者。歌われざる英雄(unsung hero)。アンサング・ヒーロー。それはつまり、評価されることも褒められることもなく、人知れず社会の災厄を取り除く人ということです。この世界には無数のアンサング・ヒーローがいた。僕らはあるときふと、その事実に気づきます。その気づきは、この文明が「丘の上におかれた不安定なボール」だと気づくのと同時に訪れます。

自分の人生が「平凡」であったのは、間違いなく、親が「丘の上におかれた不安定なボール」として成り立つ生活の中で、無償の愛でもって僕を落とさないよう支え、降りかかる災厄を振り払い続けてくれていたからだ。だから、僕は何事も起きない「平凡」な日々を過ごしてきた「ように感じられた」のだ。陰では親の人知れない、想像出来ないような数々の無償の愛と功労があったに違いない。

本の中では、「シーシュポスの不幸」が引用されていた。神から岩を山頂に運び続ける罰を受けたシーシュポスが最終的には「すべて、よし」と運命を理解し受け入れる寓話である。運んだ岩は何故か山頂で必ず転がり落ち、シーシュポスは何度も岩を山頂へ運ぶ。その不条理さをどうしてシーシュポスが受け入れられたのかについては寓話の中に書かれていない。しかし、著者の近内さんによって一つ解釈が提案されていた。

シーシュポスは、この世界が無秩序で混乱に満ちた場所になるのを、未然に防ぎ続ける存在の比喩と見ることはできないでしょうか。

まさに親の存在そのものだと思った。「平凡」な日常を送り続けられるように支え、何度落ちてもすぐ拾い上げて元の位置に戻してくれていた。親は自分にとってのシーシュポスであり、アンサング・ヒーローなのだ。

「平凡」であることにある種の劣等感を抱いていた。しかし、「世界は贈与でできている」は「平凡」であることは誇れることだと教えてくれた。今は親への感謝の気持ちでいっぱいだ。この感想文を書いている間に感謝の気持ちでいっぱいになって何度か詰まってしまった。(もちろん書く内容にも迷って何度も詰まった。)実家で家族に会いたい。今年は正月以降一度も帰れてない。ただ、年末も帰れなさそうな状況なのが非常に残念だ。

次は「贈与のメッセンジャー」に

親からの「贈与」に気づいたことで親の「贈与」は成立した。次は僕の番だ。贈与をつないでいく負い目を受けた。僕は、これからの人生で「贈与」できる人間になる決意の元、この感想文を読んで頂ける方々にこの感動を「シェア」します。「シェア」することは「贈与」の始まりだから。

以上が、「世界は贈与でできている」の読書感想文です。岸田さんとコルクの皆様にはこのような貴重な機会とこのような素晴らしい本に出会える機会を用意して頂いたことに感謝します。近内さんには「贈与」という素晴らしい概念を分かりやすくまとめて頂いたことに感謝します。歴史の中で多くの偉人たちの引用を用いて解説されているところが、「世界は贈与で出来ている」ということを証明しているようで、説得力が素晴らしかったです。また、座談会で直接お話しさせて頂いた事も非常に貴重な機会となりました。

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