【ポジショナルプレー第5回】ベティスvsレアル・マドリー 数的優位を破壊するマドリーの超攻撃的プレッシング

今回のお題はリーガ・エスパニョーラ、“対ポジショナルプレー”の解説。「何か面白い事は無いだろうか」とたまたま見たベティスvsレアル・マドリーで、マドリーがまさかの3バックを採用。しかもマルセロもベンチだし一体どうなってるんだ、と続けて見ていた所、マドリーが実に面白いプレッシングを実装している事に気が付いた。レアル・マドリーと言えば、前線にタレントを揃える代わりに守備は手薄で、守備の事はDHやCBに丸投げというシーンが多々…というイメージが少なくとも銀河系の頃からある。そんな時代を生き抜いたサンチャゴ・ソラーリ監督が、ポジショナルプレーを志向し、好事家の評価も高いベティスを叩き潰すためにチームに植え付けたプレッシングが実に見事なものだったので、以下で解説しておきたい。

まず両チームのシステムから。ベティスは守備時451⇔攻撃時433、マドリーは守備時532⇔攻撃時3142だ。

賢明な方ならまずここで気付く事があると思う。それはベティスの攻撃時とマドリーの守備時を考えた時に、『両チームのシステムが全てのエリアで噛み合っている』事だ。『システムの噛み合わせ』は試合を見る上で1つの物差しとなるもので、両チームのシステムを把握する事は、その試合で起こりうる展開を予想しやすくなる事に繋がる。例えば、攻撃時442のチームAが守備時532のチームBと相対したら、AのSHがBのWBをサイドでピン留めする事で、AのSBには時間とスペースが得られるだろう。Bの中盤は3センターで、ピッチの横幅に比べて人数が足りないので、横にスライドするにも時間が必要(中盤が4人であれば、3人に比べて1人1人のスライドする距離が短くなる。なので3センターの場合はサイドのスペースが空きやすい)。その間にAのSBは自由を謳歌できる。AのSBがパスを捌ける選手であれば、Aはポゼッションの時間を長く確保しつつBをゴール前へ押し込む事ができるだろうな…等。勿論これは盤面上での展開予想であって、実際にピッチ上で起こる事が同じとは限らない。しかし、それぞれのシステムの強み弱み、相性を知っておく事が観戦上の助けになる事が多いのもまた事実だ。

閑話休題。この試合では、ベティスの2CBにマドリーの2トップ。中盤は3センター同士。両SBと両WB。3トップに3バック。この通りシステムが噛み合っており、盤面上では完全なマンツーマンが出来上がる。従って、目の前に居る自分のマークするべき選手にそのままプレスに行くだけでプレッシングが掛かるはずだ。

しかし実際のピッチでマドリーが披露したプレッシングは上記のようなシンプルなものではなかった。そして、そこにこそベティスの狙いを叩き潰すためのソラーリ監督の仕掛けが隠されていたのであった。

実際のプレッシングの形を解説する前に抑えておくべきポイントとして、「ベティスはポジショナルプレーを志向し、死んでもボールを繋ごうとするゲームモデルを採用している」という点が挙げられる。ベティスはアンカーのウィリアム・カルバーリョを中心とし、GKパウ・ロペスを積極的にビルドアップに組み込む事で11対10の数的優位を用いてボールを前進させ、敵陣へ運んでいこう、という狙いがある。攻撃側のGKが足元の技術に優れ、ビルドアップに参加できると、本来10対10で互いに攻撃と守備をしているはずのフィールドプレイヤーに『もう1人のフィールドプレイヤーが加わる』事になる。しかし、守備側のGKがゴールを離れて攻撃側のFWをマークするといった芸当は常識的に考えて不可能なので、ここで晴れて11対10の数的優位が完成する。つまり、ベティスから高い位置でボールを奪おうと考えた時に、マドリーは圧倒的に不利な状況からスタートしなければならなかった。

この絶対的な数的不利の状況を打破するためにソラーリ監督が考えたのが、『ベティスの2CBに2トップをそのまま当てるのではなく、1人はCB、1人はアンカーを見させる』事だった。主にベンゼマが右CBマンディ、ヴィニシウスがアンカーのウィリアム・カルバーリョを担当する事で、GK-CB-CB-アンカーの菱形で形成されるベティスの自陣ゴール前からのビルドアップを阻害。GKから『マドリーのゴールへ最短のパスコース』となるアンカーへのコースをまず潰したのだ。同時に、ヴィニシウスはアンカーをケアしながらGKまで2度追いし、連続してプレッシングに行くタスクも背負っている。若く体力的に余裕があり、スピード豊かなヴィニシウスがアンカーから一気にGKに詰める事によって、「どこにボールを展開しようか」と考えるGKから『思考と判断の時間を奪う』『正確なキックをさせない』狙いがある。上記の特徴を持つ彼がこのタスクを任されている事は納得がいくものだ。

しかし、このままでは左CBバルトラがフリー。足元の技術に優れる彼を放置しては意味がない。ではどうするか?答えは『3センターの右、インサイドハーフを務めていたモドリッチに追わせる』であった。なお、「列を降りてスペースでボールを受けようとする相手をどこまで追うか?」は高い位置でのプレッシングを志向する際には事前に決めておかなければならない。時にはPA内でGKからのパスを受けようとするバルトラだったが、モドリッチに与えられたタスクは「ロッカールームまで追っていけ」の類だった。

こうして自陣ゴール前での菱形ビルドアップを阻害されたベティス。このままではボールを前進させる事ができないので、「ボールをどこに逃して前進させて行くか?」という問題を解決しなければならない。ここで、ゴール前の菱形だけではボールを前進させられない時のセオリーに従ってベティスはボールを動かそうとする。

・菱形+1として、インサイドハーフが辺の間(CB-アンカー間)に降りてきて受ける
・大外レーンに張ったSBにGKからミドルパスを通す
・割り切って前線に蹴り飛ばす

以上の3つだ。しかし、これもマドリーの想定内の行動であり、ソラーリ監督はそれら全てに準備をしていた。まずはWBカルバハル&レギロンを敵陣内の高い位置へ進出させた上で“中央に絞らせ”、ベティスのインサイドハーフがピッチ中央で降りて受ける動きを牽制しつつ、ベティスのSBにボールが入った際には即座にプレッシングに行けるように準備。先程のアンカー→GKへと2度追いしてプレッシングを行うヴィニシウスのように、『1人で2人を見られるように』配置を整えた。それでもなおベティスのインサイドハーフが降りて受ける動きには3センターの残り2人、カゼミーロとバルベルデが付いて行って迎撃。こうなると自陣はベティスの3トップとマドリーの3バックで3対3だが、マドリーのCBはナチョ、セルヒオ・ラモス、ヴァランと「1対1の強さなら世界トップレベル」の3人だ。前線のプレッシングにより精度が落ちたロングボールなど意に介さない、といったように尽くを跳ね返す光景が何度も披露されるのは当然だった。

それでは実際のプレーを見ていこう。

GKロペスがボールを持っているシーン。ベティスはGK-CB-CB-アンカーの菱形を形成してビルドアップを行おうとしているが、右CBマンディにはFWベンゼマ、アンカーのウィリアム・カルバーリョにはFWヴィニシウス。左CBバルトラにはIHモドリッチが付いている。WBは中央に絞りながらSBにいつでも行ける体勢。菱形の辺の間に顔を出して受けようとするIHロチェルソ&グアルダードはアンカーのカゼミーロとIHバルベルデが付いて行っている。GKロペスは左CBバルトラにパスを出すが、そこでパスコースを全て潰され窒息。苦し紛れに出したパスを中央でカットされてショートカウンターを食らう。

2つ目はベンゼマ、ヴィニシウス、モドリッチの役割が多少入れ替わりはしているものの、1つ目とほぼ同じ風景が広がっている。ベンゼマ、ヴィニシウスの所でプレスが掛かっていない際に、モドリッチがウィリアム・カルバーリョをまず見ながらバルトラを押さえに行こうとしている部分で、チーム内で「アンカーのウィリアム・カルバーリョを使ったボール前進だけは絶対に阻止しろ」と共有されている事が解る。なお、ベティスはゴールキックもアバウトに蹴り飛ばさず、極力ショートパスを繋いでボールを前進させようと志向しているため、マドリーもベティスのゴールキックの時点でこのプレッシングの構えである。一度アウトオブプレーとなり、相手がポジショニングを整える時間があるのなら、こちらにもその時間があるはずだ、と。ナチョのファウルスレスレのプレーからセルヒオ・ラモスがボールを奪取し、ショートカウンター。ベティスはビルドアップのために選手が大きく広がり、“横幅を広く、縦幅を深く”ポジショニングしているため、ボールを奪われた際に守備陣形を立て直す、“再集結”に時間が掛かる。だからマドリーのショートカウンターが面白いように刺さる。

3つ目も同じ。ベティスの自陣へのバックパスとCB同士の横パス、GKへのバックパスでそれぞれプレッシングのスイッチが入るマドリー。マドリーのプレッシングの圧力に思考時間とスペースを奪われ、『数的優位のはずなのに自陣で窒息している』

ここまで見ると解ると思うが、このマドリーのプレッシングは『GKをビルドアップに参加させて数的優位を作り、極力ショートパスを繋いでボールを前進させるチーム』に対するアンサーである。1人で2人を捕まえるポジショニングの妙と2度追いにより、相手の数的優位を感じさせなくする仕組み。加えて「絶対に1対1に勝ってくれるCB3人の存在」がこのプレッシングを成り立たせている。言い換えれば、「CBの質的優位」が必要になるため、このプレッシングを実装できるのは世界広しといえど、マドリーとユーベぐらいしか思いつかない。例えばリバプールにはファン・ダイクがあと2人は必要だ。

個人的には、同じようなビルドアップを志向しつつもベティスよりも更にレベルの高い選手達を揃えたシティと当たった時に、ソラーリ監督が同じプレッシングを採用するのかは見てみたいところだ。

では最後に、「何故このような手の込んだプレッシングを仕込んだか」について幾つかの疑問に答えて終わりとする。

Q.システム同士噛み合っていたのに、わざわざこんな手の込んだプレッシングを選択した理由は?

A.2CBに2トップがプレッシングに行くまでは良いが、アンカーを見るのがアンカーだと距離が遠い。「どこまで付いていくのか?」と考えた時に、アンカーがCB間に落ちてビルドアップを始めたとすると、そこまで付いていくのはあまりに負担が大きい。数年前のFC東京での高橋秀人の暴走を思い出すと解るはずだ。また、1対1に絶対的な強さを誇る3バックが放り込まれたロングボールを跳ね返す設計になっているので、セカンドボールの回収役として、なるべくならばカゼミーロを動かしたくなかった。だからカゼミーロがベティスのIHを迎撃に出ていかなくてもなんとかなるようにWBが中央に絞るタスクを与えられている。

Q.何故マルセロがベンチだったのか?

A.この試合のマドリーのWBは、自陣に引いて守る際はDFラインに入って5バックを形成して532で守り、前線がプレッシングに行く構えを見せた時は、必死に縦スライドして前線に連動しなければならなかった。そのため、より若く、運動量があるレギロンがチョイスされたものと思われる。

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