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このことが無かったら五足のくつはできなかったに違いない その17.

三日月の日の五足のくつの夕暮れは特に美しい

その17.『弟の夢』

ちょうどその頃、
弟が伊賀屋の調理をやっていたのだが、 彼はまだ当時20代で、
もう一度、都会の空気を吸いたい、 と思っているような節があった。
彼は、幼いころから手が器用で、
寿司屋かラーメン屋になりたいとよく言っていた。
中学を卒業する際には、 自分で京都の和菓子屋さんをさがしてきて
そこに就職すると言っていたが、
両親に説得されて鹿児島の調理科のある高校へ止む無く進学した。
その後、製パンメーカーに就職してパン作りのプロとなった後、
その知識と技術を活かして、
モスバーガー本社で企画などに携わり、活躍していたが、
体を壊し、伊賀屋へ帰ってきていたのである。

「東京でラーメン屋をしないか」と誘うと、二つ返事だった。
とても喜んでいた。
それはそうだろう、 幼いころの一度は捨てた夢が実現したのだから。
早速、指定された日に、そのラーメン店に向かった。
店内はとても清潔で、弟は気に入ったようだった。
ラーメンを試食して、その味にも納得していた。

ところが、である。
レシピを指導するはずだったそれまでの店長が
忽然と姿を消してしまったのである。
パートの人たちも帰ってしまったその店に、
取り残されたようになってしまった弟と私。
いったい、どうすればいいのだろう。


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