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竹の王 サハ

さる地方の集落。アスファルトが敷かれたそこそこ狭い路地に面して、一軒家が建つ。

塗装もない灰色のコンクリートの壁に、アルミのサッシ。それも「打ちっぱなし」などと呼べるような、洒落たところなどまるでない壁。灰色のブロック塀も、これまた洒落っ気のかけらもない。

しかしその塀の向こうには、こんもりと樹が茂り、家の形がしかとは分からない程、深緑の葉に覆われている。また、家は路面よりもいくらか高い位置にあって、階段を何段か登ったところに、アルミサッシの玄関があった。

その後ろは山になっているようで、庭の木も、山の森へと続いているようだ。建物だけ見れば、簡素で無骨なのに、全体として見れば、神殿のような威厳もある。沖縄の御嶽で時々そうしたものを見かけるが、まさに御嶽の雰囲気があった。

アルミサッシの玄関の扉は開いていて、その奥は黒々とした闇であった。その闇から、ふと、一人の老婆が出て来た。
銀髪を後ろにまとめた老婆は、しっかりとした足取りで、玄関の前に仁王立ちとなった。細く見開かれた目や、への字に結ばれた口には強い意志が感じられ、かくしゃくとしている。背は低いが、肉付きは良く、背筋も伸びている。

その老婆が、階段の上から、私を見下ろして、目が合った。そして、老婆は無言で促すように、きびすを返して、ゆっくりと家の中へ戻って行く。私は階段を登り、老婆の跡を追って、玄関の暗闇へ飛び込んだ。

暗闇の中に、青い光が明滅している。それは、透明なカプセルのようなものの中から発せられていた。カプセルは、上の方が太く、下の方が細くて、全体に湾曲した形だ。太くなった上の方は、横に筋が通って、節のような形になっている。そのすぐ下に、三つの円が描かれている。これらは、全て、透明な物質で出来ていて、中から発せられる青い光によって、その形状を確認できた。

「これは竹の王じゃ」

横に並ぶ老婆が言う。そう言われてみると、節の形など、竹によく似ている。暗闇に目が慣れて来ると、透明のモノは、上にも下にも、もっと長く続いていた。そして、透明なのは、最初に見えた、一部分、一節分だけであり、透明な節の上に続くところも、下に続くところも、少し青みがかった、不透明の緑だった。

それは、まさに竹であったが、目の前にある透明な一節も、湾曲して複雑な形状であるとともに、細い部分であってさえ、私が両腕を広げても、なお大きく余りある程の大きさだった。また、上も下も、どこまでも果てしなく長く続き、暗闇に吸い込まれて、その大きさは計り知れなかった。不透明な節も、抽象画のように複雑に捻じれた形状を描き、この世ならぬものを感じさせた。これは、確かに「王」という名にふさわしい竹であった。

「またの名を、人工生命体サハという」

何と、この巨大な禍々しき竹は、人の手で作られたものだという。人工生命体、それが機械なのか、バイオテクノロジーで生み出されたキメラなのか、その両方なのか、それはよく分からない。しかし、とにかく、今の人類の技術で作られたものではなく、はるか太古、現代を上回る技術を持った文明が作り上げたものだということだ。

そして、このサハという巨大な竹は、人類を滅亡の危機に陥れるようなものであり、いにしえ、ここに封印されたものだという。封印されたが、今に至るまで、生きている。明滅する青い光が、その証だ。老婆は、この封印された化け物の竹を、見守っているらしい。

「実は、世界中に生える、全ての竹も、サハの眷属なのじゃ」

言われた瞬間に、これまであちこちで、自分の目で見て来たものはもちろんのこと、本、テレビ、インターネット、ありとあらゆるメディアで目にした竹、竹、竹林が目に浮かんだ。あれが、全て、このサハの眷属だなんて。眷属の竹に、王たるサハ程の力はない。けれども、彼らは、サハの目となり耳となり、人類を監視している。そして、王たるサハが目覚めた時、彼らは──

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ここで目が覚めた。目が覚めて、最初に気になったのは、「サハ」という名だ。
「サハ」と言えば、かつてヤクートと呼ばれた、ロシア東部に住むテュルク系民族の自称だ。この夢に出て来る「サハ」と、ロシアの「サハ」との関係は、不明である。そもそも、極寒のシベリアに位置するサハの居住地域に、竹は生えないのではないか。

もう一つ思い出したのは、「猪笹王(いざさおう)」と呼ばれる、紀伊半島の大台ケ原山系に現れる魔の存在である。妖怪「一本だたら」として恐れられ、高僧によって封印されたが、毎年十二月二十日は、好きに暴れることを許されており、当地の人々は外出を控えると伝えられる。竹と笹は近縁種であり、封印された「王」ということでは、夢の中のサハと共通する点がある。

夢を見たのは、2019年7月30日の朝。

ヘッダー画像は、奈良県に近い、京都府南部の井手町にある、橘諸兄の墓。竹林に囲まれている。かつては「葛城王」と呼ばれた皇族であり、晩年失脚し、息子が乱を起こして捕まり、獄死したと言われる彼も、「封印された王」の趣がなくもない。


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