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虎になった夢を見ていた

昼、ドトールで新しいミラノサンドを試しながら、夏目漱石『吾輩は猫である』の続きをKindleで読む。猫が虎になる夢を見ている。私は作品を支配する落語的/江戸庶民的な呑気な世界観に浸りきっているので、この程度のくだらなさは、心地良いものとして感じるようになっている。

ある日の午後、吾輩は例のごとく椽側へ出て午睡をして虎になった夢を見ていた。主人に鶏肉を持って来いと云うと、主人がへえと恐る恐る鶏肉を持って出る。迷亭が来たから、迷亭に雁が食いたい、雁鍋へ行って誂らえて来いと云うと、蕪の香の物と、塩煎餅といっしょに召し上がりますと雁の味が致しますと例のごとく茶羅ッ鉾を云うから、大きな口をあいて、うーと唸って嚇してやったら、迷亭は蒼くなって山下の雁鍋は廃業致しましたがいかが取り計いましょうかと云った。それなら牛肉で勘弁するから早く西川へ行ってロースを一斤取って来い、早くせんと貴様から食い殺すぞと云ったら、迷亭は尻を端折って馳け出した。吾輩は急にからだが大きくなったので、椽側一杯に寝そべって、迷亭の帰るのを待ち受けていると、たちまち家中に響く大きな声がしてせっかくの牛も食わぬ間に夢がさめて吾に帰った。すると今まで恐る恐る吾輩の前に平伏していたと思いのほかの主人が、いきなり後架から飛び出して来て、吾輩の横腹をいやと云うほど蹴たから、おやと思ううち、たちまち庭下駄をつっかけて木戸から廻って、落雲館の方へかけて行く。

夏目漱石『吾輩は猫である』[Kindle版]青空文庫,Kindleの位置No.5287

Twitterで岩波書店が発行する「『図書』臨時増刊号”はじめての新書”」を知る。大型書店等で数量限定で無料配布するらしい。87人の著名人が出版社の垣根を越えて各々の「はじめての新書」を薦める読書案内が気になる。手に入れたいが、生活圏に大型書店がほぼ無い事実に思い当たる。

ジムでトレーニングしながら、『ミメーシス』第十三章を読む。取り上げられるのはシェイクスピア。オデュッセイアと旧約聖書から始まる第一章から読み続け、ようやく、といった感がある。

様式混合の数々の要素について、このわずかばかりの行の中で、実に多くのことが言及されたり、ほのめかされたりしている。たとえば肉体的生物性という要素、卑しい日常的な対象という要素、身分の高いものと低いものとの混淆という要素など。<中略>

シェイクスピアの悲劇には、こういう要素がすべてふんだんにでてくる。肉体的・生物的なるものの描写は数多い。ハムレットはふとっていて息切れがするし(異本によると彼は「ふとっている」fatのではなく「暑い」hotのである)、シーザーは歓呼して迎える群衆の臭気にあてられて失神してしまう。『オセロー』の中のカシオは酔っぱらっている。飢えや渇き、寒さや暑さは悲劇の主人公たちをも襲うのである。

E・アウエルバッハ(著)篠田一士・川村二郎(訳)『ミメーシス 下 ヨーロッパ文学における現実描写』筑摩書房,p.094

著者は、本書を貫くキーワードである”様式分化/様式混合”の観点からシェイクスピアの新しさを分析する。かいつまんで説明すると、内容に応じて題材や文体を区別するのが”様式分化”、区別しない/従来区別されていたもの同士を敢えて混ぜるのが”様式混合”。前者は、例えば、悲劇であれば卑俗な/庶民的な題材は扱わず、俗っぽいものより格調高い文体を用いる、などの様式を遵守する傾向がある。シェイクスピアの作品群は、17世紀に興隆したフランス古典主義の厳しい様式分化に反抗する”様式混合”の典範であったという。

シェイクスピアは崇高と卑小、悲劇性と喜劇性を混合して、実に無限ともいえるほどゆたかな色調の濃淡を作りだす。悲劇的なものがときどき同じように突如として響いてくるあの童話めいた空想的な喜劇をもここに加えると、いよいよゆたかさが増す。彼の悲劇の中では、終始同じ一つの調子の高さの文体で書かれた作品はない。『マクベス』においてすら、門番のグロテスクな場面(第二幕第一場)がある。

同上,p.101

夜、Amazonからのおすすめで、なんとなくタイトルが良いのとweb上の評判の高さから、『来世は他人がいい』という漫画の1巻をKindleで購入して読んでみると、止まらず2巻も購入する。広義の恋愛コメディの範疇にあるが、平凡な女性が異常性格の男性に振り回されながら相手の理解を深めていく、というようなよくある展開にはならない。時折、女性側も相手の男性を凌駕するほどぞっとする顔を見せ、お互いが相手に対する理解を常に裏切り、裏切られる展開が続く。主役の二人の間で、一方向ではなく双方向で相手に対する理解が次々と更新されるのだが、まだまだ二人とも底が知れない≒いつ更新が終わって二人の関係性が安定するか分からない点にスリルがある。しかしよく考えると、それは人間関係を構築するときの普遍的なプロセスのようでもある。

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・ノーベル物理学賞日本の受賞決定ならず(日テレNEWS24)
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