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「人間中心設計」と「デザイン思考」と「サービスデザイン」の関係

「人間中心設計」と「デザイン思考」と「サービスデザイン」という用語は、様々な文脈で、その時々で意味をあいまいにして使われます。
その理由は、プロセス・思考法として向き合い方が似ていたり、取り扱う手技法がオーバーラップしていることにあるかもしれません。
そこで、関係を説明してみることにしました。

0.個人的理解

サービスデザイナーとして、私は提案書でこのように説明しています。

プロジェクトデザインプロセス
プロセス・進め方の企画と体系       :人間中心設計(HCD)
  HCDで行うためのマインドセット・思考法  :デザイン思考
  HCDを実践するメソドロジー手技法の体系  :サービスデザイン

ここで「人間中心設計」と「デザイン思考」と「サービスデザイン手法」とは、そもそも何なのでしょうか。よく引用される定義を確認していきます。



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1.人間中心設計(HCD)とは

まず人間中心設計についてみていきます。
人間中心設計は、ISOおよびJISにより規格化されている、システム設計と開発のプロセス体系 です、

ISO 9241-210:2010 provides requirements and recommendations for human-centred design principles and activities throughout the life cycle of computer-based interactive systems. It is intended to be used by those managing design processes, and is concerned with ways in which both hardware and software components of interactive systems can enhance human–system interaction.

ISO 9241-210(Ergonomics of human-system interaction -- Part 210: Human-centred design for interactive systems)

(Google翻訳)ISO 9241-210:2010は、コンピュータベースのインタラクティブシステムのライフサイクル全体における人間中心の設計原則と活動の要件と推奨事項を提供します。これは、設計プロセスを管理する人が使用することを目的としており、インタラクティブシステムのハードウェアコンポーネントとソフトウェアコンポーネントの両方が人間とシステムの相互作用を強化する方法に関係しています。

もう少しわかりやすい日本語での説明として、UX関連の必読書であり必須リファレンスである『UXデザインの教科書』では、以下のように記述されています。

システムの使い方に焦点を当て、
人間工学やユーザビリティの知識と技術を適用することにより、
インタラクティブシステムをより使いやすくすることを目的とする
システムの設計と開発へのアプローチ
(ISO 9241-210:2010)

ー安藤昌也. 千葉工業大学先進工学部知能メディア工学科 教授.
UXデザインの教科書 (2016)

JIS規格には、以下のように定義されます。

この規格は,コンピューターを利用したインタラクティブシステムのライフサイクルの初めから終わりにおける,人間中心設計の原則及び活動のための要求事項及び推奨事項について規定する。この規格は設計プロセスの管理者を対象とし,インタラクティブシステムのハードウェア及びソフトウェアの構成要素によって,人とシステムとのインタラクションを向上させる方法について取り扱う。・・・・

JIS Z 8530:2

ISOおよびJISの定義にあるように、人間中心設計とは、すなわち
人とシステムとのインタラクションを向上させる=主にユーザビリティの向上のために行なわれるプロセス体系です

1-1.具体的プロセス

このようなプロセスと定義されています。

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上記の図は、特定非営利活動法人人間中心設計推進機構WEBサイト内、組み込み技術者のためのユーザビリティ基礎講座 第6回「人間中心設計の次なる段階へ −プロセスアプローチの紹介」 より、図1:人間中心設計プロセス Human-centred Design Processes for Interactive Systems(JIS Z 8530:2000 − インタラクティブシステムの人間中心設計プロセス)を引用しています。

1-2.プロセスの実行

規格化されたプロセスですので、取り扱う方法が規定されており、取り扱える能力を認定する資格があります。認定資格を運用しているのは特定非営利活動法人人間中心設計推進機構で、人間中心設計のプロセス内に13のコンピタンスがあると規定しています。

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認定では、このコンピタンスを発揮されているか判定するために、各プロセスでよく用いられる具体的手法が示されています。(用いられる「べき」手法ではなく、時と場合により適切に使用とあります。)

1-3.注意したいポイント

ここで注意したいのは、これらの手法は「HCDの」手法ではないことです。HCD以外でも使われる手法であり、HCDプロセスで進めるにあたって「向いている」「適した」手法であるということです。
つまり、「この手法を用いたから人間中心設計なのである」ということではないということです。

1-4.従来からあるプロセスとの違い

似たサイクル図としてPDCAサイクルがあります。
決定的な違いは何かというと、
PDCAはシーケンシャル(順次的)にPDCA→PDCA→・・・と回していくサイクルであること(途中行きつ戻りつするPDCDCPAといった形にサイクルが進むことがないの)に対して、HCDはプロセスの途中で前プロセスへ戻るなどの柔軟性をもちます。 

また、従来的な ウォーターフォールプロセス では、
要件定義→設計→開発→テストのように前工程での結果が正しいものとして次の工程に進みます。
一方で、HCDプロセス や 後述する デザイン思考 では、前工程の結果の正しさは、次の工程で初めて判明する、という考え方をします。

このように、HCDプロジェクトは、非線形 かつ 出来高の管理しづらい進み方をしますので、一般的なプロジェクト・マネジメントのスタイルと異なります。よってHCDプロセスを適切に取り扱えるプロジェクトマネジメント手法にも注意・検討が必要となります。

※ウォーターフォールのプロセスが誤りだとか言いたいわけではありません。もともと建築プロセスですから、前に戻るのは物理的に不可能ですし、そういうプロジェクトもあります。なので、HCDプロセスは最初に「必要性を特定」します。

1-5.人間中心設計まとめ

・人間中心設計とは ユーザビリティの向上を行うプロセス体系である。
・従来的な ウォーターフォールプロセス には嵌まりにくい。

※アジャイル?と混同されるので、それはまた後日に言及します。



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2.デザイン思考とは

次にデザイン思考です。
デザイン思考は、協働的・反復的な仕事のスタイル、あるいはアブダクション(発想法)を用いた思考法のことです。

1972年に、心理学者・建築家・デザイン研究者のブライアン・ローソンが、問題志向の人間と解決志向の人間の差異を明らかにするための経験的研究を行ったことに端を発します。

自然科学専攻の学生は、なるべく異なる種類のブロックを用いて多くの組み合わせを作り、可能な限り早く出来上がるようなデザインを試そうとした。つまり、可能な組み合わせを用いて得られる情報量を最大化しようとしたのである。可能なブロックの組み合わせ方についての規則が発見された時点で、今度はレイアウトをどのような色にすれば課題を適切に解決できるかを考え始めた[問題志向]。対照的に、建築専攻の学生は適切に色づけられた境界線が出来上がることを目指してブロックを選んでいった。一度試してみて、もし組み合わせが上手く行かなかったら、今度はその次に良いとされる組み合わせでやり直していき、採用案が発見されるまでその作業を続けた[解決志向]。

—Bryan Lawson、How Designers Think

デザイン思考はまた、デザイナーが行うデザイン過程の認知的活動のこと、とも例えられることがあります。

デザイナーがデザインを行う過程で用いる特有の認知的活動を指す言葉である。

ーVisser, W. 2006, The cognitive artifacts of designing, Lawrence Erlbaum Associates.

2-1.一般的な認知

2005年ごろよりスタンフォード大学のd.schoolにおいて、工学系の学生に向けた形式的な方法としてデザイン思考が教えられ始めました。一般的に広く認知されているものとしては、d.schoolで用いられた「デザイン思考5つの"モード"」(d.school,stanford,2011)の図が有名だと思います。

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(Design Thinking Bootlegより引用)

またIDEOのティム・ブラウンによる図や

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Design Thinking in Harvard Business Reviewより引用)

ノーマン・ニールセングループの図などもご覧になったかもしれません。

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(Design Thinking 101 より引用)

このようなダブルダイヤモンドの図もありますね

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2-2.デザイン思考の本質

これら全てで表現されている大事なことは、
デザイン思考とは思考法であり、具体的・固定化された手技法を指すものではない ということです。
ましてや「単に付箋をつかって何かのワークショップすること」ではありません。

また一方通行のプロセスでもありません
d.schoolが5つの "モード"と言っているように、モード間を自在に行き来することで、より人間の心理(インサイト)に近づこうとする取り組み、向き合い方です。

2-3.Empathy

向き合い方として強調したいのは、例えば、Empathize(共感する)という言葉を使うことです。
日本語では Sympathy も Empathy も「共感」と訳しますが、d.schoolをはじめとして、デザイン思考では必ずEmpathyという語を使います。なぜなら、意味合いが違うからです。

Empathy
 他者の目で見て、他者の耳で聞いて、他者の心で感じる(≒憑依する)
 当事者の価値観や行動原則を尊重して、観察者が寄り添い追体験する力
Sympathy
 自分の目で見て 自分の耳で聞いて、自分の心で感じる(≒観察する)
 当事者の行動を外から眺めて、観察者が解釈する力

図にするとこうです。

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実は、これは大きな違いをもたらます。例えば以下のようなケースです。

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同じ「多い・・・」というインプットから、向き合い方の違いで全く違う解決策が導かれてきます。
ここに気をつけるようにしてください。

2-4.アブダクション(発想法)

Empathyベースでデザイン思考によって結論を導く方法として、アブダクション(発想法)を用います。

アブダクションは、インダクション(帰納法)やデダクション(演繹法)と同じく、アリストテレス哲学によって到達した論理的推論の方法です。

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アブダクションのツールとして、KJ法や親和図法が使われます。
KJ法というのは、これを考案した文化人類学者、川喜田二郎氏のアルファベット頭文字からとられています。(『発想法』中公新書、1967年;『続・発想法』中公新書、1970年)

このEmpathyによる向き合い方やアブダクションを用いた発見のしかたが、ユーザビリティの向上を目指すHCDのプロセスと親和性の高いポイントとなります。

ただし、HCDだからデザイン思考、デザイン思考だからHCDという単純な構造ではないことに注意してください。

2-5.デザイン思考まとめ

・デザイン思考とは、協働的・反復的な仕事のスタイルおよびアブダクション(発想法)を用いた思考法
・5つのモードを自在に行き来することで、より人間の心理(インサイト)に近づこうとする取り組み、向き合い方。



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3.サービスデザインとは

最後にサービスデザインです。

3-1.ふたつの意味

混同してあいまいに言葉が使われる理由として、サービスデザインは、大小2つの意味で捉えられること、が挙げられると思います。それはこういうことです。

A. サービスデザイン という抽象概念
B. サービスデザイン するための具体的手技法

そのため、以下のような悲しみがうまれます。
・サービスデザインという概念を把握するために、
 J.Margus Klaar の『サービスデザイン入門』を読んだら、
 デザインを実践するツールの解説だった。
・サービスデザインの具体的手技を把握するために、
 武山 政直先生の『サービスデザインの教科書』を読んだら、
 手技法の具体的実践を学べなかった。

学ぼうとしているのは、言及しようとしているのはどちらなのか?
自分自身できちんと理解しておく必要があります。

3-2.ふたつの意味の対比

AとBを以下のように解釈します。

A. サービスデザイン という抽象概念 
プロダクトデザインや、パッケージデザインとの対比で、サービスという距離的・時間的に幅のある事象全体をデザインの対象物として捉える考え方。サービスを設計するということ。
これを司るのがサービスデザイナーです。

サービスの質と、サービス提供者と顧客の間のインタラクションの改善を目的として、人・インフラ・コミュニケーション、そしてサービスを構成する有形の要素をプランニングし、まとめあげる活動である。
-Wikipedia

B.サービスデザイン するための具体的手技法
サービスを形作るために行う、リサーチやアイディア展開、試作等を通してサービスの体験を改善するアプローチ、手技法。
サービスデザイナーをはじめとして、サービスのデザインに関わる人が行います。

多くの観察をまとめて、スケッチやサービスプロトタイプなどで、コンセプトやアイディアを視覚的に表現する。
-Wikipedia

そして、ここではBについて述べます。Aについては、noteの最後のほうで言及します。

3-3.具体的な手技法

1. 利用者/対象者を正しく知る(リサーチ)
2. 問題を定義する(仮説)
3. 問題解決の方法をデザインする(プロトタイプ)
4. デザインが機能しているかを確認する(評価)
というフローを繰り返す(継続)ことで、サービスデザインを行います。

プロセスとしては、これまで述べてきたようなHCDやデザイン思考とニアリーイコールであるため、混同されやすいポイントだと感じます。

そのため、全体プロセスは「人間中心設計である」とし、サービスデザインを具体的な手技法の体系として述べたほうが、誤解を防げると思います。

以下は各プロセスにおいて用いられるツール・手法の例です。
リサーチする

 ステークホルダー(利害関係者)・マップ
 シャドーイング
 カルチュラル・プローブ(文化観測)
 エスノグラフィ
 関係者インタビュー など
仮説を作る
 バリュー・プロポジション
 ア・デイ・イン・ザ・ライフ(ある1日)
 ペルソナ
 カスタマージャーニーマップ
 デザイン・シナリオ
 ストーリーテリング
 サービス・ブループリント など
プロトタイプする
 デスクトップ・ウォークスルー
 サービス・プロトタイプ
 ファンクショナルプロトタイプ
 デザインプロトタイプ など
評価する
 ユーザーテスト
 グループインタビュー など
継続する
 顧客ライフサイクル・マップ
 ビジネスモデル・キャンバス など

3-4.まとめ

・サービスデザインには2つの意味がある
・サービスデザインを具体的な手技法の体系と捉える。

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4.まとめ

いままで述べてきた内容にくわえ、全体を俯瞰する視点で以下の図のように一旦まとめました。

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3-2.のAで述べた サービス「の」デザイン の概念はこちらですね。

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サービス「の」デザインに対し、プロダクトデザインはこの範囲です。

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3-2.のBで述べた サービス「を」デザイン する手技法の範囲です。

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異論はあろうかと思いますが一旦個人的見解として表現させてください。


5.「デザイン経営」との関係

こちらの記事でも述べましたが、
スタイリングできる人を経営陣に揃えること がデザイン経営 ではありません。

ビジネスをスペキュラティブにデザインする(見立てる)ことが、経営におけるデザイン と言えます。
経営におけるデザイン 
を 推し進める方法が デザイン経営であり、
その手法として、1〜4までで述べたことなどを利用しながら(それだけではないですが)、推し進める。
そのための組織体制が、デザイン経営組織といえます。

この関係については、後日述べたいと思います。

「デザイナーは、技術と人間中心的視点をうまく組み合わせることでイノベーションを起こすのだ」
出典;「デザイン経営」宣言(経済産業省・特許庁2018年)

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このnoteを書くにあたり参考にした文献

http://www.ritsumei.ac.jp/ba/~kondok/service/sm03_0423.htm



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