見出し画像

GOOD SURVIVE PROJECTは、足立の輪郭を描くのか?

前2回の記事では、2月に行われたGOOD SURVIVE PROJECTの事業アイデア創発プログラム「CAMP」を通じて、足立区の事業者たちが、既存の事業を活性化させていく化学反応が起きる様を伝えてきた。

ところで、取材を進めていく中で不思議に思ったことがある。この取り組みは他の地域でも同様に横展開されうるものなのだろうか。それとも、足立区だからこそ前に進むものなのだろうか。

そして、たくさんの事業が営まれている東京23区の中で、足立区を舞台に事業を始め、続けていくことの意義はどこにあるのだろうか?

今回の記事では、2020年3月8日に渋谷ヒカリエで開催された、GOOD SURVIVE PROJECTのオンライン発表会の様子と、そこから見えてきたGOOD SURVIVE PROJECTの意義を伝える。

画像1

3月8日、渋谷ヒカリエで開催された「TALK」のイベントでは、「CAMP」に参加した8事業者のうち5社が発表した。各分野のメンターも参加したこの場は、JAPAN BRAND FESTIVAL(JBF)の一環として開催された。

「『フロムジャパン』がつながり価値を共創する現代版の楽市楽座」というコンセプトが示す通り、日本全国から様々なひと、もの、ことが集まるJBF。この場を通じて、足立区から生まれたGOOD SURVIVE PROJECTの価値がより広い視点で見えてくるかもしれない。

「一杯ひっかける」足立の姿

その前に、改めて足立というまちの特徴について触れておきたい。

1月下旬に開催された足立の仕事についてオープンに考える「TALK vol.1」。登壇者のひとりであるセンジュ出版代表の吉満明子さんは、足立区についてこう表現した。

「おじさんたちが、働いた後に一杯ひっかけてから帰る町。渋谷とか他の区とは全然違いますね」

仕事帰りの道すがらで「一杯ひっかける」姿がイメージさせてくれるのは、足立区にひしめくものづくりの会社で働く人たちの達成感に満ちた笑顔だ。

ふと、筆者の父の出身地である和歌山県の都心を思い出す。

商店街を歩いていると、急に工場があったりスナックがあったりする。東京や大阪の都心のように、店舗のジャンルが場所によって区切られていないから、他業種の事業者同士や店舗の人とお客さんがすぐに仲良くなってしまう。

ものづくりとくらしの距離が近い、足立区のまちは事業で生み出される「もの」以上に「ひと」が重要な意味を持つまちなのかもしれない。

そんな思いを抱えながらヒカリエで開催される「TALK vol.3」に足を運んだ。

足立だからこそ生きる、事業がある。

画像2

「TALK vol.3」では、「CAMP」に参加した事業者のうち5事業者による発表が繰り広げられた。自らの事業、そして「CAMP」で得たもの…大きなプロジェクターにそれぞれの思いが映し出され、事業者からの熱意のこもった言葉が続く。

たとえば今より40年以上前、コミックマーケットの初期から同人誌を印刷・製本しているしまや出版からはこんな「まちへの感謝」が語られた。

「仕事をする中でものづくりをするたくさんの事業者やお客様と出会い、足立区には感謝の気持ちでいっぱいです。その恩返しをしたいと思い、CAMPに参加しました。

以前、『あだち工場男子』という書籍を出版しました。そこには26社29人の街工場で働くものづくり男子たちが載っています。

CAMPを経て今後の構想も得られました。『したまち工場女子』(街工場女子ライフスタイルブック)を作って、足立区に恩返ししつつ企業としても成長したいと思っています」(しまや出版 小早川真樹さん)

「街工場」と「女子」と「ライフスタイル」。普段の生活ではなかなか結びつきにくい3つの言葉が結びついても違和感がないどころか、新しいビジネスのタネにまでなってしまう。まさに足立区におけるものづくりと生活の距離感を表しているアイデアだ。

さらに、千寿てまり工房が、日本の伝統工芸である「てまり」と足立のまちの共通点に目をつけたことも興味深い。

「大学卒業前、てまりに携わっている方と話す機会があり、日本の伝統工芸であるてまりがなくなりそうだということを初めて知りました。それが千寿てまり工房を作るきっかけになりました。

足立区とは人や場所など数々の縁があったのですが、足立の古き良き景色とモダンな建築物のコントラストが、てまりの魅力と似ています。

CAMPを通し、私はてまりが好きだということを再確認できました。同時に、今後も千寿てまり工房をアップデートしていきたいというモチベーションも上がりました」(千寿てまり工房 佐藤裕佳さん)

画像3

てまりは、足立の土地に根ざした伝統工芸というわけではない。だが、佐藤さんにとっては、この土地だからこそ自分自身がてまりに取り組む意味になっているのだ。

ひとの手が加わることで、価値が高まるものづくり

次に発表したのは金属加工のザオー工業。彼らがつくっているのは、ある「常識」から外れた玩具だ。

「ザオー工業の主力製品はザオーブロック。2011年、TASKものづくり大賞で奨励賞を受賞しました。金属板をボルトとナットで組み立てる玩具なのですが、今商品化している他社の玩具とは真逆で、手間がかかるものです。

手間がかかる分、「作っている」というリアル感を楽しんでもらえるので、そこで他の玩具との差別化をはかっています。CAMPの後、ザオーブロックをアートにしたいという思いが強まりました」(ザオー工業 鈴木国博さん)

「手軽さ・簡単さ」が求められていると思いがちな商品開発の世界で、逆の発想をいく姿勢には、ただものをつくるだけではない、つくったものを使う「ひと」の存在を身近に感じる。これも足立区らしさなのだ、とはっきり気付かされたのはT&Eジャパンの発表からだ。

「私はもともとおせっかいなんです(笑)人と接することが大好きで、おせっかいからいろいろなご縁が生まれ、ものづくりを通した多世代交流の場を作りたくて、ママたちがハンドメイド商品を作るT&Eジャパンを立ち上げました。

画像4

子育ての孤独感は私自身も感じたことがあって、ママさんたちとのコミュニケーションで自分を取り戻せたので、子育てをする人たちに仕事を通して自己実現してもらえればと思っています。

CAMPを通じて生まれた、T&Eジャパンでクラウドファンディングを始めて、『足立のおせっかいママの家』を作る計画が、今の1番の楽しみです」(T&Eジャパン 染谷江里さん)

最後に発表したのは、 次回のファクトリーツアーでも見学先の一つに選ばれているマーヤ。今回の参加事業者の中でも若く、祖父の代から足立区で高級婦人服の製造業に携わっている。

「CAMPで、先輩たちにいろいろなことを教えてもらえました。自分のやりたいことも明確になったし、足立で事業を通して世の中が明るくなれば良いなと思っています」(マーヤ菅谷さん)

発表後、全員が口にした「事業を言語化していくのはこのプロジェクトが初めてだった」という言葉。

自分の事業を言葉にして自覚し、今後の発想を得る。GOOD SURVIVE PROJECTを契機として、事業者たちの一歩に輪郭が与えられた瞬間だった。

周囲の姿が教えてくれる「足立らしさ」

TALK vol.3の冒頭、トークセッションに登壇した足立区産業部長の吉田厚子さんは、足立区についてこう話した。

画像5

「足立区は、ずっと犯罪件数の多い町という目で見られてきました。しかし転機は2015年に訪れています。刑法犯認知犯罪件数のピークだった2001年の約6割犯罪件数が減ったのです。

それからも刑法犯認知犯罪件数は減少し続け、2019年には、とうとう刑法犯認知件数が東京都23区の上位18位になり、足立区は戦後もっとも刑法犯認知犯罪件数が少なくなりました。

区民の足立区の評価も高まり、産業はプラス枠で何かができるはず。今がチャンスだと思い、株式会社ロフトワークの力を借りてGOOD SURVIVE PROJECTを始めることになりました」

そんな足立区の姿に影響を受けていたと話すのが、江東区のものづくりの素晴らしさを広く認知してもらうことを目的とした江東ブランドのPRを担当した、株式会社スマイルズの吉田剛成さん。

区から委託された当初の状況は決してポジティブなものではなかったと言う。

「当時、既に地域事業活性化に向けて動き始めていた足立区・台東区・墨田区の姿を見て、江東区は何もしなくてよいのかという雰囲気になっていました。

動機自体はポジティブなものとは言えませんでしたが、その後事業そのものが立ち上げられ、江東ブランドを始めたからには続けなければならないというムードになったんです」

江東区から依頼を受けたスマイルズは、「言葉で江東ブランドとは何なのか語っても、事業者には何も見えてこない」と考え、事業者を巻き込んでいくためにアウトプットを意識したプロモーションを行った。

画像6

展示会のブースデザインと冊子で江東ブランドを可視化。江東区の事業者に「この人たちなら、何かやってくれそう」と思ってもらうことに成功した。

また、江東ブランドは、江東区の事業者間でのやりとりにとどまらなかった。

「江東ブランドの最終的な目標は、『江東区の事業者に頼めば他では断られるようなことでもやってくれるね』と他の地域の方にも思ってもらうことです。

江東ブランドとGOOD SURVIVE PROJECT。江東区だから、足立区だからと分けないで、同じ東京都で何かできないかと思っています」

区の色を生かしつつ共存していくことについては、足立区の吉田さんも意識していた。

「GOOD SURVIVE PROJECTで足立区がもつ、ひと同士、事業者同士の距離の近さを実感しました。区の個性を大切にしながら、周辺区とも連携していきたいですね」

画像7

東京の小さな経済圏が歩む「GOOD SURVIVE」な道

3月19日、足立区のものづくり企業を回るファクトリーツアーが開催された。TALK vol.3でも注目を集めた若手事業者であるマーヤを含んだ工場を巡るツアーだ。

GOOD SURVIVE PROJECTの胸躍る今後を予感させたこのツアーの様子を、第5回の記事ではレポートしていく。

TALK vol.3 登壇者

吉田 剛成
株式会社スマイルズ クリエイティブ本部プロジェクトマネージャー
2008年スマイルズ入社。Soup Stock Tokyoでの店長業務、人事部採用担当を経て、2013年から2015年にかけては経済産業省クリエイティブ産業課へ出向。中小企業の海外展開事業「MORETHAN PROJECT」、「The Wonder 500」、海外向け情報発信サイト「100 Tokyo」を立ち上げる。現在は、スマイルズが手がける外部企業の企画・プロデュース案件を担当。現在は「江東区ものづくり団地」の企画を担当
https://www.smiles.co.jp/

連勇太朗
NPO法人モクチン企画代表理事、株式会社@カマタ共同代表
1987年神奈川県生まれ。2012年慶應義塾大学大学院(SFC)修了。2012年にモクチン企画を設立。モクチン企画は縮小型社会における新たな都市デザインを開発し実装することをミッションに掲げた、建築、デザイン、不動産、コミュニティデザインなどの専門家からなるソーシャル・スタートアップ。主なサービスに「モクチンレシピ」「パートナーズ」など。2018年に株式会社@カマタを設立、共同代表に就任。京急線高架下開発プロジェクト「梅森プラットフォーム」のディレクション、2019年4月にインキュベーションスペースKOCA(コーカ)をオープン。主な著書「モクチンメソッドー都市を変える木賃アパート改修戦略(学芸出版社)」
https://www.mokuchin.jp/
https://koca.jp/

吉田厚子
足立区 産業経済部 産業政策課 課長 産業経済部長 
足立区 Good Survive Project」のプロジェクトオーナー

CAMP参加事業者

小川 昭子
小川畳店
1970年創業。2003年から2代目が跡を継ぎ現在に至る。国産畳専門店。襖・障子・網戸・クロスなどお部屋の内装をトータルで扱っている。
https://ogawatatami.com/

老沼 裕也
KAZENO HITO
農産物を活用した地域活性化事業、農業サポート事業、地域コミュニティ事業運営。
http://kazenohito.com/

小早川 真樹
株式会社しまや出版
印刷・製本業
特に、サブカルチャーを中心とした個人で制作するマンガや小説等の同人誌(小冊子)印刷・製本を得意としております。
https://www.shimaya.net/

染谷 江里
T&E JAPAN株式会社
毎日が記念日というテーマで様々なシーンに使えるアクセサリーブランドTomorrow and Everydayを展開。足立区在住の子育てママを中心に企画から製造、販売まですべてを行っています。また、アクセサリー作りをきっかけに集まった10代から70代までの女性同士がモノづくりを通して世代を越えた交流が生まれています。
https://www.tomorrowandeveryday.com/

佐藤 裕佳
千寿てまり工房
伝統工芸品"てまり"のプロデュース事業。てまりを活用したアクセサリーブランド展開、商品開発、インスタレーション展示。東京・北千住に「千寿てまり工房」を構え、ギャラリースペース運営、てまり製作体験イベント開催など。
https://senjutemari.com/

菅谷 正
株式会社マーヤ
弊社は国内高級婦人服ブランドの衣料品製造を請け負う縫製工場です。お客様から生地、パターン、仕様書をお預かりし、裁断・縫製・プレスして納品する製造のプロ集団です。
https://marya.tokyo/

鈴木 国博
ザオー工業株式会社
弊社は主に弱電メーカー様から外観金属プレス部品と銘版を受注生産しております。社内で金型製作、プレス加工、シルク印刷をワンストップサービスでご提供する事で、お客様からご好評頂いております。創業からの銘版製作で培った経験と技術を生かして、外観部品製作が得意で稀有な金属プレス部品製造メーカーです。
http://www.zaoh.com/

この記事が参加している募集

イベントレポ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?