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その人をいくら癒したりしても、社会側が多様性を受け入れないとやっぱり豊かにならない 講師:朝倉由希さん

2020年2月21日(金) 東京・TIME SHARING秋葉原
知財学習プログラム報告セミナー「障害者アートと知的財産権」

振り返ってみるに、この2月のセミナーは、本当に講師陣に恵まれたセミナーでした! 

この布陣で、ひとつところに実際に集まり、知財について語り合う会を催行できたのは、奇跡に近いことだったかも!?

ひとつ前の記事にも書きましたが、2月のセミナーでは、知財に関わる省庁、特許庁と文化庁でそれぞれ働いておられる、仁科雅弘さん(特許庁審査第一部調整課審査推進室長)と朝倉由希さん(文化庁地域文化創生本部総括・政策研究グループ研究官)にも、後半の座談会の際にご登壇いただきました。

お二人には、特許庁や文化庁の立場を代表してというようなポジショントークではなく(=それぞれの省庁の立場を背負っての発言ではなく)、生身の人間である個人の立場から、ご自身の思いや考え、知財やアートについて思うところ、仕事で大切にしてきたところをお話いただけないかとお願いして、この座談会が実現しました。 

朝倉さんは、障害者文化芸術活動推進基本計画策定に携わり、芸術の評価に関する議論や、権利保護の推進など、障害のある人たちの表現活動の支援についても取り組まれてきました。

座談会前に、そのことについて、朝倉さんご自身の自己紹介とも絡めながらお話していただきました。以下にその内容をご紹介します。

AsakuraYukiさん

朝倉由希さんプロフィール 文化庁地域文化創生本部総括・政策研究グループ研究官。京都大学文学部卒業。3年間の企業勤務を経て、東京藝術大学音楽研究科応用音楽学博士課程終了、博士(学術)。学術文化の多様な価値とそれをふまえた政策・事業評価のあり方を探求している。2017年より現職。文化政策国際比較調査研究を担当する他、2018年度には障害者文化芸術活動推進基本計画策定に携わった。


(以下は朝倉さんのご発言を文字に起こしたものです)

文化庁 地域文化創生本部とは?

朝倉です。こんばんは。

私が在籍している文化庁の地域文化創生本部は、東京の霞が関ではなく、京都にあります。文化庁が2022年度以降に京都に本格移転することになっているのですが、2017年に先行組織として地域文化創生本部ができました。

今まで文化庁は分野ごとの専門家はいるんですけれど、文化政策全般の研究機能はあまり充実していなかった。それでこれを機に、研究機能強化を打ち出して、研究官という職を初めて作ったんですね。

自分の直接の担当としては諸外国の文化政策比較ということをしています。諸外国の文化政策といえば、よく各国の文化予算の比較が注目されたりしますけれど、各国の社会背景の違いや文化を支える仕組みの違いがあるので、金額が多い少ないということを言っているだけでは不十分なんですね。仕組みがどうなっているのか、どういう風に社会の中で文化が位置づけられているのか。そういう深いところから調査と分析を進めています。

それから様々な大学と共同研究を推進していますが、本日のテーマに関係が深いところでは、九州大学と文化芸術と社会包摂の考えかたを深めていくということをやっています。以下がその成果報告書となります。

京都の地域文化創生本部は、このような調査研究事業のほか、障害者文化芸術推進事業を含む文化芸術による共生社会の推進、文化による地方創生など、新しい政策ニーズに対応する業務を担当しています。

文化政策という分野を研究する理由

なぜ自分が文化政策という分野の研究を始めたか、少しお話したいと思います。

私は元々心理学を専攻していました。最初は認知心理学を学んでいて、その後、臨床心理学がやりたいなと思って、会社勤めをしながら臨床の勉強の方もしていました。しかし、その人をいくら癒したりしても、社会側が多様性を受け入れないとやっぱり豊かにならない。閉塞感のある世の中に、文化芸術の力で社会自体が多様性を受け入れるような土壌を作っていけるのではないかと思ったことがひとつ。

あともうひとつは、個人的に音楽をずっとやっていたということもあって、社会と芸術を豊かにつなぐ仕組みを作りたいと考えて文化政策の分野を志すようになったということがあります。

それがそもそものきっかけなので、多様性のある社会を作りたいということを大事に考えてきました。

文化事業と評価の問題

そこで課題として痛感したのが、文化事業と評価の問題です。

世の中は今ものすごく、なんでも数字で成果を出せ、というふうになっていて、そこがとても問題だと思っています。数字にならないこととか、短期的に成果に現れないものがどうしても切り捨てられてします。そういうこぼれ落ちていくものの中にすごく大事なものがあったりするので、そういったことへの危惧というのが、私の研究の動因になっています。

特に最近本当に余裕のない世の中で、あらゆる分野で数字とか、あるいはすぐに役に立つもの、何が役に立つのか、ということが言われます。

アートというのはすぐに役に立つかどうかはわからないものが多いですし、多くの無駄の中からすごく大事なものが生まれるということもあります。そういったことを、私としては非常に大事にしていきたいなと思っています。

では、そのためにはどうしたらいいのか。

意義や成果を定量的、客観的に示すことは重要で、それは必要なことです。しかし、なんでも数字で説明しようとすればするほど、文化ではない土俵の上に立たないといけないということになってしまいます。

けれども、そうではなくて、いかに対話を通じて私たちが大事だと思っていることを合意形成して理解を広げていくのか、そのプロセスの方が大事なんじゃないかなと思っています。

経済学者のスロスビー(Throsby)という人が、「文化的価値の範囲およびその推定に利用する方法は、たとえ経済学の方法や考え方から借用できる点があったとしても、文化に関する議論の中で創造されなければならない」という風に言っています。

こういったことを大切に考えたいと思っています。

障害者による文化芸術活動の推進にあたって大事にしたいこと

私は障害者の文化芸術活動については、直接自分が事業に携わっているわけではないんですけれども、2018年に文化庁と厚生労働省で「障害者による文化芸術活動の推進に関する基本的な計画」を策定したプロセスに関わりました。

今ここにいるたんぽぽの家の岡部太郎さん(注:本記事の末尾のほうに掲載した写真の中央付近に写っている人物)にも、そのときの有識者会議に入っていただいていました。

施策の方向性として以下の11項目が挙げられています。

(1)鑑賞の機会の拡大
(2)創造の機会の拡大
(3)作品等の発表の機会の確保
(4)芸術上価値が高い作品等の評価等
(5)権利保護の推進
(6)芸術上価値が高い作品等の販売等に係る支援
(7)文化芸術活動を通じた交流の促進
(8)相談体制の整備等
(9)人材の育成等
(10)情報の収集等
(11)関係者の連携協力

本日のテーマに最も近いのはこの中では、(5)権利保護の推進や、(8)相談体制の整備等に当たると思うんですけれども、ちょっと注目して頂きたいのが、この(4)と(6)にある、「芸術上価値が高い作品」というところです。

ここの考え方をどうするのかというのが、計画策定の段階で非常に議論になりました。

芸術上価値が高いというのは、すごく単純に捉えると、いわゆる評価が固まったような美術作品を障害者がどんどんどんどん作って行きましょうね、となるんですけれども、こういったある特定の価値や評価軸を前提にするっていうことは、非常に危険なことではないかということが重要な論点のひとつでした。

というのも、これは障害者の作品だけではないんですけれども、特に障害のある方が作る作品の中では、表現のプロセスに、すごく意味があったりすることがあります。

つまり障害者の表現活動は、形として見える作品だけじゃない、っていうことですね。こういう、創造の過程というのを大事にしたい。

それから、既存の価値観を揺さぶるようなものがたくさんある、ということです。

また、多様な活動が排除されることなく受け入れられていく必要があるということとか、障害の有無に関わらない対等な関係を作る、ということ。

計画策定プロセスでは、「芸術上価値が高い」をどう考えるかということに関して、このような議論が交わされました。以下の基本計画内の文章には、この時の関係者の真摯な議論の痕跡が刻まれています(注:太字の強調部分は朝倉さんによるものです)。

【基本的な方針】作品や成果物にとどまらず,表現や創造の過程に魅力があるもの,既存の文化芸術に対して新たな価値観を投げかけるものも多く存在する。また,視覚障害者による美術鑑賞など,従来の参加方法や既存の芸術理解を揺さぶる多様な在り方を示唆するものもある。障害者による文化芸術活動は,それまで見えづらかった障害者の個性と能力に気づかせるだけでなく,障害者を新たな価値提案をする主役として位置づけ,障害の有無にかかわらない対等な関係を築く機会を提供する。
【(4)芸術上価値が高い作品等の評価等】障害者による文化芸術活動については,作品はもとより,創造過程に着目した表現など,既存の芸術ジャンルに収まらない活動も含まれる。それらの成果には,海外に発信できる芸術の創出や販売につながるもの,未来の文化芸術のあり方を創造するもの,活動に関わる人々の自己肯定感を育むもの等,多様な価値が含まれる。そのような価値が見い出され,成果が生まれるためには,多様な活動が排除されず,受け入れられていく必要がある。また,作品の評価に当たっては,その創造過程を切り離して評価を行うことができないものもあることや評価のものさしが人によって異なること等に留意すべきである。

また、計画の策定にあたっては、もうひとつ大切な観点を議論しました。

それは、「障害者のアートを振興しますというと、かえって障害者のアートを特別なものにしてしまう。カテゴリーを新しく作ってしまうというのは、全く共生社会とは反対になってしまう。」ということです。

新たなカテゴリーを作って分断を生むようなことにはせず、真の共生社会に向かうための取り組みが必要なのだということが、計画策定の議論の中では確認されました。

そういった意味で今日のような機会もすごく大事だと思っています。

文化庁の補助事業として制作して頂いているこのハンドブックは、障害のある方のアートに限らず、知的財産権について現場で直面する悩みや課題から捉えなおしていこうとしていて、意義深いものだと思います(注:下の写真をご参照のこと)。

『知財でポン!』も、障害者のアートの支援をしているところから出てきたアイデアではありますけれども、今日自分でもやってみて、全ての人が学ぶべきことだと感じました。

では、また続きは、座談会のときにお話ししたいと思います。

(以上が、朝倉さんの自己紹介内容です。)

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当時できたてほやほやのハンドブック「表現をめぐる知的財産権について考える本」の意義に言及してくださる朝倉さん(右)

制度というのは、頑固で融通の利かない冷たいものだと思って、これまで生きてきたように思いますが、こうやって朝倉さんのお話を聞いていると、また違った風景が見えてきます。障害者による文化芸術活動に携わっている人たちはもちろんのこと、表現する人、みんなに聞いてもらいたいお話でした。

さて、この日のお話をさらに深く理解するための参考資料として、インターネット上で見ることのできる、朝倉さんの記事や動画を以下にご紹介します。ぜひご覧ください!

●アートマネジメントに関する総合情報サイト、ネットTAM(ネットタム)に掲載された「文化政策研究とアートマネジメントの現場」というリレーコラムより

●デキルラジオ!
デキルラジオ!とは、「この福井で『デキル男』『デキル女』になりたい。『デキル人』を見習いたい。多くの福井人が抱えている『何かが足りない』気持ちを『何かがデキル!』にシフトさせるべく、様々な提案をする番組」だそう。そこに朝倉さんが出演されたときの動画(前編、後編)です。


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