法の余白から届けられるもの 講師:水野祐さん
2020年2月21日(金) 東京・TIME SHARING秋葉原
知財学習プログラム報告セミナー「障害者アートと知的財産権」
今年2月のセミナーはオンサイトで開催したのでした。人と人との会い方がこんな風に変わってしまうとは、このときはまだ全然予想できていない中で...。
この日は、塩瀬さんのトーク「知財創造教育のすすめ」にひき続き、弁護士の水野祐さんに、「表現の自由と著作権」というタイトルでお話いただきました。
水野さんはトークのなかで興味深い事例をたくさん紹介してくださったのですが、水野さんのお話によると、どうやら世間で「著作権侵害だ!!」と話題になる問題のうち、本当に著作権侵害にあたるものは、私たちが思ったよりずっと少ないようなのです。つまり、“著作権が生じるものってそんなに多くない”
裏を返して言えば、これはもしかしたら著作権侵害になるかもしれないと、ことあるごとに萎縮していた人にとってみれば、そんなにむやみやたらに怖がらなくてもいいということになります。
その先にある、私たちの手に入れたい未来はいったいどんなものなのでしょうか。
水野祐さんプロフィール 弁護士(シティライツ法律事務所)。Creative Commons Japan理事。Arts and Law理事。東京大学大学院人文社会系研究科・慶應義塾大学SFC非常勤講師、リーガルデザイン・ラボ主宰。グッドデザイン賞審査員。著書に『法のデザインー創造性とイノベーションは法によって加速する』など。 Twitter:@TasukuMizuno
著作権とは他の人の表現の自由を奪うもの
表現の自由というのは憲法にも書かれている非常に重要な人権のひとつですが、実は、著作権とは、表現の自由の、非常に大きな例外にあたるそうです。
これはどういうことかというと、あるクリエーターが本来、どんな表現をしてもいいというのが「表現の自由」なのですが、著作権というのはある特定の表現をその作成した人に一定の期間独占させる権利なので、ほかの人の表現の自由を奪ってしまうという面で、著作権は、表現の自由の例外にあたる、というのが法的なスタンスとのこと。著作権は、表現の自由の例外にあたる、というのが憲法的にみた著作権の立ち位置とのこと。
著作権侵害かどうかを見極める専門家のまなざし
では専門家は一体どのように著作権侵害かどうかを見極めているのか。水野さんは5段階のフローチャートとして見せてくれました。
① 元の作品が「著作物」か
② 元の作品の保護期間が切れていないか
③ 元の作品に「依拠」したか(独自制作か)
④ 元の作品に類似しているか
⑤ 著作権法上の例外にあたらないか
ここに挙げた、5つの条件を順番に、全部クリアしたときに初めて、著作権侵害が成立するということです。
世間では、すぐ④の類似しているかどうかのところに飛びついてしまい、パクリかパクリでないかという話にしてしまうのですが、著作権法の考えでは、元の作品が、ありふれたものやアイデアに留まるものであれば、そもそも、①の著作物性が認めらません。
① の著作物性をクリアしたものだけが、③の独自に創作したか、してないか、④の類似しているか、していないかという、次の段階のところに辿り着く仕組みになっています。
それはなぜかというと、著作権というのは著作者の生前+その死後70年間という長期の保護期間が与えられるという、非常に強い権利だから。それ故に簡単には発生させないような仕組みになっていると水野さんは述べます。
届け方のデザイン
著作権の制度は、著作権法の第一条にも書いてあるよう、文化の発展のためにある権利です。それゆえ、著作権は、一人のクリエーターのためではなくて、未来のいろんなクリエーションのための環境・土壌を作って行くための制度であるといえます。
著作権を強めれば強めるほどクリエーターのためになるというのは、誤った考えであると水野さんは言います。もちろん、別に弱めよ、という話ではなくて、バランスの問題であると。
ひと昔前であれば、ファンやユーザーに直接届ける手段がなく、あいだに企業など第三者が入って、その分、代わりに権利の問題など整備してくれました。
しかし今はインターネットを使うなどして、いろいろな自分たちで工夫しながら、直接届けたい人に届けることができる時代になりました。
だからこそ、ある程度著作権の基本的なものをおさえておいたほうがいいと水野さんは言います。
ここで必要となる考えが、「届け方のデザイン」というわけです。
よく知られた届け方のひとつに、「オープン戦略」というものがあります。技術情報を公開したり、知財を無料公開して、より多くの人たちに自分たちのコンテンツを届ける方法です。
重要なのは、たんにオープンにしているから、「いいことやっています!」という話では全然ないということ。
例えば、初音ミクもオープン戦略をとっていると言われていますが、初音ミクは、ヤマハのボーカロイドの技術、声優さんの声、イラストレーターによるイラストといった複合的な知財で、そのなかでオープンになっているのはイラスト部分のみ。
他のソフトウェアの部分は、必ずヤマハは細かく「ボーカロイドはヤマハの登録商標です」と、どこにでも入れるということをやっています。
つまり、複合的な知財への理解があって、一部分をオープンにしているのみで、しっかりマネタイズの道を作っている。
こういう、しっかりとバランスのとれた戦略の下に、著作権の基本的な考え方から色々な契約に結びつけて行くことができるのも、面白いところだと、水野さんは教えてくれました。
法の余白とクリエイティブ・コモンズ
テクノロジーの発展や社会環境の変化に対応すべく、日本の著作権法も毎年変わってきています。それでも、やはり法の余白が少ないと水野さんは考えています。
例えば、昔から、アートの分野で認められている、パロディという手法。
フランス法ではパロディを規定する条文があり、米国法ではフェアユースの中でこの手法について紹介されています。
フェアユースとは、米国、イギリス、ドイツなどで認められている公正利用という考え方で、元の作品の著作権者に経済的な損害を与えない、などいくつか要件があって、それらを満たした場合に限り、自由に作品利用できるというものです。しかし、日本の著作権法上は、パロディもフェアユースも認めらていません。
このような状況のもと、どうやって法の余白を作っていけるのか。
表現の自由と著作権の保護だけではなくて、利用促進や、そのための仕組みを法の余白のなかに作っていけるのか。
一つ考え方として、クリエイティブ・コモンズがあると水野さんは言います。
クリエイティブ・コモンズというのは20年くらい前に米国から始まった考え方で、作品やコンテンツの作者・権利者がこの条件さえ守れば自分の作品を自由に使って良いよと意思表示するためのわかりやすいマークを使って利用許諾を与え、著作物の利用を促進するためのツールです。
著作権を放棄しているわけではなくて、状況に合わせて一部を解放する、著作権を保持したまま解放するためのツールであることが、クリエイティブ・コモンズのポイント。
これも届け方のデザインのひとつといえるでしょう。
フェアユースやクリエイティブ・コモンズについては、2月に上梓した『表現をめぐる知的財産権について考える本』に、「創造性を育む『法の余白』としてのフェアユースとクリエイティブ・コモンズ」というタイトルで水野さんにご寄稿いただきましたので、こちらも併せてご覧ください。
https://chizai.goodjobcenter.com/assets/chizai_book_2019-2020.pdf
たかがゲーム、されどゲーム
この日、水野さんのトークのあと、知財学習カードゲーム「知財でポン!」のワークショップが計画されていました。水野さんいわく、「届け方のデザイン」として、プラスαの戦略みたいなところに、ゲームが位置付けられのかもしれない、とのこと。
面白いことや、新しい明日への種みたいなことは、法律からではなく、現場で色々試行錯誤している人から生まれてくる。水野さんは、日々弁護士として仕事をしていくなかで、そのように思うそうです。セミナーでは次のようにおっしゃっていました。
ゲームというものは軽く感じるかもしれないが、広い意味で「遊び」というものから、色々もっと気楽に、ボトムアップにこの知的財産制度というものを作って行くというような形がもっとあってもいい。
それは、もしかしたら、これからの時代を作っていく社会契約になっていくのかもしれない。
たかがゲーム、されどゲーム。この言葉を肝に銘じて、今年度も半分過ぎましたが、知財プロジェクトに取り組んでまいりたいと思います。水野さん、貴重なトークをありがとうございました!
水野さんの著作のご紹介
●Twitterやnote
水野さんが日々考えていることは、twiiter やnote に綴られています。ここから発想のヒントを得ることもしばしば。
https://twitter.com/TasukuMizuno
●『法のデザイン-創造性とイノベーションは法によって加速する』
あまり法律でがちがちに縛ると、表現する状況そのものが痩せ枯れてしまうと思っていたとき、水野さんの著書『法のデザイン』に出会いました。
すでにあるルールの枠組みを意識しながらも、自分たちでルールを考えてみること、ときには新しいルールを提案することが大事なのだということを再確認。この本によって、法律のことも、もっと柔軟に考えていいんだと勇気づけられました。
以下の文章は、この本のなかに出てくる水野さんの言葉です。
私にとっての良い社会、豊かな社会とは、「私たちの社会に存在する多様で
複雑な事象が、多様に複雑なまま成立し、受容されるしなやかさのある社会」である。
私たちが目指したいと思っている社会の姿をそのまま言い当ててくれているように思い、2月に上梓した『表現をめぐる知的財産権について考える本』のあとがきでも引用させてもらいました。
●WIREDの記事
最近始まった連載『新しい社会契約(あるいはそれに代わる何か)』をはじめとして、WIREDには興味深い記事をたくさんご寄稿されています。最近掲載されたインターネット上で読める記事を以下に3つピックアップします。
●「デザイナーのための知財10問10答」
こちらのサイトも、私たちがハンドブックをまとめる際、大変参考になりました。
特に、トークの際に出てきた、パロディの話や、
こちら第7回では、発注者側がデザイナーと契約をむすぶとき、「著作者人格権の不行使特約」をつけるという敢行があるということを知りました。
「著作権(財産権)」だけでなく「著作者人格権」も、0か100かの交渉事ではないということ。デザイナーにとって不利益ともなりうるこの敢行ですが、このときも、柔軟なやりとりが可能であることを、この論考で知ることができました。
●ゲームの法
こちらは、たんぽぽの家の知財プロジェクトスタッフの間で大変話題になった、法律がぐんと身近に感じられるこの動画。 水野さんの語りがツボにはまります。
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